Scene 12 宵闇の彼女達も動き出す
この小説を見て下さっている読者様方、遅くなり、申し訳ありません。
最近は執筆、というより、一人で過ごす時間が全く無いので、中々筆が上がりません……
もしかしたら、今後もこのような更新頻度になってしまうかも知れませんが、よろしくお願い致します。
夜になっても光が絶える事は無く、人々の賑わいがある新宿区。
「……っくそ! あの餓鬼、今度会ったらただじゃ置かねえっ!」
多くの人々の欲や願望が渦巻くその街中、そのうねりの一端である男は路地裏で飲み干したビール缶を投げ捨てる。
「『黒崎組』の俺の面子も丸潰れだっ! これからビックになる筈のこの浜松さんを怒らせたら、どうなるか……思い知らしてやるっ!」
コンクリートの壁に拳を打ち付け、浜松は叫ぶ。
今日の夕方、京馬にやられた醜態をどうやって報復してやろうか。
浜松の頭には、恥をかかせた京馬に対する復讐心で煮えたぎっていた。
「へえ、お前、黒崎組か?」
「んだよ、手前」
だが突如、浜松の背後から声が響く。
虫の居所が悪い浜松は、悪態付いて振り返る。
「ん、ほぉっ!?」
「どした? 何驚いてやがる」
だが、その睨みを利かした脅し顔は一瞬で青ざめる。
浜松の目の前に立つ人間……と、表現しても良いだろうか。
途轍もない巨体の男が浜松を覗き込む。
「おいおい、弱々しい『後輩』だなあ」
「あ、あんたは一体……後輩っ!?」
「そう。俺の名は新島。新島大吾ってんだ。知らねえか?」
そこで、浜松はその大男の全体をはっきりと視認する。
みずぼらしい服装に、背に背負っている包帯に巻かれた長い棒。
浮浪者にしてはやけに血色の良い満面の笑みで告げる男は、だがまるで隙も無く、圧倒的な威圧で更に浜松を怖気づかせる。
「す、すいません。知りませんでした……」
「そうか。『あの時』は『浅羽』の兄貴と一緒に大暴れしたんだがなあ。まあ、『殺し屋』としては知られねえ方が良いのか?」
新島はぼやきながら、頬を掻く。
その新島をしばらく見つめていた浜松は、はっとして告げる。
「そ、そうだ! 新島さん! 実はお願いしたい事が……」
「何だ?」
腰を低くした浜松は、おずおずと新島の機嫌を窺いながら口を開く。
「ええと、ですね。実は今日、渋谷の街を見回っていた時に変な小僧に会いましてね? その小僧があろうことかこの黒崎組である俺達に拳銃突き付けて俺の下っ端を殴って、蹴って、ぼっこぼこにしたんですよ」
「ふんふん」
「で、拳銃持ち合わせていない俺等は、流石に成す術も無く逃げ帰ったわけで……」
「で?」
「こんなまだまだひよっこな俺が、新島さんにお願いするのも気が引けるんですが、その小僧に制裁に協力してもらいたいんですよ。いやぁ、俺だけでとも思ったんですが、より黒崎組の恐ろしさをこの界隈に知らしめる為に、是非……新島さんみたいな大物が来れば、絶対あんなふざけた餓鬼はいなくなりますでしょうし!」
「う、ううむ……」
必死に頼み込む浜松の言葉に、新島は顎に手を当てながら考え込む。
「でも、これから『城』行かなきゃなんねえからなぁ。どうしようか。あ、そうだ!」
振り返り、新島は薄暗い細道へと叫ぶ。
「おーい、美樹!」
「何、新島?」
その受け応えをしたのは、落ち付きがあり、冷めた少女の声だった。
「何か頼まれ事されちまったんだけど、『城』に行くの後で良いか?」
コツ、コツとブーツが地を打つ音が響く。
影から現れた少女の容姿に、浜松は目を釘にする。
「頼まれ事? そんなに重要な事なの?」
可愛らしくも美しさを兼ねる顔立ち。
初夏の露出の多い服装でより強調される豊満な胸と、程良い肉つきの生足。
男の煩悩を強烈に刺激するその少女を、浜松は只、茫然と見つめる。
「……誰、この人?」
その色香の権化ともあろう少女は、自身に目を向ける浜松に気付く。
「あ、お、俺は……」
首を傾げる少女に、浜松は何時も自分が女を口説く時の様に自己紹介を試みようとした。
だが、その美しくも艶かしい少女を前に言葉を失い、それでも必死で発した声は籠る。
「こいつは、俺と浅羽の兄貴がいた黒崎組の後輩だ。何でも、舐められた餓鬼に仕返しをしてやりたんだと」
「そんなの自分でやれば良いじゃない」
嘆息して、美樹は呆れ顔で浜松を見つめる。
「な、何だ! べ、別に俺一人でも出来るんだぞ! 只、あの餓鬼に社会の恐ろしさを……!」
自身が見下されたと思い、浜松は必死で弁明するが、いやらしい笑みで徐々に迫る美樹に、その口を閉ざす。
「そう。社会の恐ろしさを世間知らずな子供に教えるなんて、全く善良な大人ね」
「へ、へへ。そうだろう? だから、その為にも……あ」
笑んで答える浜松は、その秘部への刺激で思わず、甲高い声を出す。
「子供っていうのはね? 品行方正に成り過ぎたら、大人になって『こじらせて』しまうものなんだよ? だから、ちょっとした刺激として大人は少しイケない事も教えないと」
浜松の耳元で囁く甘い声は、徐々にその理性を揉みほぐす様に掠めてゆく。
「だから、ね? 調子に乗った子供に、本当の快楽を教えてあげる」
何もかもが煌びやかな、王宮へと続く広間。
途轍もない面積であるその場所は、赤い絨毯が指し示す様に一点の大扉へと続いている。
四人の団体がその道をゆったりと歩んでいた。
「ちょっと、新島。来て早々、何テンション下がってんのよ?」
頭を常に低く構える新島を、小柄な少女が苛立って問う。
「ああ、夢子。美樹に俺の後輩、殺された」
「え?」
「殺されたんだよー。折角、先輩ずらしようと思ったのに」
「どう言う事?」
振り返り、夢子は隣りで歩く澄ました顔の美樹に問う。
「いやね? その後輩、どう考えても新島を利用しようとしてたから、お灸を据えようと思ったんだよ」
「それにしても、何時ものあんたらしく無いじゃない。一般人を殺すなんて」
「京ちゃんに手を出したからだよ」
「京ちゃん? ああ、あの思い上がりな男?」
キッと睨みつける美樹の視線に、夢子は口を塞ぎ、あたふたとして弁明の言葉を探す。
「……いいよ。どうせ、他の女の子には京ちゃんの魅力は分からない」
嘆息し、美樹は呟く。
「ふふ。美樹ちゃん、本当にその子の事が好きよね。私、嫉妬しちゃうなー」
微笑し、その流れる様な金髪同様の爽やかな笑みで女は言う。
「ミシュリーヌはミシュリーヌで、私の中の特別だよ?」
「それも、唯一無二の親友って事だからでしょ?」
「うん。まあ、そうだね」
その美樹の言葉に、項垂れるミシュリーヌを、夢子は若干引き気味で見つめる。
「しっかし、分からないなー。何で、そんな好きな子がいるのに、他の男とバシバシ関係持つかね。純情乙女の夢子ちゃんには分からないわ」
「夢子。私は、京ちゃんと永遠の恋人になりたいの。夫じゃないの。その違い、分かる?」
「はあ? いや、分からんけど」
「常に溺愛したいって事よ?」
その美樹の言葉に、夢子は首を捻らせ、頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせる。
「よく分かんね。おい、そろそろだぜ」
その夢子の気持ちを代弁する様に新島が告げ、広間の大扉を開ける。
「ふむ。待っていたぞ」
大広間を開けて、美樹達を待っていたのは、焔を象った模様が描かれた漆黒の鎧を身に付ける男。
だが、その視線を隠すかの様な黒のサングラスはその『王』の姿とは不釣り合いである。
「こんばんわ。浅羽閣下」
「何時も御苦労だな」
淡々と挨拶した美樹に対し、浅羽は口元を吊り上げて言う。
「『俺の』モノリスの一つの調子はどうだ?」
「良好です。『強襲部隊』である『禍』としては、最良の『トバルカインの遺産』ですね」
「くく、そうだろう。俺の『王下直属部隊』に一つずつ渡した合計六つのモノリスは、各隊の役割に適した力を発揮出来る筈だからな」
「……それで、今回はどのようなお話でしょうか?」
「『朧』のマシリフ・マトロフが桐人を仕留め損なった為、『失踪事件』の件がアダムに勘付かれた危険性がある」
「あの反吐が出る程の畜生が、そんな勝手な事を……」
「く、ははっ! 酷い奴だな、お前は。仮にも仲間だと言うのに」
「只の利害の一致です」
「くく……そうだな。全く、良好な関係と言える」
そう告げる浅羽は口を吊り上げるが、顔の皺の変化は無く、その本心を敢えて剥き出した様な笑みを見せる。
「まあ……。顔が割れ、恐らくは……こちらのその『目的』も薄々と感付かれている筈だ。そこで、お前達に『殲滅部隊』、『朧』の任務の協力をしてもらいたい」
「またお守? 全く、『禍』はそんな任務ばかりね」
「『強襲部隊』だからな。各陣営を徹底的に叩き潰すには、そちらの部隊の協力が必要不可欠なのだ」
「承知しました。では、黄泉への侵攻及びアダム日本支部の殲滅、その増援として出来うる限り精進致します」
淡々と告げ、表情の変化も無しにお辞儀する美樹を、浅羽はサングラス越しの瞳で見つめる。
「期待しているぞ。では、行け」
告げた浅羽の口元は緩んでいた。
「葛野葉美樹……全く、面白い女だ」
背を向け、去ってゆく『禍』のメンバーを見送り、その眼を自身の右手に向ける。
「いつ、この俺に刃を向けるのか、楽しみでしょうがない」
浅羽は甲高い笑い声を発し、その声は宵闇の中、燦々と輝く王宮内に響き渡る。