Scene 37 戦姫無双──『星砕き』
少し遅れてすいません……
美龍回です。
作中最上位のキャラだけあって、ほとんどの敵がかませにまる危険性がががが……
しかし、まあド○ゴンボールだな、こりゃ
生温かい風が、顔に吹き付ける。
濁った空が、うねり、木々の葉が宙を漂う。
「目覚めたか、旦那」
「……ヴェロニカ、か」
フランツが目を開けると、そこには濃霧に包まれた世界が拡がっていた。
「動けるか? ほれ、『メイザース・タブレット』だ」
「ああ、精神力を回復出来るという新薬か。ありがとう、ヴェロニカ」
ヴェロニカから差し出された錠剤を口に含み、呑み込むと、フランツはよろめきながらも立ち上がる。
「大丈夫か? もうちょっと、休んでからでも……」
「いや、事は急を要する」
フランツの言葉に、ヴェロニカは緩んだ表情をきつく締め上げる。
「……何だ? 『マストゥーレ』の姉貴からか?」
「そうだ。どうやら、『裏切り者』が動き出したようだ」
「するってえと……桐人か?」
ヴェロニカの問いに、フランツは首を振る。
「いや……桐人もそうだが、兼ねてから疑いのあった織田支部長とアウトサイダーの関与が明白になった」
「ち……そうかい」
目を真横に逸らし、呟いたヴェロニカの言葉は後に続く事は無かった。
「マストゥーレ『隊長』が、織田支部長を拘束したそうだ。だが、繋がりのある桐人がその『目的』の為に動いている」
「あたいらは、その『目的』を阻止する為に動けって事かい? だけど、こんな事言うのは悔しいが……あの『元管理者』をあたいらだけで止められる事が出来るのか? 総統も言ってたじゃねえか。あいつは、本来だったらSクラス並みの実力……いや、下手するとそれ以上の力を隠してるって」
「そうだな。だからこそ『監視役』が派遣された」
「ああ、そうだったな。あの『星砕き』を忘れてたわ」
頬を掻くヴェロニカは、苦笑する。
「そういう訳だ。あの美龍だ。対峙しているであろう敵もあっさり倒してどこかうろついているかも知れんぞ? さあ、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待った! その桐人達の『目的』って何だよ?」
着ている軍服を整え、歩を進めるフランツを、ヴェロニカは言葉で制す。
「『亡骸』だ」
「……『亡骸』?」
振り向かずに、告げるフランツの言葉に、ヴェロニカは首を傾ける。
「ああ。別の世界の悲しい『管理者だったもの』の『亡骸』だ」
「その『亡骸』ってのが、何だってんだ? そんな、組織を裏切るリスクを冒してまで手に入れたがる代物なのかよっ!?」
疑問を深めた苦悶の声を叫ぶヴェロニカ。
「そうだ。先程聞いた話では……『あれ』には、正に『創造神たる創造神』の力が秘められている。手に入れ、使いこなせば、戦況は一気に傾くだろう」
フランツの言葉に、ヴェロニカは息を呑む。
「マジかよ……! 何で、そんなもんがここにあるって今頃分かったんだ!?」
「あの『現人神』……静子によって、隠蔽されていた。いや、厳密には彼女が持ってきてくれた」
「あの夜和泉静子が持ってきてくれた……? 『管理者だったもの』……? 『亡骸』……! そうか! 分かったぜ、旦那!」
顎に手を当てたヴェロニカは、ハッと声を挙げ、顔を上げる。
「ふふ。理解が早い様で助かる。では、行くぞ。『伊邪那岐』の『亡骸』──『天之尾羽張剣』は、我がアダムのものだ」
劉 美龍。
アダムが誇る、最強の一角とされる『SSランカー』その一人。
その拳を捻じ込めば、都市一つは跡形も無く吹き飛び、その気になれば世界を滅ぼしかねない、『核をも凌駕する裏世界の抑止力』ともされる存在──
「そんな奴の『足止め』ですって……? 幾ら、私が『二重結界』の使い手で、他にここで拘束出来る奴がいないからって、命が幾つあっても足りないじゃない!」
蒼い空が上空を覆う大草原。
卵型の奇怪な生物はしゃがみ込み、口を尖らせて愚痴を零す。
「何、ブツブツ言ってんのよ。ほら、次の『物語』に進ませなさいよ。そういう『ルール』を設ける事で、私さえも拘束出来る強力な『捕縛結界』を形成出来るんでしょ?」
その生物を包む様に差した影は、少女の影。
「ひっ!? ……ああ、流石、『美龍』様! 城に攻め込んだバンダースナッチの軍勢を、こんなにもあっさりと倒してしまわれるとは!」
だが、振り返り、そんな平凡な少女を見つめる卵型の奇怪な生物は、怯えた眼で言う。
「いやー、あははは! この『ハンプティ・ダンプティ』! 長い事、『鏡の国』に迷い込んだ少年少女を見てきましたが、こんなにも人を超越した様な『修羅』の少女は生まれて初めてです!」
「そう。骨の無い敵ばかりで、退屈するわ。あなたが葬ってきたアダムの連中は、さぞ貧弱だったんでしょうねえ」
「あ、あははー? な、何を仰いますかね? アダムって何です? 私は、この鏡の国の案内人、ハンプティ・ダンプティ! 『夢子様』のお側に付く、『語り部』でもあります」
「何よ……自分で、『様』付け? ドン引き。言っておくけどね? あなたの能力は『フォールダウン・エンジェル計画』で割れてるの。分かった、『夢子ちゃん』?」
「ぬ、ぐぐ……ち。 や、やだなあ。 何ですか、『フォールダウン・エンジェル計画』って? 私はエンジェルじゃなくて、エッグですよ? ほら、このチャーミングな丸型ボディ! なんか母性を感じません?」
「感じないわよ。イライラしてるから、握り潰して、黄身毎グチャグチャにしたいわ」
「ひ、ひいぃぃっ!? で、でも残念ながら、私は語り部であって、それ以上でも以下でもないですよ! どんな力を出そうとも、私には傷一つ付ける事は出来ませえぇぇぇんっ!」
口笛を吹くハンプティ・ダンプティ。
その腹部であろう卵の中間を無言で美龍は握り締める。
ギリ、と締め上げる音ともに、ハンプティ・ダンプティの体は宙に浮く。
「それは、残念ね。 ……この捕縛結界から解放されたら、覚えてなさい? 『殺して下さい』って喚くほど、遊んであげるから」
「は、はは……それは、とても楽しそうですね……」
「だから──舐めるなよ、『小娘』」
ハンプティ・ダンプティを見つめる美龍の眼──
虎、蛇、獅子……この世のどんな動物にも例えようの無い圧倒的な威圧と殺気を放つ『美龍という化物』の眼。
その眼の凝視によって、青ざめてゆくハンプティ・ダンプティの表情。
口は震え、ガクガクと全身を震え上がらせるその様子に、ため息をついて美龍はその手を離す。
「は、はひっ!? ふう、ふう……!」
過呼吸で息を上げるハンプティ・ダンプティは、怯えた小動物の様に地を這い、後ずさりをする。
「分かった? じゃ、後はあの燃え盛ってる城へと向かえば良いのよね?」
「は、はい! はい! そうです! 王女が望んでいた詩に伝えられし、『ジャバウォック』の覚醒──ですが、それは破滅へのパンドラの箱。あなたが、討ち取らなければ、この鏡の世界と、あなた自身が消滅してしまいます」
「つまりは、最終章って事で良いのね? はあー、まさか、私がこんな足止めにやられるとはね。夢子ちゃん。この私をここまで手こずらせたのは、誇っていいわよ」
告げ、先程までの強烈な殺気を振りまいた少女とは打って変わった明朗な表情で、美龍は言う。
「は、はい……有難き、お言葉でぇ……」
その美龍の『赦し』の様な笑みに、地へと擦り付きそうな土下座でハンプティ・ダンプティは応える。
「ち、ちょっと漏らしちゃったじゃない……」
美龍へと見せぬ、地へと浮かび上がらせたハンプティ・ダンプティ──否、『夢子』の表情は、恐怖と悔しさで歪んでいた。
悲鳴と喧騒が舞う、城下町。
飛来する飛竜の群と、それと対峙する赤の鎧を纏った兵士と相反する様な白の鎧を纏った兵士達。
「おおっ! これは、我らが英雄、美龍殿! 我らが王女達を和解させて下さり、感謝致しまする!」
その一人、老練とした兵士が飛竜のかぎ爪を剣で受け止めながら、美龍へと顔を向ける。
「そう」
「ですが、それでも赤と白の王女の悲願であるジャバウォックへの想いは止められなかったのですじゃ! 暴走したジャバウォックとその配下めが、この王国を襲い始め──」
言葉を続けようとする兵士の言葉に意を返さず、美龍は右腕を空へと突き刺す。
「滅びろ、『修羅虎甲=鎧袖一色』」
美龍が言葉を告げると共に、ぶ厚い赤の甲冑が発現し、それは美龍の右腕を覆う。
天を掌握するかの様な拳の握り締めの後、地は震える。
激しい鳴動が響くかと思えば、美龍の姿は忽然と消え去る。
「何と……!」
兵士は唖然とする。
瞬く間に、飛竜の群は、『見えない何か』に一瞬でその首、その胴体を、抉られ、千切られてゆく。
「これで全部ね。さあ、『夢子ちゃん』? 次はあの城の中に、ボスがお待ちかね?」
無表情に、買い物かごをぶら下げるかの様に飛竜の首をぶら下げる美龍に、そこらにいた兵士達は、驚愕の表情を向ける。
「え……? ああ、はいはい! 鏡の国の救世主となった美龍様の活躍により、飛竜の軍団は倒されました。だが、燃え上がる城に潜む、『ジャバウォック』が未だ残っています。美龍様は、その強大な竜を倒す為、城へと向かうのでした」
一体、何が起こったのか?
キョトンとした表情のハンプティ・ダンプティは、慌てて『物語』を進める。
「嘘でしょ……! あの新島でさえ、数分は掛かった飛竜の群れをこんなに一瞬で!?」
背伸びをし、城へと歩む美龍の背を見て、思わずハンプティ・ダンプティを介す夢子は呟く。
「おお、美龍よ! これまで行った数々の非礼を詫びよう! だから、この悪竜の暴走を止めておくれ!」
「わらわ達が間違っていた! この悪竜を仕留めたならば、この王国の赤と白、双方の玉座を譲ろう!」
燃え盛る王宮に美龍が入ったかと思えば、地に膝を擦り付け、懇願する赤と白の王女が、美龍に縋り付く。
「はいはい。とんだ小物王様達ね。さっさと終わらせて、全員滅してあげるから」
「うひゃあ」
「うひっ!」
ハーフパンツから伸びる美龍の生足を掴む、二人の王女の手を振り払い、美龍は眼前の巨竜へと眼を向ける。
「へえ、流石、最終章。少しはイケるみたいね」
瞳孔を開かせ、美龍は更に歩み始める。
「汝……我が子達を滅したようだな。汝の拳から聴こえるぞ、我が子達の泣き叫ぶ声が」
低く籠った声で、巨竜、『ジャバウォック』は告げる。
「ふ、ふふ! このジャバウォックはねえ! これまでの『物語』の敵とは段違いに強いわよ! 何せ、これまでの敵は、単純なあんたの足止めに特化した『役』だったんだから!」
「そう。ようやっと、ちゃんとした声が聞けたわ。可愛い声してるじゃない、『夢子ちゃん』。これから、死ぬより辛い尋問で甚振るのに、少し気が引けちゃうわ」
「ひっ! ……そ、そう言ってやれるのも、今の内よ!」
威厳あり、圧倒的な威圧を持つジャバウォック。
だが、それを超越する美龍の放つ殺気は、ハンプティ・ダンプティを畏縮させる。
「汝ら、人は業が深い。先ずは、この世界の陳腐な人共を喰い散らし、これからの我らの繁栄の美酒として血を滴らせるがよい!」
王宮を包まんが如く、巨大な翼を開かせ、ジャバウォックは咆哮する。
「……! これは、『精神力が吸収』される!?」
「ぐあっはっはっは! 我が能力は、『生きとし生ける者の力を奪う』! 汝の膨大な力の源も、我の前では、供物にしかならん!」
ここにきて、『夢子の創り出した世界』に美龍が迷い込んで、初めての戦慄の表情。
それは、先程までたじろいでいた夢子の表情に安堵を蘇らせる。
「ふ、ふっふっふ! さあ、どうよ! 『フォールダウン・エンジェル計画』の失敗から、死に物狂いで鍛えた、私の『物語』の最終章! Aクラスでさえも歯が立たなかった、このジャバウォックの真価を──」
「これじゃ、勝負にならないじゃない」
「え?」
安堵していた夢子は、美龍の呟きに耳を疑う。
それもその筈であった。
劉 美龍。
そのアダムの誇る『五人』の『SSランク』保持者の事は、当然ながら、夢子の所属している『アウトサイダー』でも有名である。
その中でも能力に関しては大っぴらにしている美龍に対し、夢子もきちんと対策を講じてきた。
「な、何を強がりを……あんたの『能力』に有利な最終章を、私は用意してきたのよ!」
だが、否、だからこそ、夢子は知り得ている。
『この化物には逆立ちしても一生勝てない』と。
だからこその、『時間稼ぎ』。
その最たる最終章が、このジャバウォック。
『固有能力を無効化し、精神力に変える』。
美龍のそんな『諸刃の剣』とする固有能力を、最強たらしめるは、美龍の保有する超膨大な精神力。
だが、それを『吸収』さえすれば、その固有能力にも打ち勝ち、美龍の強みを可能な限り、抑える事が出来る。
「だから、それなりに長期戦に持ち込める筈なのよ!」
頷き、夢子は自身の言葉を信じる。
しかし、後の一抹の不安は拭える事は無かった。
「ゴアアアアァァァァッ!」
美龍の精神力を吸収しながら、その増大した精神力で吐きだされるジャバウォックの猛炎。
だが、それは、無表情の美龍の拳の一払いでかき消される。
「『発剄』」
肘を引き締め、美龍は告げる。
「な、何よ! この『氣』は……!? 嘘でしょ、まさか!」
膨らむ、美龍の氣は、神々しく光り、辺りを閃光で包む。
「さあ、そのお腹を、はち切れんばかりに『私で一杯にしなさい』!」
叫び、美龍は、一気に氣を解放する。
「ぶ、ぶお、ま、しゃか、あぶ、ぶ……!」
同時、肥大してゆくジャバウォック。
「ギュ、ギュアアアアアァァァァッ!?」
激しい雄叫びと共に、ジャバウォックは内から爆散する。
「汚い花火……」
飛び散る贓物を払い除け、美龍は嫌悪の顔で呟く。
「う、嘘よ……!」
「嘘じゃないわ。『許容量不足』よ。自分なりに私への対策を考えたんでしょうけど、そもそもがあなたの物差しで測れなかったのね」
ジャバウォックの消滅と共に、瓦解してゆく『夢子の世界』。
完全に腰を抜かし、茫然とするハンプティ・ダンプティは、徐々にその姿を変える。
「あ、あ、ああ……!」
「これで、お終いね。子供の悪戯としても、度があまりにも過ぎている。あなたが殺した数々の同士達の為にも、赦しておけない」
水晶を抱えて怯える、制服を着る少女。
乱れたセミロングの髪は、完全に予想だにしなかった美龍の圧倒的な力に、取り乱したせいか、そのまま直されずに硬直していた。
「不肖、夢子……これまで、ね。新島……美樹ちゃん、ミシュリーヌ……学校の皆……さようなら」
覚悟を決め、目を閉じる夢子。
その夢子の覚悟に頷く様に、美龍は拳を握り締め、振るう。
「──あ、が」
グサリとくる腹部の感覚。
終わりだ。
さようなら、私。
結局、自分の『夢』を果たせず、何が『夢子』か。
思えば、散々な人生だった。
『物語』に恋い焦がれ、その酔狂のあまりに、クラスで孤立し、死に掛け、そこで目醒めた『この力』。
それは、絶対的な自信に変わり、新たに出来たクラスの親友や、戦友達。
だが、結局はそれも『縛られるもの』であった。
鳥の様に、自由に。
『自分が自分らしく過ごせる世界の創造を』。
決意と共に、屋上で叫んだ『想い』は、今、水泡の如く、儚く消え去ろうとしている──
「何のつもり? ──あなたは、誰?」
気を失った夢子。
その腹部には綺麗な虹色の『櫛』が刺さっていた。
「私は、高木 彩乃。 ……『黄泉姫』から『生』を貰った『黄泉帰り』の一人」
春の桜花を象ったピンクの羽衣。
それで包まれる浴衣は、対照的な秋葉の赤。
美龍の声に振り返る女性は、美龍の姿を見て、驚愕で顔を覆う。
だが、それは美龍も同様であった。
「同じ……顔!?」
互いが、驚愕とし、一寸の沈黙が場を支配する。
「高木……彩乃……彩乃! もしかして、あなたが、『剛毅』の言っていた──」
「そうよ。私が、彩乃。あなたが、剛毅の言っていた美龍ちゃんね」
美龍の言葉に合点し、声を被さる様に彩乃は告げる。
「嘘、でしょ……! 彩乃ちゃんは、死んでいる筈じゃあ……!」
「うん。確かに、私は『死んでいる』。だけど、これのおかげでね」
徐に、彩乃は夢子に差した『櫛』を引き抜き、美龍へと見せる。
「これは、『湯津爪櫛』。私の宿す『奇稲田姫』の『器』だよ」
美龍へと見せた後、彩乃はその櫛を髪に取り付ける。
「私達、『黄泉帰り』は、この『器』を所持する事によって、現世に現界しているの」
突然の、彩乃の告白に、美龍は言葉を詰まらせる。
聞くべきであろうか。
聞いた後、自分は何をすべきなのだろうか。
もし、望んだ答えが返った後に、自分は──
「剛毅は──生きてるよ。いや、正確には死んでるか」
「剛毅がっ!? あいつは、今どこにいるの!? そもそも、何でこんな一年以上も音信不通で何をやろうとしているの!?」
歓喜、怒り、不安──彩乃の言葉に、美龍の心は激しく波打つ。
それは、『SSランカー』美龍が他人に見せた事の無い、激しく、うねり立つ『感情』であった。
「美龍ちゃんは──いや、何でもない。色々とつもる話もあるでしょ? 私が、案内してあげる」
一寸の曇らせる表情を苦笑に変え、彩乃は問い掛ける。
「……はい」
顔を締め、険の表情となった美龍は……その眼を彩乃へと向け、頷いた。




