Scene 8 疑惑を晴らす為に
楕円上に拡がるテーブル。
そこに腰掛ける椅子以外には何も無く、白い壁面と床が写るだけである。
否、一同が扉を開け、周囲を見渡せば、その白いキャンバスに濁る様に異質がいる。
その一つ、灰色の袴を着た、眼光を光らせ、血を啜りそうな……そんな輝きを放つ鞘を収めた老人が口を開く。
「おぉ、桐人よ。くく、久方に、主の想い人から通信が入っておるぞ」
「おはようございます、信長さん。エレンから通信ですか? ……全く、直接連絡すれば良いものを」
織田の言葉に、桐人は嘆息し、その手を楕円上のテーブル内の何も無い空間に延ばす。
「あ、桐人? 遅かったじゃない。元気してる?」
「遅かったも何も、お前の『電磁ネットワーク』だったら、こんな事しなくても何時でも連絡は出来るだろう?」
ため息を吐く桐人に対し、立体に映し出されるグラビアアイドルでさえも顔負けな、グラマラスな肢体をスーツで身に纏ったブロンドの美女は、むすりと不機嫌に睨み付ける。
「何よっ! 久しぶりに会った恋人を、それもこんなすんばらしい美女を放っておいて、第一声がそれ? 浮気するわよ?」
「勝手にしろ。多分、相手は一日も経たない内に、色々な意味で『崩壊』するがな」
再度、桐人はため息を吐き、呆れ声を漏らす。
「あらあら、自分に大層な自信があるのね? やっぱり、あんたは傲慢だわ」
「それが、俺の『本質』だからな。で、わざわざ『アメリカ支部』から何の用だ?」
淡々と告げる桐人に、エレンは不満な表情で口を開く。
「ったく……そうね。わざわざ、この日本支部の回線を使ったのは、勿論、桐人以外の日本支部の幹部にも伝えたかった事があるからよ」
「待ってくれ、エレン嬢。それは、私から伝えよう」
次に言葉を続けようとしたエレンを制止し、もう一つの人影がホログラムから出現する。
「……アルバートさん。お久しぶりですね」
「はっはっはっ! 久しぶりだね、桐人! その様子を見ると相変わらずのようだ」
アルバートと呼ばれたその男は、高価そうな灰色のスーツを身に纏い、更には何千万、否、億越えはするであろう煌びやかな黄金のネックレス、そして同等の価値であろう黄金の極太な指輪とブレスレットを見せつける様に身に付ける。
「ううむ、錚々たるメンバーだね。あの私の旧友である『サイモン』がいなくなって、この日本支部の力不足を危惧していたのだが、それも杞憂であったようだね」
告げ、アルバートは桐人を中心に周囲を見渡し、安堵のため息を吐く。
「それは、こちらも同じ想いでした。そちらのアメリカ支部も、あの『フォールダウン・エンジェル計画』後、天使がいなくなった後のエロージョンド及び無所属のインカネーターの暴動を鎮圧するのに、多大な犠牲と労力を掛けられたと……」
「はっはっはっはっ! そうだねぇ、私も、非常にそれで頭を悩ましたのだが、シモーヌがそちらのナンバー2の『神雷を超越する女帝』であるエレン嬢を始めとした多くの他国幹部を派遣してくれたおかげで、何とかひと山を乗り切ったよ。流石、あの年齢でこのアダムを取り仕切っているだけはある。支部長と同時に社長を務める私も、あの『総統』の手腕を見習わなくてはな」
うんうん、と頷きながら、満足気な表情でアルバートは告げる。
「ですが、エレン以外の派遣されたインカネーターは死に、未だにあの『アウトサイダー』の襲撃に晒されている。それでも、中国の様に崩壊しなかったのは、紛れなく、あなたの組織を取り仕切る能力があってこそです」
「はっはっは! 買い被りだよ。私達、アメリカ支部の運が良かっただけだ」
「ご謙遜を」
桐人の言葉に、アルバートは只、満足気に笑う。
「所で、今回の通信はどう言った連絡の為に?」
「あー、私とした事が、雑談に花を咲いて失念していたよ」
嘆息し、アルバートは続ける。
「単純な話だ。今、私の目の前にいるエレン嬢がシモーヌ総統直々の命で、日本支部に異動となった」
その報告に、桐人は耳を疑う様に驚愕の表情を見せる。だが、思わず晒したその表情を取り繕いながら、桐人は口を開く。
「……それは、どう言った意図で?」
「はっはっはっ! どうやら君達、日本支部は裏切りの疑惑を掛けられているそうじゃないか」
にやりと笑み、アルバートは告げる。
「その検証、基、監視役として『特務隊』の美龍とは別に異動という形で追加されたのがエレン嬢というわけだ」
アルバートが告げ終わる。
しかし、桐人は未だ納得していないのか、複雑な表情で視線を右斜めに逸らす。
「ふ、は、はっはっはっ! そうか。どうやら、君が聞きたかった答えでは無かったようだね。まあ……君とエレン嬢の仲だ。シモーヌが本当に、そんな理由で君達を引き合わせるなんて事はしないとは私も思うのだがね」
「ええ。アルバートさんの仰る通りです。シモーヌが考えなく、そんな愚考をするとは思えない」
「ふふ、そうだな。全く、あの『総統』は本当に掴めないよ。だが、そう言う訳だ。よろしく頼んだよ。出来れば、日本支部の嫌疑が晴れる事を、私からも願おう」
「ありがとうございます」
お辞儀をする桐人から視線を逸らし、アルバートは通信を切ろうとする。
が、そこで思い立つ様に、はっとした表情から口を開く。
「ああ、そう言えば一つ尋ねてみたいと思ったんだ」
その視線は、桐人では無く、その後ろに立つ一人の少年へ。
「『管理者殺し』……京馬君。君はあの『フォールダウン・エンジェル計画』でサイモンと共に、あの強大な天使長を倒したそうだが、サイモンが死ぬ間際、何か言い残した事はあったかい?」
「……いえ、何も。只、俺の『行く先』を激励してくれただけです」
「そうか。友人として、最後の遺言があれば聞きたかったのだが……」
残念そうに、下を向き、アルバートはため息を吐く。
「だが、どうも今の君の瞳は、以前の彼の瞳と輝きが似ている様に感じる。その彼の『信念』の強さは、きっと感情を表に出せない君の中に受け継がれていると私は信じているよ」
「ありがとうございます」
その京馬の返事に、アルバートはうんうんと頷く。
「では、そろそろ通信を切ろう。日本支部の君達の幸運を祈る」
「じゃあ、そう言う事だから……分かったわね、桐人?」
「ああ、よろしくな。エレン」
桐人の返事と共に、二つのホログラムのシルエットは消え失せる。
「シモーヌ……何を考えている? お前が、エレンをアメリカ支部に『偵察』させたんだろう?」
通信が切れた後、桐人は眉間に皺を寄せ、思慮にふける。
「やった! 美龍ちゃんだけじゃなくてエレンさんにも会える!」
そんな桐人の様子を知ってか知らずか、咲月は歓喜の声を挙げる。
「おいおい。あくまで美龍もエレンも、俺らを監視するのが目的なんだぞ? そんなに喜ぶべき事態じゃねえ」
そんな咲月の様子に呆れ、もう一つの異質──2メートルはあろう大男が言う。
「それはそうだけど、久しぶりに会う大切な仲間だよ? まあ、リエル先生は元々敵側だったし、桐人さんにしか興味が無いから分かんないだろうけど」
「俺はウリエルだ。言っただろう? 『リエル』は、俺が『お前ら側』の世界に適応する為のどうでもいい名だ」
「でも、そっちの方が愛嬌あっていいじゃん」
「愛嬌……? まあいい。好きにしろ」
このまま議論しても不毛と判断したウリエルは嘆息して告げる。
「くく……あの小娘の考える事は何時も人の虚を突く。面白い。では、我らがその総統の嫌疑を晴らすべく、今後の方針を話そうか」
その場の空気を締める様に、織田が告げる。
各々が席に着き、織田の顔を見る。
「桐人と儂が協議した結果……先ずはあの伊邪那美の『現人神』である夜和泉静子と接触しようと思う」
織田は印刷した文書を読む様に淡々と告げる。
「おいおい。当てはあるのかよ? 聞いた話によると、その静子とか言う京馬の『同類』は『フォールダウン・エンジェル計画』以降、姿を消したって言うじゃねえか」
首を曲げ、問うヴェロニカに対し、織田は口を吊り上げたまま答える。
「それは、ある程度には目星がついておる。あの伊邪那美『そのもの』となった存在。伝承通りであれば、『そこ』を拠点にしていると考えるべきであろう」
「だが、仮にその静子が今回の件の犯人だとして、そんな簡単に私達を出迎えるか? 最悪、拠点を移して、対峙する事もままならない可能性もある」
「それも大丈夫であろう」
フランツの問いに、織田は確信めいた断言をする。
「あの『帰還者』は、かつてのアダムの、そしてこの世界の『英雄』であった『世界最強』のインカネーターであり、儂の隣りにいる桐人の『前世』である『リチャード』に強烈に想いを寄せている。その桐人の願いであれば、目的はどうであれ、姿は現すだろう」
「まあ、その事実もあって、『共謀』の可能性のある日本支部のみの接触を本部は禁止するけどね」
織田の鷹の様な鋭い眼光を無視する様に目を閉じ、美龍は告げる。
「構わない。俺達、日本支部は無実だからだ。寧ろ、今回の件を解決するのに頼もしい仲間が増えて嬉しいよ」
微笑し、桐人が答える。
しかし、美龍は嫌疑の顔でその桐人を見る。
「そう。『それ』にしては、あなたの反応は歓迎する様では無かったけど?」
「そう見えたか? 逆に俺を見た時のお前の反応の方が再会を喜ぶように見えなかったが」
「それは、私個人の『感情』よ」
「何だ。未だ『あの事』を根に持っていたのか」
桐人の言葉に、びくりと美龍は背筋を緊張させ、目を泳がせる。
「な、何でしょうかねえ。『あの事』って」
「ふふ。そう言う事なら黙っておこうか。本部直属の『特務隊』の幹部としてのお前の面子もあるしな」
「ぬ、ぐぐ……! 何でこんな奴に……」
何か言いたげに口元を震えさせる美龍は、しかし諦めたようにその目と口を閉ざし、嘆息する。
その反応を無視し、桐人は皆に告げる。
「正直、俺も静子と接触した後に何が起きるか分からない。静子が、首謀者なのか、はたまたその様に見せかけた第三者の仕業なのか。最悪、そこからの戦闘もあるだろう。よって、万全の準備を整えて不測の事態にも対応する為に、決行は今日ではなく明日にする」
その桐人の言葉に、一同は頷き、その様子を確認した織田は告げる。
「では、今日は解散だ。学生の身分で導異高校に在席している者には『何時も通り』特別休暇を申請してある。安心して任務をこなすがよい」
各々が席を離れ、去って行く中──
「どうやら、この件……『俺達』だけでは無いようだな」
桐人だけは顎に手を当て、思慮に耽っていた。