Scene 26 炎帝に愛された男の過去②
この小説……ジャンル、ファンタジーだよな?
とか、思いながら書いていました。
剛毅の過去編その②です。
遅れて、申し訳ありません。
ちょっと、というかかなりエグイ話になってます。
影虎の情報を得た剛毅は、近辺の仲間と共に『黒崎連合』の情報を集めた。
だが、その組織の実態が徐々に曝け出されてゆくと、あまりの暴虐無尽さに、手を引く者も出始めた。
更に、次々と剛毅の仲間達が消息不明、又は死体となって発見される。
だが、それでも剛毅は右腕であり、『影虎組』の組長の息子でもある影虎と共に、その組織を追い詰めようとしていた。
人気のない廃工場。
静寂としたその場には、只、風の通り抜ける音が響く。
夕焼けで、窓から灼熱色に映し出される空は、二人の男の影を伸ばす。
「……兄貴。もう、ここいらで終いにしやしょう。後は、親父達に任せて──」
「何言ってんだ! 奴等、そのお前の家すらも乗っ取ろうとしてるんじゃねえか! ここで俺も手を引いたら、お前もどうなっちまうか、分かってんだろ!」
「確かに、あの『黒崎連合』……関東の他の組と吊るんで、俺等が思った以上のえぐい事を仕出かそうとしているという情報を得られました。だが……いえ、だからこそ、一介の只の高校生である俺達では手に負えないんですよ!」
「じゃあ、俺にお前を見捨てろって事かっ!? いや、このまま野放しにしたら、ここらは前以上に荒んじまう! 俺と、お前と、気の良いお前の親父さんの組と──皆がいなきゃ、この街は駄目になっちまう!」
「……兄貴。兄貴が思っている程、うちらは清い組織じゃねえですよ。やる事はやっているし、法から外れている堅気じゃない」
「だが、少なくとも、俺達の仲間だ! この街の必要悪は、俺を含めたお前等だけで十分なんだよ!」
鉄製の壁を殴り込み、剛毅は訴える。
だが、影虎は顔を伏せ、視線を逸らす。
「兄貴……知っていますか。奴等の中に、特上な化物がいる事を」
「化物?」
重々しく口を開く影虎は、告げる。
「『百人殺しの怪僧』……いえ、今は『ビッグフット』なんて言われる『殺し屋』の事ですよ」
「何だ? まさか、お前ほどの奴がそいつにビビってんのか?」
「そうです。先日、『鉄砲を持った内の奴等が二十人』、奴に殺されました」
片眉を下げ、問うた剛毅は、しかし影虎から告げられたその『化物』の情報に、その表情を硬直させる。
「確かなのか?」
「勿論です。実際、俺も奴を目撃しました。とても、人間業とは思えない。あんな木造の棒で、人が次々と紙みたいにぶっ飛ばされて……流石に、親父も惚れこんだ兄貴の腕っぷしでも奴には敵わない」
「やって……みなきゃ、分かんねえだろ?」
「駄目ですぜ! 奴は、文字通りの化物だ! 噂では、『国』がバックにいる殺しの英才教育施設で育った『人間兵器』とか言われる正に『悪魔』だ! そんな奴に、兄貴が立ち向かっても、無駄死にです!」
激しく訴えかける影虎に、剛毅は次に放つ言葉を閉ざす。
「……それに、『黒崎連合』のトップは、あらゆる鬼畜な所業をし、登りつめた『浅羽』とかいうもう一人の悪魔がいる。もう、ここらは、俺達が立つ場所では無くなったんですよ!」
寂しそうに、そしてどうしようもなく悲しそうに、影虎は地に拳を打ち付ける。
目頭から零れ出る涙は、地を血で滲ませる。
それから、数日──
影虎から剛毅への連絡は途絶えていた。
だが、それでも剛毅は諦めてはいなかった。
どうにか、その『悪魔』達と対峙する方法を模索していた。
だが、そこで彼の脳裏に、否、その精神に語りかける──異様な存在が出現する。
『汝は、混沌の中、帝として玉座に座るか。燃え狂う戦火を纏い、抗うか?』
毎夜続く、意味不明な夢の問いに、剛毅はしかし、告げ続ける。
「抗うのを止めれば、戦火は消えるのか? 俺は、只抗うだけだ。仲間の為に」
応え、そして何事も無く消えゆく炎の化物は、何時も口を吊り上げ、面白可笑しそうに笑んでいる。
剛毅自身は、それを自身の深層心理か何かだと思った。
挫けそうになる心を揺さぶる、自身の『化身』と形容する『それ』に対しても、剛毅は真っ向に対峙していた。
夜の道路を一台のバイクが走る。
疾走とするバイクは、その上に乗る男の心情を形容しているかの様であった。
(どうする? もう影虎の情報も無い。だが、奴等のトップさえ俺が刺し違えてでも仕留めれば、影虎の親父の勢力と他の組が手を組んで、何とか治められるか?)
毎夜うなされ、目には隈が出来ていた。
だが、それでも剛毅は現状の打開を思索する。
「……お、影虎か!?」
突如、けたたましく鳴る携帯電話。
その発信先の聞き覚えのある男の声に、剛毅は意気揚々と応える。
「あ──兄貴! 大変です! 奴等、とうとう兄貴の家を嗅ぎ付けやがりました! 早くしないと、彩乃の姉御と、母さんが!」
だが、焦燥とする声は、直ぐに、剛毅から口の吊り上げをかき消す。
「今、向かっている! ありがとうよ! てっきり、縁が切れたかと思ったぜ!」
「そんな訳、無えですよ! 俺は、兄貴の腕っぷしもそうですが……何より、その心意気に惚れてるんですから!」
「へへっ! こっ恥ずかしいじゃねえか! 全速力で向かうぜ!」
その眼は決意として、闇夜の先を見据える。
「──兄貴。間に合って下せえ……!」
歯茎を強く噛み締め、影虎はクラッチを握り、バイクのスピードを加速させる。
「ち……何てこったい」
だが、ライトが照らしだす眼前の『障害』に、影虎は途端の急ブレーキを掛ける。
「おうおう。影虎組の坊っちゃんよう。こんな時間に、どこ行くのかい?」
「あんた達に、俺が教える義理でもあるのかい?」
バリケードの様に多数の中型バイクが道を埋め尽くす。
その先頭のバイクに跨る男は、いやらしく、邪悪な笑みで影虎を見つめる。
「当然さあ。何て言ったって、お前達、影虎組は、俺等の黒崎連合と『合併』する事になったんだから。その名も『黒崎組』! 良いねえ。俺等の名を優先してくれるなんざ」
「……嘘を言うな。親父がそんなの認める訳ねえ」
下卑た笑みで告げる男に、影虎は眉間に皺を寄せて睨み付ける。
「ふ、ふひ、ふひひ、ふひゃ、ひゃははははっ!」
だが、男は意に介せず、高らかに不気味な笑い声を張り上げる。
「何だ!? 何が可笑しい!?」
「ああ……そうだな。そうだとも! お前の親父さん……本当に頑固でなあ」
そう呟き、男は裾から一枚の写真を取り出そうとする。
異様な悪寒を感じる影虎は、その悪寒が杞憂であろうと信じたかった。
だからこそ、その男が手に取った写真を影虎は無視出来なかった。
「う、うあ、あ、ああああああ!」
だが、それは影虎の嫌な予感を悉く的中させた。
あまりにも非道。
あまりにも凄惨。
そして、
「ふひゃははは! どうだい! 最っ高におもしれえだろ!? お前の母親をこんな感じで甚振って、拷問させて……子供である手前にも同じ報いをしてやるって言ったら、泣きじゃくってよお? 傘下に入るから、手前だけは見逃してくれってよ!?」
「──せねえ」
「ああ!? 聴こえねえよお? 『虎』って言う割には威勢がねえなあ? もっと、気持ち良く吠えてみろよ!」
「ゆ、る、せ、ねえ……!」
それは、あまりにも、許し難い。
だが、影虎はそれを鎮めるかの如く、か細く憤怒を呟く。
「──吠えるのは」
告げる前より、衝撃音が響く。
「ふ、ぐ、ぎゃああああああ!」
「手前でさあっ!」
間髪、影虎が懐から取り出したのは、一丁の拳銃。
それは、先程まで喜々として語っていた男の腹部を撃ち抜く。
「……手前!」
「もっと苦しみたいかい?」
「ぬ、ぬああああああ!」
更に、一撃。
倒れ伏せ、悶え苦しむ男の腕を撃ち抜く。
「今、致命打で殺しはしねえ。悶え、失血死で死ぬんでさあ」
吐き捨てる様に告げ、影虎は屯する他の一団へと憎悪の眼を向ける。
「ざっと、二十はいるかい。よくも、一匹の仔羊の為にこんな人数を」
ふう、と軽くため息を吐き、影虎は腰に付けた『丸い何か』を取り外す。
「これは、しょうがねえ。まあ、人とも言えねえ外道の悪魔共の手向けには丁度良いでさあ」
「な……! おい、止めろ!」
影虎が取り出したのは、手榴弾。
ピンを外し、平然とした表情でそれを一団へと投擲する。
「ふぎゃあああああぁぁっ!」
強烈な爆撃音と共に、断末魔が響く。
「因果応報って知ってるかい?」
煙る視界の中、影虎は呟く。
再び、バイクに跨ろうと、影虎が背を向けた瞬間だった。
「おー、こりゃあ、皆、木端微塵だなあ。また、浅羽の兄貴に怒られちまうよぉ」
煙の中、聴こえる筈の無い人の声。
「……何だと? 馬鹿な!」
それは、常人の感覚で言えば、『在り得ない』。
周囲十メートルは吹き飛ぶであろう手榴弾の爆発。
だが、気だるい声色を放つ、『異常』は、その巨躯をシルエットに写す。
「それはともかく、中々思い切った事してくれるじゃねえか。うん。良いよお前。気に入った」
煙が晴れ、姿を現すは、『怪僧』。
そう呼ぶに値する、浮浪者の様でありながら、一切の隙をも感じ得ない圧倒的強者の風格。
「お前……『ビッグフット』か!?」
身構え、影虎はその男の通称を叫ぶ。
「何だそれ? ああ、うん。思い出した。俺の通り名か」
ボリボリと、頭を掻き、男は告げる。
「ちっ!」
影虎は、再び拳銃を取り出し、即座にトリガーを引き抜こうとする。
「遅せえよ」
だが、呆れ顔の男は、瞬時に腕を回し、長柄の『棒』の切っ先で、その拳銃を跳ね飛ばす。
「ほれ、もっと良い策あんだろ? 来いよ」
男は左手を煽る様に、手前に動かす。
「……上等だ!」
影虎は、懐からピアノ線を取り出し、それを両手に纏わりつかせる。
硬質な『線』は、時に鋭利な刃と化す。
勢い付いた物を裁断する『凶器』を装備した影虎は、男へと距離を縮める。
「だから、遅えって」
俊敏とする影虎の一手。
しかし、それを男は、とてもその巨体とは思えない鋭敏な動きによって躱す。
「終わりだ」
「ふ、ぐあっ!」
掠める、影虎の渾身の一手。
男は、影虎の背に廻り込み、棒の一撃を叩きこむ。
斜め上空から振り下ろされる一撃によって、影虎の体は地に打ち付けられる。
「……まあ、雑魚に比べれば、少しはマシな動きだったんじゃねえの?」
「ぐ……っ! くそ! こんな所で!」
体を押さえつけられた影虎は抵抗するが、全く体の言う事が出来ない。
「こんな所も、どんな所もねえよ。手前が、俺と出会って、俺より弱かった。そんだけだ」
「う、うう……! 兄貴、姉御……済まねえ。『ビッグフット』……予想以上の化物だった」
歯を食いしばる影虎の言葉に、男は深いため息を吐く。
「皆よー。そう、俺の通り名で呼ぶの止めてくんねえかなあ? 俺は『新島大吾』ってれっきとした名前があるんだって」
残念そうに呟く新島は、月夜の空を穿つかの如く伸びた棒を、勢い良く影虎へ叩き込んだ。
「彩乃っー! 母ちゃーんっ!」
木造の家が黒々とした煙を放ち、燃え尽きた木片が剛毅の目の前に転がり落ちる。
剛毅が、影虎の報告を聞き、実家へと赴いた時には既に遅かった。
辺りを、灰煙の匂いが立ち込める。
炎の中を、捜索しようとした後、携帯の着信が鳴る。
『お前と影虎の息子が落ち合う廃工場に向かえ。そこに女と母親がいる』
それは、メールの着信であった。
「──上等じゃねえか! 罠でも、何でも来いだ!」
炎を睨み付け、激情を露わに、剛毅は呟く。
だが、正反して、その剛毅の心情は不安に満ち満ちていた。
『汝は、凄惨へと歩むか? 退け、霞みの中に生きるが、道も一つであろう』
「五月蠅えってんだよ。タコ!」
だが、剛毅の深層で響く甘美な誘惑の声を、剛毅は地に拳を穿ち、跳ね除ける。
「俺には、俺の『義』があんだよ」
「……ここか」
ありとあらゆる『最悪』が、剛毅の頭を過ぎる。
だが、剛毅は意を決して、廃工場の扉を開ける。
「来てやったぞ! 彩乃と、母ちゃんはどこだっ!」
全てを跳ね退けるかの様な、声高の叫びを剛毅は挙げる。
「く、くく。本当に来やがったぞ」
だが、そこには多数の男が屯しているだけであった。
「……もう一度言う。彩乃と母ちゃんはどこだ」
剛毅の問い掛けに、だが男達は忍び笑いをするのみ。
やがて、それも静まり、正面の男が口を開く。
「ここだよ」
告げ、ゆったりと男がその場から退き、その男の背に隠れていたものが顕わになる。
「──っ! ……っ!」
声にならない。
幾重もの死線を潜り抜けた剛毅。
どんなに凄惨なものでも、悲惨なものでも、悲痛な事でも──
乗り越えられると思った。
自分は、『それ』が出来る気高い人であると思っていた。
だが、悟る。
自分が、そんな強い人間では無いと言う事を。
「う、うあ、うあああ、あああああああああああぁぁぁっ!」
その視界に映し出されたのは、惨たらしく、凌辱され、壊された──自身の恋人と、親。
「ふひゃ、はははははっ! 面白かったぜえ? どんなに殴って、冒してもよぉ? お前の名前の事をうわ言みたいに呟いてんの!」
「だよなぁっ!? 傑作だったぜぇ? でも飽きちまったから、うちの『ビッグフット』に『残飯処理』をしてもらったけどな」
ひたすらに、響く雑音。
何を言ってるんだ?
おいおい、冗談は止せよ。
悪い冗談と言ってくれよ。なあ、『神様』。
夢だろ?
こんな胸糞悪い夢なんて、覚めちまえ。
ほら、目を開けたら、弁当作ってる母ちゃんと、不機嫌に家のドア勝手に開けて入ってくる彩乃が視界に──
『くく……汝。呑まれるか? 呑み込まれてみるか? 炎獄に溺れよ。灼熱に焦がれよ。苦しみ、悶える焼死体と化せ』
燃え盛る王宮。
剛毅はその玉座へと倒れ伏せていた。
熱い──痛い。
徐々に、炎に蝕まれ、皮膚は黄土から黒色へ。
だが、自身の沁み渡る心の疵跡の方が幾倍も『痛い』。
このまま、焦土に身を任せても良いかも知れない。
『さあ、差し出せ。汝のアストラルを。我が傀儡となり、我が愉悦を堪能させよ』
ああ。
この『声』は、哀れな俺の救いだ。
身を任せたい──
「だが、俺の『信念』は、そうじゃない」
しばらくの悦楽の空間で、剛毅は茫然とした眼を、きつく締め上げる。
そうだ。
何の為の、『今まで』だ?
影虎や、俺を慕ってくれた皆。
そして、彩乃や母ちゃんの様な大切な人々。
消えてしまった。
自身の手から零れてしまった。
だが、俺が『溺れれば』、その犠牲は何処へ。
違うだろう。
誰が、こんな化物に『自分』を差し出すか。
「俺は、『俺』だ……!」
徐々に、黒色となった剛毅の皮膚は黄から肌色へ。
掴む、玉座の炎は剛毅の手の中へ。
「焼き焦がす、炎じゃねえ」
螺旋を描き、轟々と吠える焔。
それは、剛毅に付き従うかの様に、舞う。
『……! 呑み込まれず、抗わず、従わせるか? 面白い。汝、名を』
「俺は、間島剛毅。自身の『義』に、自分の周囲に命を掛けると決めた」
『剛毅……覚えたぞ。我が名は炎帝ペイモン。汝の世界を真の姿へと化す鍵を持つ王が一人』
「ありがとうよ。ペイモン。お前を、使わせて貰うぜ?」
「く、ひゃははは! こいつ、ショックで茫然としてるぜ? はは、はは!」
剛毅が瞬き一つで再び視界を拡げると、眼前には凄惨の場が。
「ふふ。そうだな。手前らは、どう見積もっても、俺は許せそうにねえ」
だが、剛毅は口を吊り上げる。
手から伝う様に、炎が垂れ、それは建物全体へと及ぶ。
「……! 何だ! 手前、なにしやがった!?」
「ふん。成程な。俺には、もってこいの炎だ」
自身の手を見つめ、剛毅は呟く。
「何をしたかって、聞いてんだよぉっ!」
拳銃を突き付ける男は、超常とした現象を放つ剛毅に、戦慄と恐怖の眼差しを向ける。
「もう、ここは俺の居場所じゃねえ。消えな」
剛毅の両手に赤の魔法陣が発現される。
力を得たと同時、剛毅はその論理を瞬間的に理解する。
「『炎帝の双剣』」
魔法陣からせり上がるは、焔を纏う二対の剣。
「ふ、ふじゃあああああああっ!?」
剛毅が、その剣を男達に向ける。
炎獄が吹きあられ、男達を、そして建物全体を燃え上がらせる。
「彩乃……母ちゃん」
灼熱が取り囲む中、剛毅は物言わぬ二人を抱える。
「済まねえ……だが、ありがとう。今までも、これからも──二人とも、俺の最も大切な人だ」
『剛毅』という人生を焦がすかの様に、炎が全てを包み込む。
その焔は、一夜を美しい燈色に染め上げていた。
──そして、後に灰燼とした廃墟で倒れる剛毅はアダムへとスカウトされる事になる。
新たな仲間を得た剛毅は、自身の周囲を護る信念を抱き、京馬と出会うのであった。




