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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 14 少女の皮を被る醜悪

 夕陽が沈む住宅街。

 そこに佇む一等地、中村一家には(みこと)という少女がいる。

 その少女は明るく、友達も多く、好きな男の子もいる。

 そして、両親に愛され、可愛がられ、何一つ不自由ない一般的な少女であった。

 だが、そこに住む人々はふと思う時がある。

 一体、何時からその少女は生まれ、そして何時からその存在を自身が認識にしたのかと。

 だが、その問いに答えられるものはいなかった。

 否、その問いは問われるまま終息する。

 そして周囲の人々は思う。

その少女は『居て当然』の存在だと。


「坂口京馬。ふ、へへ。私の崇拝するあのお方が一目置く存在だと言っておられたが、なんて事は無い只の『肉』の一つではないですか」


 夕暮れが差し、薄暗い少女の部屋。

 本棚の上には可愛らしい縫いぐるみがあり、画用紙に色鉛筆が無造作に置かれた学習机には、『中村命、6歳誕生日おめでとう!』と書かれたハート型に切られた折り紙が張り付いてある。


「ああっ! 我が親愛なる無貌の神よ! 何故あのような愚肉にお目をかけられるか! アビスを『探索者(ザ・シーカー)』として探求し、英知の数々を得たこの私めを、どうしてお目にかけられないのかっ!?」


 その部屋の学習机に座り、ぐるぐると色鉛筆で『何か』を描く少女は、およそ少女らしく無い、おぞましい声で呟く。


「命ー? 変な声出してどうしたの? 具合でも悪いの?」


 その少女の少女らしからぬ声を聴き、母親がドアノブを捻って、部屋に入る。


「え? いや、何でもないよ、お母さん! 早く夕飯食べたいなあーって」


 咄嗟に、少女は何時もらしい声色で、笑顔を浮かべて告げる。


「え、あ、ああ……い、いやあああああぁぁぁぁっ!?」


 筈だった。

 その少女の顔を見た途端、母親は狂った様に叫びを挙げる。


「ちっ!」


 少女は、はっとして自身の顔に手を当てる。

 爛れる皮、崩れ落ちる肉片。

 少女は判断する。『今』の顔は、人であって人では無いものであると。


「あ、あ、あ、あ!」


「どうやら、ここまでの様ですね」


 その顔を見、硬直したまま動かない母親。

だが、少女が手を払うと、その声は止み、母親の体は崩れ落ち、只の肉片となる。


「ふう……これで何件目でしょうか。あの時は緊急を要する為、即座にアストラルに寄生したのですが、どうも拒絶反応が著しい。しかも、頻度も日に日に大きくなっている……」


 呟く少女の顔にずりずりと、母親であった肉片は粘土の如く張り付く。


「くそ、昨日の内に桐人に寄生出来ていれば……!」


「どうも。ご機嫌が悪そうね。マシリフ・マトロフ」


 顔に塗り込ませる様に手を動かす少女の背後。

 その少女よりも大人びた声色の女性の声が響く。


「葛野葉美樹……一体、何の用かね?」


 顔につけた手を離し、命──否、マシリフ・マトロフは振り返る。


「忠告をしにきたんだよ」


 本棚に腰掛けて告げた美樹は、マシリフ・マトロフを蔑む様な眼で見つめていた。


「忠告?」


 首を傾げるマシリフ・マトロフの顔は、何時もの可愛らしい少女のものに戻っていた。


「京ちゃんに手を出したら、許さないから」


 そのマシリフ・マトロフの顔は美樹の言葉から更に変化する。

 戦慄。

 自身へと剥き出された、美樹の殺意と、禍々しい『氣』は、屈託ない笑顔のマシリフ・マトロフの表情を一瞬で崩す。


「ふ、へへ。一体何を今更……奴は、アダムの幹部。しかも、あの天使長を葬った輩ですよ? 当然、私が長を務める『朧』の殲滅対象に──」


「関係無い。手を出したら、殺す」


 美樹のとても少女とも思えない射殺す視線は、マシリフ・マトロフの声を閉ざす。


「ふ、へ、へへ……もしかして、反逆ですかぁ?」


「違う。京ちゃんだけは特別なんだよ」


「そんな話、浅羽閣下が何と言うか」


「いや、浅羽閣下は『京ちゃんに手を出したら、私が敵味方問わず殺しても構わない』と承諾してくれたよ」


「……! 馬鹿なっ! そんな特例がまかり通る筈……!」


「出来るんだよ。だって、『私自身』が特例ですから」


 堂々とした佇まいで告げる美樹に、マシリフ・マトロフは猜疑の視線を向ける。


「まあ、真偽はともかく、良いでしょう。『今日の一件』は、何と言えば良いか。敵地視察みたいなものですよ。私は彼に直接どうこうしようとは思いませんからねぇ?」


 だが、その表情を緩め、マシリフ・マトロフは言う。


「そう。だったら、同じ『王下直属部隊』の長として仲良くやって行きましょう? 当然、こっちだってあなた達の力は必要ですので」


「そうですね。私だって、こんな現状です。早く、任務を遂行し、新しく素晴らしい体を手に入れたい」


「そうね。だけど、だからと言って昨日は早急過ぎると思ったよ。今回の作戦で桐人の身体が必要だとは言え、相手はミカエル以前にこの世界の管理者を務めたルシファーの生まれ変わりだよ?」


「ああ。ふ、へへ。そうですね。この体の体調が思わしくないから、あの時はつい先走りし過ぎました。反省しております」


 お辞儀をするマシリフ・マトロフを、美樹は胡散臭そうに見つめる。


「……ふん。まあ、いいよ。じゃあ、明日の早朝にまた落ち合いましょう」


 マシリフ・マトロフが美樹の言葉に頷くと、美樹は部屋の窓に手を掛ける。


(ふへへ。どうやら、今日の一件の真意は知らないらしいですね)


「ああ、それと」


 去ろうとした美樹の背を見つめ、口を吊り上げたマシリフ・マトロフは、即座に振り返る美樹に体をビクンと硬直させる。


「何かね?」


 平静を取り繕うとするマシリフ・マトロフを見透かした様な、嘲笑の笑みは告げる。


「あなた『達』のお気に入りの玩具……手に入ると良いわね」


「……!」


 美樹の言葉に、マシリフ・マトロフは目を見開く。

 その反応を満足気に見つめ、美樹は窓から跳躍し、消え去る。


「ふ、ひ、ひ。まあ、あいつが知ろうが知った事ではないですがね」


 気を紛らわす様に微笑し、マシリフ・マトロフは呟く。


「それに、今回の作戦では、この私が主軸です。あの女も迂闊に手を出しにこないでしょう」


 ふひ、ふへ、ふひゃはははっ!

 下卑た笑い声を響かせ、マシリフ・マトロフは心躍らせる。

 そして視線を下げ、自身が先程に描いていた画用紙を見つめる。

 そこには、何色もの色が混じり合い、黒く混沌と濁る異形が描かれていた。


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