Prologue
初めての読者様は初めまして。
前作からの読者様はお久しぶりです。
閲覧して頂き、ありがとうございます。
新章、壊れた世界の反逆者第2部です。
恐らく最も長い部になると思います。
ある意味、これまでは序章みたいなもんです。
では、どうぞ……
闇夜の鉄製の建造物が立ち並ぶ細道。
蒸気を循環させるパイプが頭上に所々立ち並ぶ。
「はあ、はあ……ちっ、しくじった!」
舌打ちをし、ショートテールの赤髪の少女は自身が振るう腕が触れるか触れられないかの窮屈な細道を駆ける。
「うが、うぎゃはは! あは、あはっ!」
その後続、奇怪な叫びと共に少女の喉元に喰い付こうと、数匹の犬が地を足で蹴り、迫ってくる。
だが、その犬は犬であって犬では『無かった』。
「ったく、気持ち悪いんだよっ! 糞犬!」
その額には、目は無く、鼻も無い。
在るのは、その少女を喰い散らかさんとばかりの鋭い剣歯と、それを囲む裂けた様な大きな口。
「ちっくしょーっ! 何であたいがこんな滅茶苦茶な奴を相手にしなきゃなんねんだよぉっ!」
ショートパンツに無地の灰色のTシャツというラフな格好の少女はその見た目と符合する荒々しい口調で叫ぶ。
「あぎゃあ、あひ、ひ……!」
「げっ……!」
少女の見つめる正面、新たに数匹の犬の化け物が現れる。
表情を嫌悪に歪ませるが、少女は口元を引き締め、険の表情で呟く。
「やるしか、ねえか……!」
少女は鉄製の壁を蹴り、跳躍。
それは、とても人が得られる跳躍力では無かった。
満月に少女の影が重なり、月が少女のシルエットを美しく照らす。
月夜に遠吠えする狼の様に、少女は叫ぶ。
「とくと味わえっ! このヴェロニカ様の特注激弾をよ!」
言葉と同時、少女の手にとてもその体では支えきれないであろう自身の身長をも超える長銃が茶色の魔法陣と共に発現される。
「『事象の逆転』ってなら、こうすりゃ、手前らに当たんだろっ!?」
だが、少女は軽々しくその長銃を持ち、何故かその銃身を自身へと向ける。
「さあ、『バルバトス』っ! ぶっ飛ばすぞっ!」
容赦なく、発砲。
放たれたグレネード弾は、激しい爆撃炎と共に、辺りを燈色へと変えてゆく。
「へへ、ざまあみろ。種がわかりゃ、なんて事ねえんだよ」
だが、少女は無傷でその細道の地に足を付ける。
そこに、先程までの奇怪な犬の化け物はいなかった。
代わりに、そこにいた『痕跡』である影が薄らと点在する。
「手前らをぶっ飛ばすってのを、『自分をぶっ飛ばすって』考えりゃいいだけじゃねえか。何で考えつかなかったのかねぇ」
少女は長銃を自身の後ろ首に乗せ、嘆息する。
「中国支部をぶっ潰した、『四凶』が一人、『渾沌』……! そのアホ面をスライスして、うちの骨董品に飾ってやるよ!」
少女は口を吊り上げ、細路地を駆け出す。
「こんなとこにいやがったのか……! 進む道が逆になったりするわ、こっちの攻撃が逆にこっちに向かってくるわ……ったく、無駄に疲れたぜ」
跳躍し、鉄の建造物群の狭間から飛び出した少女は、その屋上の床に足を打ち付ける。
その眼前、紫の導衣を着た一人の老人──と、踊り狂い、常に月夜を涎を垂らし、見上げる巨躯の怪馬がいた。
「ほほほ、混沌とした『渾沌』の固有能力を前に、よくここまで辿り付けたね」
「うっせーっ! 糞禿げ爺! 手前のせいで、あたいの虫の居所は悪いんだっ! さっさと死ね!」
不気味に微笑む老人から滲み出る威圧に、全く動じず、少女は茶色の魔法陣を自身の足元に発現させる。
「『残酷伯爵の宴』!」
魔法陣が少女の全身を駆け上がる。すると、その背面、多数の銃火器が無造作に無の空間から顔を出す。
ロケットランチャー、グレネードランチャー、バルカン砲、アンチマテリアルライフル──多種多様の放てば、人など一瞬で粉微塵になるであろう絶大な破壊力を誇る文明の利器が老人を狙う。
「ほほほ、無駄な事よ」
「手前の能力の種は解ってんだよっ!」
だが、その一個中隊でさえも楽々と屠りそうな武装を前に、余裕の笑みで老人は立つ。
「放て、『戦鬼無双の凱旋』!」
少女の憤怒を含めた叫びより放たれた殺戮の大掃射。
それは、とてつもない轟音を世界に響かせ、老人へと向かってゆく。
「『事象変更』」
「はぁっ!?」
だが、老人が呟くと同時、その大掃射は老人を逸れ、世界に生やされた周囲の鉄の建造物を悉く破壊する。
「ほー、ほっほっ! 『事象』とは、すなわち一つである事のみならず。『私』と『私以外』。その逆転をさせてもらった! この私の『化身』である『渾沌』の力は、そなたら『アダム』を駆逐し尽くすに価する無敵の能力」
老人は笑い声を先程より一層張り上げ、告げる。
「っくしょう……ホント、面倒な相手だぜ」
歯軋りをし、戦慄の表情で少女は呟く。
「では、今度は私から行きましょうかえ」
告げ、老人は青の魔法陣を発現させる。
「『狂気馬の放水舞踏』」
その魔法陣から放たれるは、高水圧の斬り刃の群。
しなるようにうねり、少女へと迫る。
「んな遅い攻撃当たるかよっ!」
だが、少女は空間から這い出た重火器群と共に、その攻撃の照準から逸れる様に地を蹴りあげる。
「『事象変更』」
筈だった。しかし、その脚は微動だにしない。
それは、老人の持つ『固有能力』──
『事象の入れ替え』による『動く』と『動かない』の反転。
「ち、マジで糞面倒な相手だなあああぁぁぁっ!」
苛立ちと焦りを込めた叫びを挙げる少女へと水の刃は突き刺さる。
「ふむ。中々に頑強。良い『精神力』を持っているようだね」
だが、その体を水の刃が貫く事は無かった。
「く、くそぅ……大分『精神力』を持ってかれちまった」
しかし、少女の顔は苦悶の表情となる。
「だが、何も為す術も無いそなたは私の攻撃に只、甚振られるのみ。さあ、どうするね?」
にたりと、老人は笑みを深め、新たに青の魔法陣を発現する。
「どうするも何も、こうするしか無えだろっ!」
地に膝を付ける少女は、しかし絶望とは程遠い、憤怒の表情で叫ぶ。
「『過負荷駆動』っ!」
言葉を告げると同時、少女の内から圧倒的な闘氣が溢れだす。
「うぐ……! 此奴、これほどまでの潜在的な精神力を宿しているだと……!?」
その少女が放つ闘氣を前に、老人は先程まで余裕の表情を崩す。
「このヴェロニカ様がっ! 手前みたいな老いぼれに本気を出さなきゃなんねえとはよぉっ!」
(不味い……! 他にも私を狙うアダムの連中が近くにいる! ここで、自身の限界を超える『過負荷駆動』を私が使えば、その数刻には精神力が空になってしまう……!)
後ずさり、その場を逃げようとした老人。
だが、その足は何処からともなく聴こえる声に遮られる。
「駄目だよ。『私』の為に、戦って。何の為に、『抱かせた』と思ってるの?」
クスリと微笑し、老人へと囁く声が聞こえる。
「そ、そなたは……?」
問おうとした老人は、だがその脳内の判断を一瞬で書き変えられる。
「ふ、ふおおぉぉぉぉっ! 『過負荷駆動』!」
老人が告げた途端、その内から少女に負けず劣らずの膨大な闘気が発せられる。
「へへ、そうこなくっちゃなぁ。さあ、ぶち殺し会おうぜ!?」
その老人の突然の力の増幅に、寧ろ満足気な笑みで少女は応える。
「『殺戮兵器の大軍勢』!」
少女が告げると、少女の後方、そこから無数の空間が裂け、先程の幾倍かの重火器類が続々と顔を出す。
「『混沌万華鏡』」
対して、老人が告げると同時、辺りの空間が湾曲する。
上も下も、右も左も分からない。
異常空間と化した場でありながらも、少女の口元の緩みは変わる事は無かった。
「くく、手前の『アストラル』の欠片も微塵に残さずに、全て消し去ってやるよ!」
「出来るかえ? 出来るかえぇっ!? この私の能力に精神力が打ち勝ち、その攻撃が届くのかええぇぇっ!?」
互いの瞳孔が開き、攻撃を放とうとした瞬間であった。
「『壊れた世界の反逆者』」
言葉と共に、両者の間を蒼の閃光が穿つ。
その衝撃は、世界に轟音の悲鳴を挙げさせる。
「ち、良いとこだったのによぉ」
戦場の中心に降り立った存在を、少女は恨めしそうに睨みつける。
そこに降り立つは、多量の羽を生やした天使。
白の導衣。そして、握り締める蒼の閃光を放つ剣と同様の蒼の瞳は、その少年をそう例えざる得ない。
「悪いな。ヴェロニカ。お前の『怒り』……借りるぞ」
「好きにしな。ったく、興醒めだぜ。少しは空気を読めよ」
「あえて読まなかっただけだ。お前は無茶が過ぎる」
少女の抗議の声に、少年は無表情、無感情の声色で返す。
「馬……馬鹿なっ!? 『管理者殺し』だとっ!? 『アビスの力』の発現は、『この世界』の拒絶によって察知される筈……!」
「勉強不足だな。俺は『現人神』。『特別製』なんだ」
「う、うぐぅっ! 『狂気馬の放水舞踏』!」
駆け出す少年の心臓に、うねる水の蛇が的確に狙いを定め、延びる。
「『希望』」
だが、それは少年の持つ蒼の剣に叩き伏せられ、霧散する。
「ぐぅ……何故だっ! 何故なのかえええぇぇぇっ!? 何故、常に事象が常に逆転するこの場で、そなたは私に近付いてこれるっ!?」
「何から何まで、勉強不足だ。敵の能力の分析はインカネーターの戦いでは最重要だぞ?」
「ひ、ひいぃっ!」
自身の精神力を限界を超え、注いだ能力を前に、全く受け付けない少年に老人は恐怖に顔を歪める。
(さあ、『想い』をぶつけて)
少年の心の奥底、優しく、美しい女性の声が響く。
「ああ、分かっているよ。『ガブリエル』」
少年は奥底の声に告げる。
「『怒り』」
告げた言葉は、荒々しい蒼の奔流となり、その衝撃波は老人を包み込む。
「ふ、ふあああああぁぁぁっ! 中国支部の壊滅させたこの私がっ! 最強無敵の能力があああぁぁぁぁっ!」
断末魔と共に、老人はその体を灰にし、霧散してゆく。
「最強? 俺の知っている最強はこんなものでは無かった」
少年は、消え失せる老人を見送る事無く、背を向けて呟いた。
「格好付けんなよ。糞日本人」
舌打ちをし、少女は少年を睨みつける。
苛立ちを含めた呟きと共に、世界は崩れ、晴天の浜辺となる。
「……世界が平和になります様に」
自身の放った蒼の奔流の様な照りつける晴天を少年は見つめ、無表情に呟いた。
──坂口京馬。自身の愉悦を満たす為に、『全ての世界の災禍』と対峙する天使と融合した『現人神』。
彼は、己の理想の為、多くを得て、多くを失った。
そう、これは全ての人の幸福を願う、その少年の『物語』である。