Scene 16 ミネルヴァ・メイザース
「や、久しぶりね。京馬君に咲月ちゃん」
「久しぶりです。エレンさん」
「また会えましたねっ! 嬉しいです!」
アダム地下基地の会議室に入室した京馬と咲月を、楕円に拡がるテーブルの席で足を組み、腰掛けるエレンは挨拶する。
そのエレンへと京馬は只、淡々と。咲月は満面の笑みを持って返事をする。
「私もまた日本支部の皆に会えて嬉しいわ。尤も、あまり歓迎される様な立ち位置では無いけど」
「そうだろうが、お前と俺の関係を知った上での『監査役』。あのシモーヌの事だ。もっと別の何かの為にお前をここに呼んだんだろう」
苦笑するエレンに、桐人は言う。
「寧ろ、これが本当に正当な意味合いでの異動ならば、儂はあの小娘に落胆するがな。無能も良いところだ」
くく、と口を吊り上げ、織田は告げる。
「だが、真意を話さないって事は、少なくともこの『組織内』に何かしらの疑惑を持ってるってこった。まあ、応援の形でここに来ているあたいとフランツの兄貴には関係無い話だがな」
足をテーブルに乗せ、面倒そうにヴェロニカは言う。
その傍らには、フランツが。
「まあ、私は出来うる限りの援護をするつもりだ」
ヴェロニカは告げるフランツを一寸見つめ、はあ、とため息を吐く。
「ふん。手前は何か知っているんじゃねえか? 美龍」
腕を組み、踏ん反り返るウリエルは隣りに座る美龍へ問い掛ける。
「さあ? 私は、あくまであなた達日本支部が今回の失踪事件に関与していないか、そしてその疑惑を晴らす行動を監視し、『同行者』として立ち振る舞うのみ。それ以上はしないし、以下も無い」
「あくまで、本部の犬って事かい。天下の『星砕き』が聞いて呆れるな」
「好きに言えば良いわ。私は、私なりの『信念』で行動しているの」
ウリエルの挑発に、だが美龍は涼しい顔で告げる。
「その『信念』とやらで、お前が一体何を目指しているのか。それは俺も興味があるな」
しかし、口を吊り上げる桐人の言葉に、美龍の表情は変わる。
睨み付け、壁を作る様な険の表情で告げる。
「……桐人。あなたにも話したくは無い」
あくまで冷静。
しかし、戸惑いにも似た一寸の間に、桐人は納得したかの様な笑みを零す。
「ふふ。そうか。では、お互い頑張ろうじゃないか」
「そうね」
その言葉に目を背け、美龍は呟く。
「え、あ、ちょ、ちょと。何でこんな空気になるの?」
何故だか気まずい空気となり、それに耐えかねた咲月が京馬に耳打ちする。
(俺も分からない)
頬を掻きたくなる気持ちを内に秘め、京馬は思う。
「はぁーいっ! アダム日本支部のみっなさーんっ! お久しぶり!」
突如、甲高い声と共に、アダム会議室の中央にホログラムで人影が映る。
「ひええっ! きたぁ!」
同時、顔を引き攣らせ、ささっと咲月はテーブル下に体を滑り込ませる。
「この、私がっ! ミネルヴァ・メイザース三世よっ!」
びしぃっと、決めポーズを作る女性に、対してとても冷やかな視線を周囲は送る。
如何にもとした、胡桃色の三角帽子を被り、眉尻が尖った目をオブラートに包み込む様な片眼鏡をかける二十代半ばと思われる女性。
その身に付ける紅色と琥珀色がアシンメトリーに交差したローブを揺らし、その女性は訴える。
「な、何よぅ? この麗しく知的な御姉様の、超合理的に計算されたこのポージングに対して、皆無反応っ?」
「死ね」
そのメイザースに対し、ヴェロニカが短刀を捩り込む様な鋭い声で言い放つ。
「あらあらあら! そんな暴言をこのイギリス支部開発班局長のこの私に言っていいのぉっ!? あんたの『弾』を開発したのは、誰だと思っているのよ!?」
「んなもん、とっくに間に合ってるんだよ! このマッドメイガスト年増! 今の私は私の『固有能力』を理解し尽くしてるし、材料の『魔法鉱物』の発注は『設備班』に任せてる。手前のフォローなんてもう必要ねえんだよ!」
「ひ、ひどおぉぃっ!?」
「何が、ひどおぉぃ、だ! それに手前には、聞きたい事がある! 前回の任務で、あたいの『弾』をアダマンタイト製から、オリハルコン製にすり替えやがっただろっ!?」
「ひゅー、ひゅひゅー♪ な、何の事かしら?」
「恍けんな! 手前のせいで、あたいは散々苦労したんだぞ! あたいの能力の性質上、アビスの親和性の高いオリハルコン製は、威力が落ちるんだよ! 強度も無え、包括性も無いオリハルコンじゃあ、未だミスリルの方がマシだ!」
「だ、だって、精神力を投影しやすいオリハルコンの方が応用力があると思って──」
「だったら、さっさとその事伝えろよ!」
「だって、あんたの性格上、絶対拒否すると思ったんだもん」
「敢えて、二度言おう。死ね!」
「ぼそ。あー、良い被検体なのに、面倒くさいわね」
「あぁっ!?」
「何でも無いですぅー」
ヴェロニカの険幕に、不貞腐れるメイザース。
その様子を嘆息して見つめていた桐人が口を開く。
「まあ、抗議したいヴェロニカの気持ちも分かるが、落ち着け」
「落ち着いてられるか! 下手したら、死ぬとこだったんだぞ!」
「ヴェロニカ。メイザースにそんな事言っても無駄なのは分かるだろう? こいつは俺達を実験体としてしか見ていない。何を言おうが不毛だ」
「へっへーん。そう言う事!」
「あぁっ!? この、糞、年増……ち、わーたよ」
桐人の宥めに、ヴェロニカはため息を吐いて静まる。
「ふふっ! 元『風の貴公子』にして『七十二柱支配の貴公子』は話が早くて助かるわあ! そうそう、私が提供した『シルフィード・ライン』の調子はどう?」
「良い感じだな。『この世界』の原子をも変換して風の精霊の粒子として取り入れる事が出来る。その便利さを今回の件で実感したよ」
「でしょ、でしょう!? わざわざ、解析した『嵐王の弓』のレプリカを改造しただけあるわ!」
おほほほ! と、甲高く笑うメイザースは満足気に笑みを見せる。
「そして、そこにいるエレンお嬢ちゃん! この私の最高峰の出来であると自負している『マッシヴ・エレクトロニック』は相変わらず絶好調かしらぁ!?」
「え、ええ、そうね」
「そうでしょう、そうでしょう! 何て言ったって、あのアビス一の神雷『雷霆』さえも超える甚大な高エネルギー出力を可能にしたエネルギー濃縮変換装置なのよ! 使いこなせば、あの『秘密の首領』に勝るとも劣らない『SSランク』に到達出来る優れモノ!」
興奮して語るメイザースは更に視線を変え、口を開く。
「そして、美龍! あんたの『修羅虎甲』……出来れば、もう少し『可変』を加えたいんだけど」
「この任務が終わったら、好きにすれば良いわ。尤も、あなたの事だから強制的に改造するでしょうけど」
「ぬ、ふふ……ありがとうね」
含み笑いをし、だが、メイザースはキョロキョロと周囲を見渡す。
「あれ……? でも、可笑しいわね。私の今一番トレンディーなあの子がいない……」
その言葉に、テーブル下に隠れていた咲月はビクリと反応する。
「そろそろ、雑談も良いだろう。本題にいこうじゃないか」
その咲月の反応に気付き、京馬は話を逸らせようとする。
だが、獲物を追い求める様なメイザースの眼光は、先程咲月が微動した時の揺れを感知していた。
「いや、この私は騙されないわ! その『管理者殺し』の真下ね!? さあさあ、取って食わないから出ておいで、可愛い子猫ちゃん」
メイザースのいやらしい視線の先は、咲月が隠れたテーブルの真下に。
「ガクガク、ブルブル……」
だが、その存在が気付かれようとも、咲月は陰から出ていこうとしない。
「モニター越しだから、大丈夫だろう」
告げ、京馬は咲月の手を引く。
それに、何かあれば俺が守ってやる。
京馬の手の内から伝わる言葉に、咲月は意を決して姿を現す。
「オオゥ! マイ、スウィートハニー咲月ちゃま!」
感嘆の声を挙げ、メイザースは咲月を綺羅綺羅とした瞳で見つめる。
「ど、どうも……」
対して、目を背けて怯える咲月。
「おほほほ! どうしたの、そんな顔して!? この私に一目置かれるなんて光栄な事よ!?」
「そ、そうですね」
答える咲月の表情は崩れる事は無かった。
(まあ、誰だってそうなるだろうな)
咲月の反応を見て、京馬は思う。
ミネルヴァ・メイザース。
古くからアダムを影から支える結社、『黄金の夜明け団』。
その結社は初代メイザースによって発足され、現在、今目の前で怯える咲月に愛でる視線を送る、この『三代目』まで続いている。
その結社内では『魔法アカデミー』なるものが設立され、アダムがヘッドハンティングしたアビスの力による『魔法』の素養が優秀であると判断された一般人に、数々のアビスの力と魔法の知識を学習させる。
彼女はそのアカデミーの学長であり、同時にアダム・イギリス支部の支部長、そして『研究班』の統括局長をも務める、アダムという組織の中でも屈指の優秀な『一般人』だ。
「あぁ……何で、こんなに愛おしいのかしら! 早く、咲月ちゃまが成人すれば、この私があれやこれや検証出来るのにいいぃぃぃぃっ!」
だが、その性格、基、本質は非常に危険な存在である。
『狂気の魔道士』──彼女がアダムで呼ばれる様になったその『肩書き』に、その被害にあった者は誰もが納得するであろう。
自身が是が非でも検証、実験、改造を行いたいとすれば、その『狂気の魔道士』はどんな手でも使う。
「ぬう……『管理者殺し』さえいなければ、今頃は……!」
心の中で嘆息している京馬を、メイザースは鋭い眼光で睨み付ける。
それは、『エンジェルフォール計画』が終わり、一月ほど経った時の事であった。
当時、アウトサイダーのインカネーターを討伐する任務で、第三者と思われる集団に、咲月が連れ去られそうになったのである。
だが、それは京馬の助けによって何とか免れた。
後に、加奈子の所属する『監視班』に調査を依頼した所、それはメイザースが派遣したAランクレベルのインカネーターで構成された、人攫いである事が分かった。
その事実を加奈子が本部に報告し、メイザースは自身が『秘密の首領』と呼んでいる総統にきつい仕置きと、日本支部への調達に厳しいチェックを設けられる事になった。
(逆恨みも甚だしいな)
その甲斐があって、どうもその『狂気の魔道士』は京馬の事を恨んでいるようである。
確かに、戦乱の中でアビスの力を感知しながら不意を付こうとした人攫い達の行動に、『現人神』である京馬以外の普通のインカネーターは翻弄されてしまうだろう。
あの時、咲月がメイザースの下に連れ去られなかったのは、紛れも無く、その『現人神』の『アビスの力を察知されない』特性を持つ京馬がいた為であると考えられる。
「好い加減にしなさい。さっさと本題に移りましょう?」
威嚇する虎の様なメイザースの顔は、その突如として映し出されたホログラムが放った言葉によって様変わる。
「おお、秘密の首領!」
感嘆の顔と声色は、そのホログラムへと浴びせられる。
「あのね、私はシモーヌというれっきとした名があるのよ?」
ホログラム上に映された『魔』を象徴するかの様な薄い紫の髪をツインテールに結ぶ、闇色のゴスロリ衣服に身を包んだ少女は、その言葉に嘆息する。