Scene 27 『死』を与えるもの
天の声=ガブリエルです。
詳細は、第一部の三章後半にて。
以後、京馬君はしばらくお休みになります。
「剛毅さんの過去に、そんな事が……」
凄惨な剛毅の過去に、京馬は言葉を漏らす。
そこに、何故だか驚愕は無かった。
剛毅という男を、京馬はよく知り得ている。
共にいた時に感じた『仲間』への強固なる慈しみ。
それは以前から備わっていたもので、その過去で剛毅は自身の『本質』を理解し、そして『炎帝』ペイモンに認められ、インカネーターとなったのだ。
それは、ある意味では必然なのかも知れない。
そして──
「だから──最も大切な、彩乃さんとお母さんと共に過ごせる静子さんの世界の為に……俺達、アダムと敵対する事にしたんですか」
『死と生が調和する世界』。
それは、死人と生き人の垣根が消え、永劫に過ごせる世界。
つまりは、『死んだ者とも再会出来る世界』。
剛毅は、確かに仲間への義理が強い。
今いる仲間達を非常に大切にする性分である。
だが、京馬が聞いた剛毅の過去は、その仲間への義理をも凌ぐ、強烈な『想い』を唯一の肉親と恋人へと向けていたのだ。
「ああ、そうだ」
剛毅は、二つ返事をし、虚空を見つめる眼を細める。
「俺が、静子に半ば強引に『死人』にされ、その静子の世界について聞かされた時……俺の、お前達、仲間を護るという信念を、『それ』が軽々しく超えちまった」
ふう、と呆れ声を漏らし、剛毅は自身を嘲笑する。
「はは、天秤に掛けるまでも無かった。結局は、やっぱり俺はそこまでの人間なんだ。気付いちまったよ。俺は、哀れな過去に縋りまくる只の未練たらしい男だってな」
「それを言ったら、お互い様ですよ。俺だって、美樹の事は忘れられないし、結局は大層な信念よりも『色欲の悪魔』に捉われた美樹の救いを優先してる」
微笑し、京馬は続ける。
「でも、それこそが人なんだと思います。自身の『想い』に焦がれ、渇望して、手に入れたがる。どうしようもない『欲』は、俺達、『悪魔の子』の標準装備なんですよ」
「ははっ! 違えねえな。滑稽なもんだ!」
大笑いをし、剛毅は叫ぶ。
その剛毅を、京馬はしばらく見つめ、口を開く。
「剛毅さん……もう、アダムへは戻らないんですか」
「ああ。もう俺は俺を曲げられねえ。決断した時、全ては捨て去ったさ。悪いな」
「そうですか。じゃあ──」
「決着をつけなきゃな」
だが、双方とも微動だに出来ない。
精神力を削られ、使い果たした両者は、もう体を充分に動かす事も出来ない。
辺りは、一寸の静寂に包まれる。
「……はは。こりゃ、まいった。どうしようも無えな」
「そうですね」
頷く京馬は、しかし、そっとその懐から銀製の円筒状の容器を取り出す。
(この、『メイザース・タブレット』を飲めば、俺は動ける)
それは、あの『狂気の魔道士』が試作を経て完成させた精神力回復の錠剤を入れたもの。
だが、京馬の体はそれ以上に動かない。
否、『動かしたくは無かった』。
決意はしていた。
自身の望む、『世界の創造』は、その『方法』故に、今の自身が所属するアダムと言う組織に敵対する事を避けられない。
一部の協力者を除き、全ての親しき者へ刃を向ける覚悟を備えたつもりであった。
だが、動かない。
短い間であったが、今自身と共に倒れている剛毅との出会いから別れまでが走馬灯の様に駆け巡ってくる。
頼もしかった。優しかった。楽しかった。嬉しかった──
ぐうの音もでない程、京馬はその剛毅への負の感情が一切出てこない。
寧ろ、思い出せば、思い出す程、その手は動かなくなってゆく。
ああ、何もそこまでしなくていいだろう。
また対峙する時が来たら、また勝てばいい。
何せ、京馬の望む世界に、その大切な人達の唯一無二のアストラルを残すのは、京馬の強い『欲』だ。
それには、抗えられない。
(殺しなさい)
だが、自身の中の天使は心でその声を響かせる。
(無理だ。俺に、剛毅さんは──)
(駄目。京馬君。確かに、君の『信念』の下では、逃し、共に生きる選択をしたいでしょう。だけど、駄目なのよ)
(何故だ?)
(多くの『枝世界』の『生物』を見てきたから分かる。彼は、『本物』よ。どうあっても、その考えを曲げない、頑固で、強靭な意志の持ち主)
声が響くと同時、硬直していた京馬の指が、震えながらも徐々に容器の開閉スイッチへと動き始める。
『現人神』となった者は、そのアストラルを『アビスの本神』と同化する。
つまりは、京馬の体は、『京馬であってガブリエル』でもある。
更には、京馬の『現人神』としての状態は、その状態へと至った『経緯』から、実は本神であるガブリエルに若干傾いているのだ。
その為、少しだけならばその体をガブリエルが主導権を握る事も可能なのである。
(止、止めろ! 未だ、何か、何かある筈……!)
(そうやって、逃げる気? そんな事じゃあ、またあの氷室が怒るわよ?)
(俺は、俺の『創造』した世界に、剛毅さんを、そのアストラルを……生かしておきたいんだっ!)
自身の中の天使と葛藤する京馬。
「どうした? しばらく黙りこくって」
振り向き、剛毅はその京馬の表情を見つめ、更に眉を細める。
強烈な『想い』を解放していない、苦悶とした京馬の感情は、決して表へは出ず、極めて『無感情』であった。
「何か騒々しいから、来てみたけど……やっぱり、京馬君だったのね」
必死に、自身の中の天使を押さえつける京馬は、その聞き覚えのある声に、視線を向ける。
「し……静子さん」
(静子……不味いタイミングで来たわね)
心の内で驚愕し、危機を感じる京馬、そしてガブリエル。
対比し、呆気らかんとした表情で告げる雪解けの様な美しい肌を持つ静子は、その姿勢を屈ませ、京馬の顔を覗き込む。
「あら、動けないのね? ふふ。やるじゃない、剛毅。私と同じ『現人神』を、ここまで追い詰めるなんて」
「……あんたが、俺に渡した『器』のおかげだ。俺だけの力じゃあ、正直、ここまで京馬と善戦する事は出来なかった」
振り向き、剛毅へと視線を向ける静子は、その言葉に、うんうんと頷く。
「そうねえ。『私』の、『子供達』の一人なんだもの。それに、君の実力があれば、勝利する可能性もあった筈よね?」
戦慄とする京馬の感情と相対する様な、穏やかな笑みを浮かべる静子は、まるで敵意を感じ得ない。
「……静子さん。あなたの目的は聞きました」
「あれ? 精神力が回復した?」
忍び、京馬は『メイザース・タブレット』を掴み、口に入れ、飲み干していた。
瞬時に体の活力が戻り、京馬は立ち上がる。
「だけど、俺も『世界の創造』を目的としています。やられる訳には、いかないんです」
壊れた世界の反逆』を発現させ、京馬は構える。
しかし、それでも静子の笑みはまるで変化を感じない。
「そうね。君なら、そう言うだろうと思った。本当は、剛毅や志藤みたいに『取り込んで』しまいたかったんだけど、今の感じで見たら、どの道無理そうね」
嘆息し、静子はその手に煌びやかな扇を発現させる。
「でも、京馬君。それに『天の声』さん。どっちにしても、その願いは叶わないわよ?」
「やってみなくちゃ、解らない」
双方が、その眼を見据える。
一転して、緊張が場を支配する。
静寂とした空気は、黄土の空が拡げる重圧感を更に加味させる。
「『過負荷駆動』、『想いの奔流の一撃』っ!」
先に動いたのは、京馬であった。
『メイザース・タブレット』で精神力を回復させた京馬であったが、それも全回復とまではいかない。
苦肉の策であった。
静子の『死』を前に、その脆弱な状態では、持久戦はおろか、まともに闘う時間なぞ数分もない。
故に、強烈な『希望』を掲げ、京馬は一撃勝負に賭ける。
「な、何……っ!?」
だが、その一撃は静子の持つ扇と『接触』しただけで霧散する。
「でしょう? 京馬君の想いを、『死』なせたわ。悪いけど、最初から勝負にならないのよ」
力を使い果たし、更には圧倒的なまでの力を前に、両膝を地に付ける京馬。
その京馬へと、更に扇を一振りする。
「あ……」
落ちる枯れ葉の様に、静かに地に倒れる京馬は、あまりにも一瞬の勝負の結果に唖然となる。
「両手両足の神経も『死』なせてもらったわ。まあ、万が一もあるしね。さあ、皆」
再び屈託なく笑む静子は、後方へと手を泳がせる。
「何でしょうか、『黄泉姫』様?」
密集する霧が晴れ、幾つもの人々が姿を現す。
それらは、この異形な空間では寧ろ不自然な程、『普通』とした容姿と雰囲気の人達であった。
「『黄泉の最奥』まで、この子を運んで頂戴な」
先頭に立つ少年に、静子は告げる。
「分かりました!」
その言葉に、嬉しそうに頷く少年は、爽やかな笑顔と共に、我先に京馬を担ぐ。
「ふふ。大事な客人だから、丁寧に扱ってね。『萩山君』」
背を向け、京馬を運び出す人々を見送る静子。
「──あんたも、甘いな」
力無く、仰向けに倒れる剛毅は呟く。
「甘いも何も、私に無理にでも殺そうなんて考えは元から無いわ。それに、『天の声』さんには本当にお世話になったしね」
告げ、静子は懐かしむ様に、再度、小さくなってゆく京馬の影を見つめる。
「でも意地が悪いよね。こんな『世界の創造』なんてものがある事、黙ってるなんて。……そうでしょう、『ラジエル』?」




