Scene 6 『修羅』を宿す戦狂姫
遅くなり、すみません。
最近、同棲生活で時間ががが
今後は、本当に不定期更新になりそうです。
では、どうぞ……
「なんなのよ、この地図……『剛毅』の奴が作った地図の方が百倍見やすいじゃないの」
ぶつくさと呟きながら、『ゆるふわ』とした巻き髪の女は、地図と目印となる建物を確認しながら歩く。
「はいはい、ああー分かった。この信号を左ね。っと、ここ十字路じゃん! どっちの信号で曲がれば良いの?」
ため息を吐き、眉を眉間に寄せ、再度地図を見やる。
(どこか向かっているようね。でも、さっきから同じ所ぐるぐる回ってない?)
「そうみたいだな」
その女を、京馬はビルの屋上から観察する。
(曲がった)
「こっちか」
『アビスの力』を使った超人的な跳躍で、京馬はビルとビルの間を移動する。
「あっ! ここね! このバーの中だ!」
大声で叫び、女は指で指したバーへと入ってゆく。
(まさか……!)
「そのまさかだ」
女が、バーに入ろうとする刹那、京馬はビルから飛び降り、そして周囲を呑みつくさんとする『世界』を展開させる。
「これは……『捕縛結界』っ!?」
照り付ける陽が射すは、何もかもが無い、只々、地平線まで続く荒野。
「そうだ。お前もよく知っている、インカネーターが持つ捕縛結界だ」
今時のシャツにスカートの女の前に立つは、幾重の純白の羽を背に生やした白の導衣を着た碧眼の少年。
「まさか……ミカエルが消えた後に残った数少ない、『存命の天使』!?」
驚愕し、女は身構える。
「功夫か。もしや、中国支部を滅ぼした残党か?」
呼応する様に、京馬は告げる。
「『壊れた世界の反逆者』」
言葉と共に発現するは、透き通る蒼の奔流が流動する剣。
「『修羅虎甲=威武』!」
その剣を見るや否や、女は両腕から手を包み込む、荒々しい龍を模した様な手甲を発現させる。
「まず聞こうか。ここに何の用だ?」
「それは、こっちのセリフよっ!」
問う京馬に対し、女は駆け出し、そしてその拳を突き刺す様に放つ。
「早い!」
その神速は、数々の『超常』の戦いを潜り抜けた京馬ですら、思わず叫んでしまう程の恐ろしい速度で放たれる。
その一撃を京馬は剣で受けるが、後続へと吹き飛ばされる。
「……強い。こんなシンプルな強さは、ヴェロニカ以来だな」
だが、京馬はその衝撃を後転し、和らげる。
それに追従する様に女は地を再度蹴り上げ、跳躍。一気に間合いを詰める。
「人を勝手なエゴで殺しておいて、絶対主従の『管理者』が消えた後、あなた達天使は今度は何を目的に『この世界』に留まるつもりっ!?」
その問いは答えを聞くものでは無かった。
両脇に腕を締め、そして放たれるは右腕の突き。
その軌道を読み、京馬は寸ででその顔へと向けられた一撃を躱す。
だが、その突きから流れる様に回転し、放たれた女の回し蹴りが眼前へと振りかぶられる。
(この威力……! まずい、『危機』を増幅させてっ!)
「やっている!」
焦燥としたガブリエルの声が京馬の心の中で叫ぶ。
だが、それも虚しく、剣でその回し蹴りを受けた京馬の体に、かつてない程の上方からの衝撃が襲う。
衝撃は京馬の体を髄まで振動させ、足は荒野の地に埋もれ、そして周囲はその一撃で隕石が墜落した様な陥没を引き起こし、クレーターが穿たれる。
その単純明快な『強さ』は、京馬の四肢に深々と突き刺さる。
「馬鹿な。俺の、『想い』が力に変換されない……」
女の、今まで感じた事のない、圧倒的な『剛』の強さに──
否、それ以上に、超常の力を得た自身の『固有能力』が発動されない事に、京馬は驚愕していた。
「ふん。私の『アスラ』の力は『全て』の能力を『消し』、その持ち主の精神力に変換させる事が出来る。どんな小細工を仕掛けようたって、私の能力の前じゃあ無駄よ」
口を吊り上げて放たれた掌底は、地面を抉りながら京馬を吹き飛ばす。
何十メートルも豪快に地を抉り、京馬は倒れ伏せる。
「この固有能力……だが、それ以上の人としても異常な精神力。本当に只のインカネーターか」
「そうよ。人の極限を追従した、限界の限界を切り詰めた精神力と、この体術のみの、れっきとした『普通』のインカネーターよ。でも、びっくり。そんな状態になっても無表情なんて……他の天使は断末魔を挙げて、顔を歪ませるのに」
「俺、だって……そんな『感情』でこの苦痛を表現出来たら良かったと思っている」
剣を地に突き立て、京馬は立つ。
(まさか、こんな所でこんな強敵と対峙する事になるなんてね。どうにか、あの敵の固有能力を封じ込めないと……)
「固有能力は、化身を介す本人の精神力で贖っている。つまりは、その術者本人の精神力を超越すれば、その能力は無効化、もしくはそれに近付けば弱体化する」
(成程、一か八か。『過負荷駆動』で一時的に精神力を超越して、一気に『想いの奔流』を叩きこむのね)
「それしかない。最悪、仕留め損ねっても、ここは日本支部の真近くだ。誰かしらが察知してくれれば、援護が来る筈だ」
京馬は、苦痛に心を歪めながらも、痙攣する足を前に動かす。
「この絶望的な状況でも、未だ闘うつもり? 全く、天使の命令に対する執着には私も敬服するわ」
呆れ顔で、女は京馬を見下す。
その女へ京馬は渾身の精神力で駆け出し、そして告げる。
「『過負荷駆動』っ! 『想いの奔流の一撃』!」
「お見通しよっ! 『修羅虎甲=驚天動地』!」
放たれる、京馬の数々の『想い』が渦巻く波動の一撃。
それは、女の持つ固有能力の効果を、京馬が自身の精神力の限界を超える事によって、無効化した事を証明させる。
だが、女は叫び、その腕に装着された籠手を変化させる。
それは、女の背丈の2倍はあろう巨大な巨人の腕となり、京馬の波動の一撃と拮抗する。
「ぐ、あ、あ、あ、あああぁぁぁぁっ!」
女は、『蒼』の奔流に呑み込まれまいと、苦悶の表情で手を翳す。
(嘘でしょ……っ! 単純な精神力のみで、この一撃を耐えられる事が出来るのっ!?)
「馬鹿な。あのケルビエムでさえも、まともに喰らえば致命傷の一撃の筈だ」
驚愕する京馬とガブリエル。
波動の一撃は収束し、女は地に足をつける。
「ぬ、ううっ!」
だが、湯気が沸き立つ体を気合いの一声で立たせる。
「ふう……どう? 私は、精鋭の中の精鋭……本部直属『特務隊』が一人、劉美龍。そんじょそこらのインカネーターとは訳が違うわ!」
疲弊した表情を見せるも、未だ余力のある佇まいで、女は京馬へと立ち塞がる。
だが、
「『特務隊』……? いや、待て。お前、アダムの人間か?」
京馬は、女の告げた言葉に、双方の様々なあらぬ誤解がある事に気付く。
「そうよ! ……何よ。私がアウトサイダーの様な低俗共の仲間に見えた?」
不敵に笑む美龍は、再び功夫の構えから、次の一撃を放とうとする。
「待て。待つんだ。俺を、『管理者殺し』を知らないのか?」
「『管理者殺し』? 知ってるわよ! サイモンさんと共に、あの天使の支配を終えさせた期待株でしょう!?」
「だから、俺がその『管理者殺し』なんだ」
「まさか! あんたの風貌は完全に『人』の範疇を超えた天使そのものじゃないのっ!」
握り締めた美龍の拳が、不条理に放たれようとした時だった。
「そこまでだ。美龍」
周囲を、どす黒い円状の空間が拡がる。
その底は、只々、漆黒。
黒をさらに黒々としたその空間の奥に蠢く『何か』の異形は、まるでその頭上に浮いている京馬達を貪り喰らわんと眼光を漆黒に光らせる。
「あなたは……フランツ!?」
同時、黒のぬめりが二人の中心の空間に噴き出し、割かれ、一人の軍服の男が姿を現す。
「この周囲で、強烈な『アビスの力』の反応を察知し、飛んで来てみれば……一体、何があった?」
京馬と美龍を見、フランツは嘆息して言う。
「何って……私は、その天使を始末しようとしただけよ?」
「確かに、今の京馬君は天使そのものとなったと言っても過言ではない。だが、それと同時に、我々アダムの幹部の一人で、あの天使共の管理から人々を解き放った英雄の一人でもある」
「え……? 天使そのものになった? どう言う事?」
「そのままだ。彼は、自身の宿していた『アビスの住民』と融合し、極めて稀な『現人神』と言う存在となったのだ」
「現人神? じゃあ、さっきから『アビスの力』を使っていても全く力の察知が出来ないのは……」
「京馬君とその宿した『アビスの住民』──ガブリエルが完全な融合をしたからだ。お前も原理は分かるだろう? 本来、アビスの力は『この世界』には在り得ない超常の力だ。その化身を宿したインカネーターは、その外世界への力とこの世界への軋轢を察知する事が出来る。だが、この世界の住民であり、そして『アビスの住民』となった彼の放つ力は双方と調和し、その軋轢を生まない」
「そ、そう言う事……」
フランツの言葉に、気不味そうな顔で美龍は納得する。
「……ふぅ。美龍、相変わらずお前は報告書を読んでいないみたいだな。『フォールダウン・エンジェル計画』の時も、何も説明を聞かず、単身で『御前の七天使』に突っ込んでいった時は、目を疑ったよ。だが、何よりも驚愕したのは、それであの天使共を無双で蹂躙していた事だったが……流石、一人で世界を滅ぼしかねないと言われる『SSランク』のインカネーターの一人だ」
嘆息し、そしてフランツは振り返る。
足を震わせ、立っているのがやっとの京馬へとフランツは口を開く。
「そう言う訳だ。彼女の名は劉美龍。『元』中国支部の支部長であり、今は本部直属の『四界王のシンボル』捜索隊──通称、『特務隊』の幹部の一人だ」
「『特務隊』……! この世界の物理と化学の法則で縛り付けた楔を解き放つ、『四界王のシンボル』捜索を専門とする最高幹部のみの組織ですか?」
無表情。しかし、激しい驚愕を内に宿し、京馬は思わず対峙していた女性へと目を向ける。
「そ、そう言う事よ。よろしくね~京馬くーん」
苦笑いで手を振るその女の服の裾から覗かれるは、幾戦の死闘による無数の疵であった。