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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 9 不浄なる襲撃者

 闇夜の漆黒を跳ね退ける様に、ビル群や店頭のLEDライトが輝く。

 湧き上がる光達は、長々と延びる首都高速道路に突き刺され、その灰色を照らしだす。


「くそ……何度試しても繋がらない。余程の事が無い限り、あいつの電磁ネットワークが切れる事は無い筈なのに」


 車に乗り、桐人はその高速道路を走る。

 あくまで冷静沈着。

 だが、じわりとくる不安は、桐人に一つのため息を吐かせる。


「エレン……無事でいてくれるといいが」


 エレン・パーソンズ。

 桐人の良き理解者であり、そしてその『目的』の為に行動する想い人。

 天使と人のいわば最終決戦であった『フォールダウン・エンジェル計画』。

 その後、ある人物の組織の裏切りを監視する為、エレンはアダムアメリカ支部へと異動をした。

 エレンの調査結果から、その人物の裏切りが決定的である証拠を手に入れ、桐人、そしてその指令を与えた『総統』に報告された。

 後にエレンに言い渡されたのは、今後のその人物の『動き』の監視と報告。

 だが突然今日、そのエレンが日本支部へ異動するという。

 しかも、その総統直々の命で。

 正直、桐人の頭は混乱した。

 問い質そうにも、総統は本部に不在である。

 そして今、エレンの固有能力で発現させた『電磁ネットワーク』の電波を介し、桐人はエレンに連絡を試みようとしたのである。


「あいつが連絡を取れない時は、精神力をその力に変換出来ない時──余程の強敵と対峙しているか、若しくは既にやられている可能性がある」


 だが、そのエレンへの通信は繋がらない。

 それは、エレンが常に発しているアビスの力『としての』電磁波を利用した回線が途絶えた事を意味している。

 つまりその事実は、エレン自身が『危機的』状態である事を示している。


「だが……いや、今はあいつの力を信じるしかない。でなければ、あいつを信頼しなければ、今後の『目的』は到底叶う事は出来ない」


 不安を拭うように、桐人は過ぎ行く景色を前に一人呟く。

 だが、その桐人の意識は別の対象へと切り替わる。

 少女、否、その体格、容姿は幼女と言っていい。

 その姿が桐人の目に移ったのは一寸であった。

 二車線ある反対車線の丁度中間。

 幼女らしい屈託のない笑顔で、『その存在』は笑んでいた。

 桐人は、その存在を確かめる為、過ぎ去った幼女を車のバックライトで確認する。


「……いない。いや、幻覚ではないな」


 普通であれば、何かの幻覚、若しくはオカルト類いの亡霊でも出たのかと思うであろう。

 しかし、その超常の側に常にいる桐人にそんな愚考は無かった。


「まあ、俺は有名人過ぎて顔は割れているからな」


 嘆息し、桐人は指に嵌めた指輪に口づけをし、自身の保有する捕縛結界を発現させようと試みる。


「……捕縛結界が、発動しない!?」


 僅かながらに、焦燥とする桐人。

 その一瞬の隙を突く様な激しい爆発音が後部から沸き起こる。

 再度、桐人はバックライトを見る。

 何かの薄透明な『黒』が高速道路を『浸食』している。

 それに触れた車は爛れるように腐食し、そしてコントロールが効かなくなり、対向車線の車と激突。

 桐人が聞いたのは、そこで衝突した車が爆発し、炎上した音であった。


「オリエンス。来てくれ」


 告げた後、桐人の全身に緑の魔法陣が駆け巡る。


「『風の巡礼者(シルフ・ピリグリム)』」


 魔法名を告げ、桐人はドアを開ける。

 操縦者がいない車は、しかし、自動でアクセルを動かし、ハンドルは独りでに回る。

 桐人が自身の精神力で構築した『風』の動力は、きめ細やかに車を操縦する。

 車のボンネットに足を付け、桐人は眼前に迫る『腐食の黒』と対峙する。


「この異形……『アビスの生物』を召喚したのか」


 迫る『黒』の正体を、桐人は確認する。

 ムカデの胴体。そこから無数に生える羽虫の羽。そして、その頂きには、道路に滑らした長い舌を出す人の顔。

 その異形は、十メートルはあろう巨体で、腐臭と言葉通りの『腐食』のガスを放ちながら、神速で桐人の車へと這ってくる。


「ふへ、ふへへ、ふぐぎゃ、あは、はははっ!」


 人の声の様な、獣の声の様な、形容し難い声を放ちながら異形は桐人を喰らわんと迫る。


「さて、この俺に挑む程だ。余程の策を組んでいると見るべきだろう」


 だが、桐人はその異形に恐怖も、戦慄も微塵も感じない。

 只々、どこにでもいる虫を見る様な目でその異形を観察する。


「『軽快な足音テルティング・ステップ』」


 言葉と同時、再度桐人の全身を緑の魔法陣が駆け巡る。

 その一寸の後、瞬時に桐人の左手にその背丈の二倍はあるであろう蛍光とした緑の輝きを放つ剣槍が発現される。

 桐人は、その剣槍を振るう。

 その剣圧は、緑の波動となり、異形へと向かう。


「ふじゃああああぁぁぁぁぁっ!」


 その一撃は僅かに、異形をよろけさせるだけであった。


「ふむ。この程度か。やはり、他の『何か』があるな」


 だが、桐人は何食わぬ顔で更に一振り、したかに見えた。


「ぐ、ぎゃあふ、あがあああぁぁぁぁぁっ!」


 それは、『一振り』では無かった。

 何十、何百もの波動の圧が、異形を襲う。

 千切れ飛ぶ羽。欠損するムカデの胴体。

 黒い体液を流し、異形は苦しむ。


「お兄ちゃーん!」


 動きが鈍り、異形は崩れ落ち、更に止めとばかりの波動が異形を細切り、灰燼と化す。

 だが、桐人の頬に冷や汗が伝う。

 自身の背後の声。

 明朗な幼女の声は、桐人のすぐ側で響く。


「くっ!」


 桐人は、対象の存在を確認せず、その剣槍を振るい、そして車から飛び除ける。

 桐人の『魔法』の効力を失った車はカーブで激突し、スクラップとなる。

 だが、その車からも、桐人の視界からも、切り捨てようとした対象はいない。


「『ヴァッサゴ』!」


 桐人は指輪を振るい、叫ぶ。

 放たれた青の魔法陣と共に、桐人は何か『確信』付いた様に、剣槍を回し、背後に振るう。


「へえー、ヴァッサゴの『未来予知』ですか。流石、『ソロモンの指輪』ですねえ。『ルシファー』で無くても、キザイア様が危惧するのも分かる気がします」


 桐人の振るった一撃は、何かに塞き止められる。

 群青色の網──否、そのしなりは鞭と呼ぶに相応しい。

 その奇妙な武器が、桐人の剣槍を受け止めている。


「貴様はっ!」


 その武器を視認した後、桐人は後続へと空転して後退する。


「おやおや、その反応は、一瞬で見抜かれちゃいましたか?」


「マシリフ……マトロフっ!」


 戦慄する桐人へ幼女はお辞儀をする。

 その周囲のコンクリートはめくれ、酸化した鉄筋が突き出る。

 そして、それは桐人の持つ剣槍も同様であった。

 煌びやかな緑の閃光を放つ剣槍は、先端から灰となり、消え失せてゆく。


「この世界の『元管理者』ともあろう方が、私の名前を覚えて下さり、光栄です。尤も、今は『(みこと)ちゃん』ですがね?」


 にっこりと笑み、マシリフ・マトロフは桐人へと駆ける。


(『ドゥルジ』の『腐食』か……『この姿』では最悪の敵だな)


 桐人は、その『腐食』の範囲から逃がれる為、マシリフ・マトロフに背を向け、駆ける。


「無様ですねえ。自らに掛けられた『呪い』から逃れる為に、『人』となった哀れなアビスの住民よ」


 マシリフ・マトロフが口を吊り上げると同時、その姿が消え失せる。


「な……に?」


 桐人が振り返り、その現象を確認した一秒も満たない時間差。

 遠くにいた幼女は、一瞬で間を詰め、桐人の眼前に立つ。


「不浄なれっ!」


 マシリフ・マトロフが叫ぶと同時、その周囲のコンクリートは亀裂し、灰燼と化す。

 そこから剥きでた配線は千切れ、中の銅線は黒色となり、粉塵となる。


「うああああぁぁぁぁぁっ!」


 それは、桐人も同様であった。

 皮膚が削げ落ち、肉が変色し、骨が溶け出し、そして桐人の体は灰となり、霧散してゆく。


「ふへ、ふひゃはははっ! 我が『王下直属第二部隊』、『(おぼろ)』の保有する『トバルカインの遺産』、『モノリス』が一つの能力『空間操作』の力……流石のあなたでも予測が困難だったでしょうっ!?」


 口を吊り上げ、不気味に笑う幼女。

 その声は、とても幼女が放つ様なものでは無かった。


「『暴虐の風タイラント・サイクロン』」


 だが、その声を掻き消す暴風が吹き荒れる。

 それは、漆黒とした竜巻。


「な……っ!」


 背後から突如、出現した大竜巻は、マシリフ・マトロフに裂傷を与え、道路を抉り、全てを暴虐と捻り潰す。


「ふおおおああああぁぁぁっ!」


 咄嗟に振り向き、自身の体を庇う様にマシリフ・マトロフは左手をかざず。

 その手から発現するは、緑と黒の魔法陣。


「『漆黒の沼(ダークネス・マーシュ)』!」


 魔法名を告げた後、周囲はおどろおどろしいヘドロの様な流動体で包まれる。

 その現象と共に、先程まで場を破壊し尽くした竜巻は消え失せる。


「……! 甘く見てましたよっ! そうですね。流石、『七十二柱支配の貴公子(ソロモン・プリンセス)』の肩書きを得ただけあります! そこまで『ソロモンの指輪』を使いこなしていようとは……!」


 その流動体の滑りの中、マシリフ・マトロフは傷口を抑え、呟く。


「『ダンタリオン』による多重幻覚だ。尤も、貴様の魔法によってその効果も消え失せてしまったがな」


 辺りが深緑とした空間の中で、桐人は頭上に告げる。


「ですがっ! この私の『合成魔法』と、授かった『モノリス』の力があれば、あなた単体を屠るのは簡単な事!」


 再び、マシリフ・マトロフは緑と黒の魔法陣を発現しようとする。


「そうだ。可笑しいと思ったんだ。何時もとは違う『電磁ネットワーク』のノイズ……捕縛結界での遮断でもなく、極めて『不確かな』現象だった」


 桐人は、口元を歪ませて笑む。

 全てが計画通りという、およそ確定的な自信のある顔で、左手を振るう。

 すると、先程灰と化した緑の輝きを放つ剣槍が閃光と共に発現する。


「な、何故、『固有武器』が……! それは、先程『腐食』させた筈……っ!」


「『シルフィード・ライン』。うちのイギリス支部統括局長及び『研究班』所長メイザースが開発した『科学とアビスの混合兵器』は、風の精霊の粒子再構築を可能にする」


「くっ……! 『獰猛な蛇の絞殺マッド・ストラングレーション』!」


 桐人の足元、地から濁ったゼリー状の長首の怪物がせり上がる。

 それは、桐人を呑み込み、頭上へと高らかに伸びる。


「焦燥としているな。俺の『フルカス』で造った『肉人形』に騙されるとはな」


「……っ!」


 突如の背後の声。

 マシリフ・マトロフは、振り下ろされる剣槍に反応し、網上の鞭で受ける。


「不浄なれっ!」


「『デカラビア』っ!」


 マシリフ・マトロフが放つ、『不浄』の氣。

 だが、それは桐人が発現さえた五茫星により、跳ね返される。


「ふぐ、ああ……っ!」


 自身に跳ね返る『不浄』。

 それは、マシリフ・マトロフの右手を『腐食』させ、ずり落ちそうになる右手で持った武器の受けが急激に緩む。

 振り下ろされる桐人の一撃がマシリフ・マトロフを両断しようとした時であった。


「世話の焼ける『御老人』だ」


 瞬間的に、桐人の一撃を防ぐ『何か』が飛来する。


「『鏡』……!?」


 それは、桐人の姿を反射させる鏡であった。

 だが、鏡は桐人の一撃を受けても尚、その鏡面に亀裂が入ることはない。


「これは、これは……『ルシファー』、『ソロモン王』、そして稀代の最強のインカネーターと言われた『リチャード』の生まれ変わりである、椎橋桐人様。お初にお目にかかれます」


 その鏡の次に、空間に飛来してきたのは、褐色肌の執事服を身に纏う青年。


「誰だ。貴様は?」


「失礼。御挨拶が遅れました。私、ファルザード=ザッハークと申します」


 お辞儀をし、にこやかな笑みで口を開いた青年の様子は、現状の戦慄とした場に異様な不気味さを滲ませる。


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