Scene 36 奈落王を宿した託し人
続いて、フランツ回です。
準備万端だと、Sクラス辺りにも勝率がグンと上がるちょいと強キャラなんです。
広大な渓流が続く世界。
その中で、奇妙なとぐろで囲まれる空間がある。
まるで監獄と形容されよう、硬質な鱗で造られた『壁』は、その内側にいる存在を鉄の処女の如く、甚振りの拷問を掛けているかの様であった。
「僕の『正義』に、君の様な『飼い犬』が答える? く、ふふ……それは皮肉か?」
鱗で覆われた皮膚を持つ少年は言う。
その腰から繋がっている巨大で長大な『尾』は、厳めしい男と女を取り囲む様にその『壁』となるとぐろをじりじりと締め上げる。
「バーナビー。確かに、私はアダムにその身を捧げた正に『飼い犬』と言えるだろう。だが、『身』は捧げたが『信念』までは捧げていない」
「『災禍を振りまく者』……いいや、フランツ。君は、かつて僕が『僕であった』時の戦友だ。だから、君の『本質』は知っている。だがね? だからこそ、その君の言葉に靡かない自身がある」
その鱗を持つ少年──バーナビーは、蜥蜴の瞳を更に細めさせる。
「そうか……だが、その私だからこそ想う。お前の今の『立ち位置』も、私と対して変わらん様に見えるが」
「そうかも知れないな。こんな人を殺す事を一切躊躇わらない組織──『外道』とする事は、アダムと何ら変わらない」
「だったら、何故そちら側を選んだ? 『内から変える』。そういった『選択』もあった筈だ」
「知ってしまったんだ」
フランツの言葉に、バーナビーは口を吊り上げて笑む。
馬鹿らしい。
実に馬鹿らしい。
そうした自嘲な笑い声の後、バーナビーは口を開く。
「『世界の創造』……この世界。いいや、『神の木』から連なる、『この世界』を含めた『全ての世界』の秘密をっ!」
激情と共に、放たれた言葉は、咆哮となり、周囲の空気を震えさせる。
「知っているかっ!? この世界は、『造られ』、そして『造り変えられる』という事を! ……それを、アダムは隠蔽し、あろうことか、自身達の都合の良い、『本来の世界』に戻そうとしている。僕は、そんな傲慢かつ、強欲な文字通り悪魔の集団に属しているなんて耐えられなかった!」
バーナビーの怒りと共に、フランツ達を取り囲む『尾』は身動ぎ、先端が枝分かれる。
生える様に、『伸びた』バーナビーの『あらゆるものを跳ね返す』尾が、フランツと、片足を膝つけるヴェロニカを襲う。
「ち、フランツの旦那! こいつにゃあ、何言っても無駄だっ! こいつの眼……『ぜってえ曲げねえ』。そんな、どうしようもなく、頑固野郎な『信念』もってやがる!」
力を振り絞り、後続にいたヴェロニカは多量の武器を盾に、バーナビーの『尾』を回避してゆく。
「ふう……ヴェロニカ。そんな事は分かっている。何時の時代も『強者』はいつだってそうだ。それが、純粋な『善』であり『悪』であっても」
射抜き、殺す。
そんな殺意が篭ったバーナビーの『尾』に対し、フランツの行動は『直立不動』。
「旦那っ! どうした!? そいつの『尾』の一撃は、間違いなく『精神力無視』だ! 喰らったら、間違いなく贓物飛び散るぞっ!?」
焦燥としたヴェロニカの言葉に、フランツは僅かに口を吊り上げる。
「だからこその、『インカネーター』だ。バーナビー……私は、お前のその『叫び』が聞きたかったんだ」
「それが、お前の遺言かっ!? さあ、死ね!」
何重ものバーナビーの『尾』が、フランツを貫く。
「だ、旦那ぁぁぁぁぁっ!」
かに、見えた。
だが、それらは綺麗にフランツを『逸れ』、地面に穿たれる。
「な、何だとっ!?」
「何だも何も……お前は、旧知の戦友の事を一欠片ぐらいしか覚えていないのか?」
驚愕としたバーナビーの表情に、フランツは鼻で笑う。
「言っただろう? 私の『奈落の落し子』は、お前の力を『解析』したと」
告げ、フランツはゆったりとバーナビーへと近付いてゆく。
「私の『捕縛結界』はこの世界とアビスを繋ぐ『入口』とされる場所。それは、つまりは『世界の狭間』。そこでゆっくりと『奈落王の眼』によって、お前の能力の打破を構築していった訳だ」
「く、くそ! そんなものは知っている! だが、僕の自慢の『尾』は、まともに喰らえば、『SSクラス』でさえも致命傷を与える、無敵の一撃だ! それを、お前如きの精神力で構築した『イナゴ』で防御出来るとは……!」
「そうだな。そう、『防御は出来ない』……が、『回避』。そうだ。『防御』出来なければ、『受け流せば良い』」
「な……はっ!?」
フランツの言葉に、ようやっとバーナビーはその真意に合点し、歯茎を強く噛み締める。
「そうだ。私の纏う『奈落の落し子』には、その『尾に対してのみ』摩擦を一切起さない『潤滑油』の『氣』が塗ってある。『抵抗』が出来なければ、『反射』は出来ないだろう?」
目と鼻の先。
バーナビーとフランツは向き合い、互いの爪先を互いの首元へと向ける。
「だが、確かに私の実力では『そこまでが限界』だった。まあ、そういう訳だ。さあ、正々堂々の殴り合いといこうじゃないか……尤も、私の爪の方がリーチの分で些か有利であろうが」
「……く、ふふ。望むところだっ! 『飼い犬』っ!」
「たっぷりと調教してやろう『野犬』っ!」
両者の爪先が、合わさる。
ギインと、金属の弾き合う音を皮切りに、激しい刺突の応戦が繰り広げられる。
「『飼い犬』の癖に……やけに獣染みてるじゃないかっ!?」
「ふん。それが、『私』であろうっ!」
紳士とした声色のフランツ。
しかし、その爪の振り抜きは、荒々しく、豪快そのもの。
「逆に、お前の太刀筋は、繊細そのものだな。昔の頃と変わらん」
「く、ふふ。僕は、君と違って『型』を大事にしてるんでねっ!」
叫ぶバーナビーの爪先は、長柄のフランツの爪を短い軌道で弾き、正確にその脈を貫こうとする。
だが、対するフランツも、指先をくねらせ、バーナビーの指間に挟み込む様に、爪先を移動させ、寸で防御する。
「さあ、どうだ! 防戦一方だぞ!?」
口を歪ませ、バーナビーは告げる。
事実、フランツは押され気味であった。
長柄の爪を持つフランツは、その有利となる『領域』に持ってこようと後退するが、バーナビーの瞬迅とした詰めによって、一気にその距離を縮められる。
「そりゃあ、そうだよなあ? この僕の『体』と『本気』の状態だ! そんな君の『出し惜しみ』の状態で圧されたら、十年は修行で籠りたくなるよ!」
確かに、バーナビーの言う通りであった。
『竜人』となり、更には『過負荷駆動』によって大幅に身体能力を強化されているバーナビーと、『通常の状態』のフランツでは、圧倒的に力の差は歴然であったのだ。
「……本気を、出せよ! まさか、僕に対して、憐みで手を抜いてるのか!? だとしたら、それこそ侮辱だ!」
だからこそ、バーナビーは激しい激情を持って、フランツを睨み付ける。
この様な状況であっても、『奥の手』を使わない。
それは、フランツは自分に対し、己は圧倒的な存在だと、そう誇示しているかの様に見える。
「済まないな。私には今日、『他にやるべき事』がある。だから、全力を出す事を躊躇っていた……だが、お前の言う通りだ。このままでは、どちらも叶いそうにない」
バーナビーの激しい刺突は、フランツの爪先を縫って、腕、腹部へと裂傷を与えていく。
痛み、冷や汗は、フランツの嘆息と頷きと共に、『決意』を固める。
「……ヴェロニカ。後の『作戦』、任せたぞ」
告げ、フランツは極光に包まれる。
「『過負荷駆動』、『奈落王の覚醒』!」
叫んだフランツを包むおどろしい甲虫の甲冑が、変化する。
底の無い奈落が頭上へ。
夥しい『イナゴ』の幼虫がフランツへと纏わりつく。
口先は尖り、背には鬣。
雄叫びを挙げる、その巨躯は正に『緑竜』。
「ふん。その『堕天前』のアバドンを始末しなけりゃ、君に勝てたとは言えないね」
「生憎、勝たせようとは思っていない。それは、無用の心配だ」
咆哮と共に、更に荒々しくなった爪の一振り。
「ぐ、はあっ!?」
軌道は単純至極。
だが、フランツの爪の一振りは、先程までとは急激に速度も、威力も増していた。
「ぐ、あ、あ、あ、あ……く、ちくしょおおぉぉぉっ!」
次々に振り下ろされるフランツの爪。
それは、少し前に完全に戦場の主導権を握っていたバーナビーの形勢を一気に覆す。
「さあ、固有能力を封じられたお前にもう勝つ術は無い──」
「ぐ、うう、あああああぁぁぁっ!」
突き上げる、フランツの一撃。
両手の爪でバーナビーは受けるが、その手、腕共に持ち上げられ、体を宙に浮かされる。
フランツとヴェロニカを囲っていたバーナビーの『尾』も同時に宙に持ちあげられ、バーナビーは岸辺の大岩に体を打ち付けられる。
「もう──良いだろう?」
「ぐ、ぐあ……ごほ、ごほ!」
強烈な衝撃によって、大岩はひび割れ、崩れる。
激しい吐血を撒き散らし、バーナビーは倒れ伏せる。
「く……! 僕も鍛えていたつもりだったが……君も随分と『精神力』を上げた様だ」
荒々しく息を吹き、バーナビーは言う。
「私も、私の『世界』の為に、随分と苦労してきたからな」
ズドンと、地を陥没させながら、フランツはバーナビーへと近付いてゆく。
「君も……『世界の創造』を前々から知っていて──?」
「いや、聞かされたのは最近だ。それまでは、実力を付け、いつかこのアダムという組織を変えてやろうと躍起になっていた」
「ならば、どうして未だ君はアダムに付く? 君も相当に『アダムを憎んで』いる筈だろう? 僕みたいに、他組織でアダムを根絶やしに、理想の世界を思い描かなかったのか?」
「ふふ。そうだな……私も、知る『タイミングが悪ければ』、お前と同じ道を辿ったかも知れない」
バーナビーの問い掛けに、フランツは笑う。
「……何だ。君は、『誰かに影響』でもされたか」
穏やかな声色で笑い上げるフランツへ、バーナビーは眉を細める。
「そうだな。私は、『ある可能性』を持つ『少年』に『想い』を託した」
フランツの言葉に、バーナビーは落胆とした表情で見つめる。
「残念だ。そんな『堕ちた』君に敗れるなんて」
そのバーナビーの表情は落胆から憐みへ。
蔑みの眼を、だが、フランツは鼻で笑う。
「私は『頑固者』では無いからな」
「……何だ、それは」
「私は、どんな形であれ、自分の理想が叶えられればいいのさ」
「ふん。馬鹿らしい。あの『災禍を振りまく者』が、よくもまあ丸くなったものだ」
「何とでも言え。だが……悪くはないぞ。誰かに、『尽くす』ことはな」
「ふ、ははは! ……何を。それは、君の『本質』じゃないか」
「そうだな」
頷いたフランツは、バーナビーの直ぐ側まで歩み寄っていた。
互いが見つめ、微笑する。
「お前の『正義』に『答えて』やろう──そう、私は言ったな?」
「そうだな。ああ……そうだ。この通り、『完敗』だ」
眼を瞑り、頷くバーナビーへと、勢い良くフランツはかぎ爪を振り抜く。
それは、屈強な鱗で覆われたバーナビーの体を貫き、周囲に血飛沫を飛び散らせる。
「……穏やかだ」
凄惨とした場。
だが、フランツはバーナビーの『表情』を見、そう呟く。
「『安堵の死』。それも、お前の『願い』であったと言う事か」
爪を引き抜くと同時、崩れる渓谷の世界。
燦々とする空がひび割れ、地響きが鳴る。
「また、『背負わされた』な。済まない、京馬君……私には、未だこの解決法以外、見出せないよ」
フランツが纏う緑竜の鎧は、霧散する。
『元の世界』である濃霧が漂う道に、フランツはゆっくりと眠る様に、倒れ伏せた。




