Scene 10 襲撃は、波紋を波立たせる
もう、本当、不定期過ぎてすいません……
同棲からの結婚という猛スピード展開に相まって、年末年始も怒涛の忙しさです。
やはり、幸せにはそれ相応の対価が必要であると、日々痛感しております。
なので、今後もぼちぼちマイペース更新となりますが、見て下さる数少ない読者様方、よろしくお願い致します……
「ふ、ふへへ。ファルザード、助かったよ」
安堵の表情で告げるマシリフ・マトロフを見、ファルザードは嘆息して口を開く。
「過去にこの男に消滅させられかけたのに……全く、何時の時代も『教授』は爪が甘過ぎます」
呟き、ファルザードは再び桐人へと視線を向ける。
「2体1か……」
「何を仰います。『2対4』の間違いでしょう?」
告げ、ファルザードは頭上を見上げる。
「この『モノリス』による『空間操作』を切り、私はこの場に着いたのです。その瞬間をあなたは察知し、かの『神雷を超越する女帝』に援護するように連絡したのでしょう?」
「……よく分かったな」
「『あなた同様』、私も気配察知が鋭敏なもので」
舌打ちをする桐人に対し、ファルザードは口を吊り上げる。
「あの『創造神』の一柱の化身を宿した方です。その『アビスの電気』の流れを操る力……この世界で言えばその電流とは逆方向に発生する電子を自在に出来る能力。それを利用すれば、箱庭同然のこの世界の『裏側』まで到達するのに数秒もかからないでしょう」
「正解だ」
告げるよりも早く、桐人はファルザードへ剣槍を振るう。
「せっかちな方だ」
だが、その攻撃は『何故か』桐人自身を斬り付け、そして桐人の胴体には裂傷が刻まれる。
「うぐ、ぐはっ……!?」
膝を地に付けた桐人は吐血し、だがその眼はファルザードを引き裂かんとする威圧を放つ。
「……浅いようですね。私の『固有能力』の分析の為に試しの一振りですか」
ファルザードは桐人に背を向け、マシリフ・マトロフを担ぎ上げる。
「ファルザード。桐人の止めは刺さないのかい?」
「まだこの男は援護が来るまで戦闘する余力が残っています。流石に私と教授でも、『神雷を超越する女帝』を含めた4人相手だと分が悪い」
告げ、ファルザードは漆黒の円柱状の物体を空間に発現させる。
「それが、モノリスか。初めて見たな」
「ふふ。我が『アウトサイダー』の『浅羽』閣下がアビスに『呑まれた』ソドムとゴモラで発見された貴重な『トバルカインの遺産』です。美しいでしょう?」
「そうだな。流石、俺の嵌めている『指輪』と『同質』のものではある」
地に足をつける桐人は、その物体と自身の嵌めた『ソロモンの指輪』を見て告げる。
「では、今宵は失礼致しました。今度お会いした時は、きっちりと始末させて頂きます」
お辞儀をし、ファルザードはマシリフ・マトロフを抱える。
周囲を鏡が取り囲み、その一つにファルザードは刷り込む様に入ってゆく。
合わせ鏡により、多角の道が生じた鏡の中の一つの路に、ファルザードの姿は消えてゆく。
「桐人っ! 大丈夫!?」
その刹那、荒れ果てた高速道路の架橋に雷鳴が打ち付けられる。
それは、桐人の眼前。
だが、桐人はその雷鳴に安堵のため息を吐き、口を開く。
「遅かったじゃないか、エレン。さすがに、光速に等しいお前のスピードでも地球の裏側までは一瞬で着けないか」
雷鳴が形作る、豊満な肢体のブロンド髪の美女は、桐人の口を吊り上げた呟きに安堵し、焦燥とした顔を緩ませる。
「そんな減らず口が叩けるなら、大丈夫そうね? ……全く、一日フライングして日本に戻って来ちゃったじゃない」
「それは、俺を狙った敵に言ってくれ」
「あんたに私を呼び出させる程に戦慄させる相手……アウトサイダーの『王下直属部隊』かしら?」
「そうだ。しかも噂に聞く『殲滅部隊』、『朧』だ」
「アウトサイダーの精鋭中の精鋭……『禍』、『暁』、『雫』、『朧』、『魁』、『煌』の六つで構成された『王下直属部隊』、その中で最も『倒す』事に特化した『殲滅部隊』、『朧』?」
「そうだ。しかも、その一員にあの『ゾロアスターの悪星』の一人、マシリフ・マトロフがいた」
「あんたが言っていた『禁術使い』? でも、それはルシファー化したあんたが消滅させたって言って無かったっけ?」
「そのつもりだった。だが、相手は恐らくは、数百年は生きるインカネーターであり、そして『探求者』だ。只、肉体を消滅させても、その『アストラル』が残っている限り、生き長らえる方法を習得しているかも知れない」
「そう……だとしたら、首領の『キザイア』も生きていると見るべきかしら?」
「残念ながら、そう言う事になるだろう。恐らくは、あの『フォールダウン・エンジェル計画』で天使達以上の脅威に成り得た存在……お前が決死の末に倒したあの『神の実から生まれ出でるもの』、いや、京馬君の話から推測するに『這い寄る混沌』と言えば良いか? それが、今回のインカネーター失踪事件に関与していると考えられるな」
「どうして?」
「増加する失踪件数。始めの失踪事件からの日数。そして、『四凶』壊滅による日本崩壊危機の減少……奴らは、そこから俺達アダムが動き出す時期を窺い、そして今回襲ってきた」
「成程ね。それで、桐人が一人になった時を襲ったのは偶然かしら?」
「いや、そんな事は無い。俺と静子を会わせたくは無いのだろう。ようやく、あの『総統』の意図が分かってきたな」
顎に手を当て、桐人は口元を歪ませる。
「個人的には、私もあんたと静子を会わせたくないけどね。元カノと会わせるみたいで気分が良くないわ」
「あの人が想うのは、『リチャード』であって、今の俺では無い。そして、俺は俺だ。ルシファー、ソロモン王、そしてリチャードである事も、お前と誓い、捨て去った」
呆れ声を漏らし、桐人は頭上の月夜を見上げる。
「全く、シモーヌは……相変わらず、茶番が好きな奴だ。だが、乗ったぞ」
深く口を吊り上げ、桐人は呟く。
東京都内の寂れた宿舎。
そこには、数人の学生が泊まり込んでいる。
だが、その宿舎の存在を多くの人は知らない。
否、視認はするが、認知をする事が出来ない。
高次元超級エネルギー空間世界『アビス』、その世界に存在する膨大なエネルギーを保有する『魔法鉱物』を組み込んだその宿舎は、『表の世界』を見下すように堂々と住宅街に建築されている。
(早速、動きがあったみたいね)
その宿舎の一室。
縦長の部屋の隅に大人一人分が寝れるベッドが一つ。
後は、そこから寝転がって見れる様に台に置かれた液晶テレビがあるのみ。
そんな簡素な部屋で、ベッドに寝転がり、その機能面を堪能して少年はテレビを見つめる。
「高速道路の陥没事故、か。インカネーターの放つ『アビスの力』は、本来はこの世界なんかよりもより高次元の世界のエネルギーだ。それが、この世界に無理矢理発現される事によって、その力が起こした『結果』は、この世界に収束しようとする」
(でも、何時見てもこの不可思議な現象には慣れないみたいね)
「ああ。双方の世界のエネルギーを持った俺達インカネーターには、その事象の『置き換わり』が分かってしまう。だから、どうしても世界が無理矢理収束した結果に違和感を感じてしまうんだ」
(そんな一般人の感覚の君が今やもう立派な超常の一員で、完全な天使になってしまったんだから、世は数奇なものよね?)
「それ、お前が言うセリフか?」
(京馬君の心を代弁したのよ)
心の中でクスクスと笑むガブリエルに、京馬は心内で嘆息しながら、その片手で握りしめた携帯電話を見つめる。
「何はともあれ、桐人さんの無事が確認出来ただけ良かった。だが……」
(そうね。『マシリフ・マトロフ』……あの『這い寄る混沌』を崇拝する人物。今回の件、『奴の一つ』と対峙する事になるかもね)
「じゃあ、静子さんは犯人では無いという事か?」
(いえ、だとしたら、私の連絡を無視するなんて事はしないでしょうし……確定では無いわね)
「まだまだ、謎は多いという事か」
(だけど、未だ2日目よ? これからよ)
「そうだな。だが、あの『総統』……本当に俺達が裏切って、事件の当事者となっているなんて思っているんだろうか?」
(さあ? 私もあの子の考えている事はさっぱりだわ)
シモーヌ・ダリエンツォ。
京馬の所属する、世界を超常の脅威から守り、そして『世界を在るべき形に戻す』事を目的とする組織『アダム』のトップである『総統』の役職を持つ少女。
京馬は、その自身と然程年の離れていない、だが自身よりも達観とした考えを持つ彼女との最初の出会いを回想する。