本質
目が覚めると、私は乱れた布団の上にいた。
一糸纏わぬまま一晩過ぎた体は、冷房に冷やされ鳥肌が立っている。
寒気が反射的に体を布団の中にもぐりこませ、徐々に温もりが震えを落ち着かせていく。
「……」
怜奈、17歳。
彼氏との初旅行の夜は筆舌に尽くしがたい。
彼こと到也のおねだりに応え、紐に近いような水着姿を見せた後、彼に滅茶苦茶にされた。
そもそも貸し切り風呂でそんな事をおっぱじめるなと言うべきだろうけれど、その時に否定する余裕なんてなかった。
飢えた彼の口づけは息を吸う事すら大変なほどで、口元があっという間にべとべとになってしまう。
未発達な私の体を揉みくちゃにする掌は、いつも以上に乱暴で痛い筈なのにそれを上回る心地よさが背筋を駆け抜けた。
全身が彼を求め、貪られるがまま体を開き、壁に手をつかされ、背後から彼の――。
「っ!!」
何をやっているのやら。
かぁっと頬が紅潮し、勢いよく顔を枕に埋める。
落ち着けと自分自身に言い聞かせながら……ゆっくりと隣を見やった。
昨晩はさぞ私を楽しんだご様子で、気持ちよさそうに寝息を零して熟睡する彼が妙に憎たらしい。
このまま布団の中にいても落ち着かないし、体がべたべたする。
ため息を零し、起き上がろうとした瞬間。
「ぁ……」
奥底から滴り落ちる感触、それは内股を伝い、じわじわと範囲を広げる。
悪化させぬ様、布団から静かに出れば、備え付けのバスルームへと足早に逃げ込んだ。
下肢を見下ろせば、昨晩の残留物がゴボッと溢れる。
あの瞬間の彼が脳裏にフラッシュバックし、背筋を痺れが駆け上がっていく。
「あの馬鹿……」
ゆったりと甘い夜をと思っていたのに、気づけば今だ。
私の体温を吸って未だに暖かなソレを指で掻き出し、シャワーが洗い流していく。
洗浄する事自体が敏感なところに触れることになってしまう。
「ん……っ」
昨日ほどではないが、それでも強めの痺れが神経を駆け上る。
もっと奥まで、そうしないとダメ。
到也のはそこまで届いて、抉って、容赦なく私に爪痕を残そうとした。
あの日の症状が重たいからと薬を飲んでいたからこそ、避妊せず始めた彼を咎めなかったが。
(「あれ、本当だったのかな」)
彼が最後を迎える瞬間、ダメと叫んだ時、彼はあろう事か私の臀部を痛いほどに掴まえて引き寄せたのだ。
『出来ちゃうかも――だから、ダ……メぇっ!』
『それでもいいっ、もう、怜奈は俺のモノだ、俺だけの、だから……どうなったって、怜奈が欲しいっ』
出任せと疑うより、心にすら牙を突きたてる様な彼の欲望に一瞬抗うのをやめてしまった。
そして間に合わず、中へ……後はもう止まらない。
何度も、何度も、そう、何度も。
「ふ、ぁ……っ」
気づけば、彼の体液はもう出尽くしている。
それでも指が止まらず、違う行為へと変わって没する。
くてりと壁に背を預け、あの時を思わせるほど指が止まらない。
「何だよー、シャワー浴びるならおこしてくれたっていいだろ~」
眠気交じりの彼の声が唐突に脱衣所から飛び込み、熱が一気に下がる。
ドアが開いた瞬間、条件反射で扉を全力で押し返し、けたたましい殴打音が彼から響いた。
太陽が熱戦をまき散らす頃、再び海を訪れた。
しかし、昨日と違うことが一つある。
「……絶対ばれるよ」
昨日、到也を悩殺した水着でここに居ることだ。
とはいっても、さすがにそのままの格好で浜辺に降り立つのは恥ずかしい。
強請る彼に嫌々と頭を振っていたのだが、こんな提案をしたのだ。
『なら、何か上に着ちゃえばいいんだよ』
そこで日除け用と準備していたパーカーを羽織ったのだが、腰元はどうにか隠れる程度で落ち着かない。
裾を押さえてソワソワする私を、彼の手が引っ張る。
相変わらず強引と思うも、そんな到也に答えてあげたいとも思った。
今日の夜になれば、またいつもの兄妹に戻らないといけないのだから。
私の父は幼い頃に事故で亡くなり、母親だけに育てられてきた。
そして到也は生まれると同時に母を失い、父親の愛情だけを受けてきた。
隣同士に住まう両親が出会い、私たちを通じて仲良くなるのは、ありふれた世界だったかもしれない。
私も、到也と一緒にすごすのが楽しかった。
二つ上の彼が、兄の様に面倒を見てくれて、そして可愛がってくれる。
成長して、お年頃になっても到也に向ける愛情は何時しか……女としてのモノになっていた。
だけど、私が14歳になった時――。
「怜奈?」
「……」
彼の声が私を過去から呼び戻す。
波に揺られ、冷たい波を浴びながら彼と共に戯れていた今に。
「ごめん、無理矢理すぎた……か?」
眉を顰めて顔を覗き込む到也に、大丈夫と微笑んでみせる。
「それにこうして上着を羽織って……」
見下ろした自分の体を確かめ、最大の誤算に今気付かされた。
羽織っていたパーカーは白、日の光をしっかりとはじき返し、UVケア万全と選んだものである。
しかし、白はもう一つ、この状況に不利なものを持ち合わている、それは。
「透けてる……な」
裏地のない白は水を吸うと透けてしまう。
肌に張り付くパーカーはうっすらと肌色を映し出し、その下に纏った水着も露にしている。
「み、みないのっ!」
「痛っ」
胸元を凝視する彼の視線に気付けば、べしっと頬をはたく。
思わずとはいえ、これはやりすぎたかもと思ったが、痛いじゃないかと苦笑いする彼に一安心。
「ど、どうしよう」
おろおろする私へ、到也はサムズアップしながら満面の笑みを浮かべていた。
「まぁ、覚悟を決めるしかないわな」
今度は容赦なくグーで殴ってやろうとしたのだが、それはきついのかゴメンと謝りながら手を抑え込まれてしまう。
しかし、方法がないのも事実。体も少し冷えてきてしまった、嫌でも覚悟を決める他はないようだ。
陸に近づき、ゆっくりと私の体が水からせり上がっていく。
多数の客がいる砂浜で、私だけを注目することはない。
だから大丈夫、ばれない筈。自分で言い聞かせながら、腰まで上がったところで、正面から突っ込んできた男性客と視線が重なってしまった。
「――っ」
ばっとそっぽを向くも、視線は分かる。
到也にされたのと同じ、舐め回すような感触が肌を撫でる。
寒かったからだが一気に火照る、きっと罵られるに違いない。
この痴女と、変態と思われたに違いないと。
「さっきのお兄さん、すげぇ見てたな、興奮間違いなしってか」
到也の言葉は予想外だった。
振り返り、見上げた彼の顔はさもあらんと当たり前の表情。
「だってこんな……変な格好してるんだよ、変態とか、おかしいとか思われちゃったかも」
ぱたぱたと掌を顔の前で振って否定し、苦笑いを浮かべる到也。
「いやぁ、んなことより、思わず見とれるって、綺麗でエロいもん」
他人も彼と同じだなんて思えず、強い羞恥に思わず腰を落としてしゃがみ込み、水に体を隠す。
「怖いよ……」
きっともう会わない人だと思う、だけど軽蔑される冷たい視線を思いうかべると興奮なんて出来ない。
辛く惨めな気持ちが押し寄せる私の体を、屈んだ彼が軽く引き寄せ、寄りかからせた。
「大丈夫だって、何かあったら守るし、男が見たら誰だって興奮するよ。だって、俺は怜奈を自慢したかったんだし、可愛くて綺麗で、それでこんな水着も着てくれて、みんなが羨む様な最高の彼女だって」
彼の顔を見上げ、笑ってる顔を癪に感じながらも頭を彼の肩へ凭れる。
大丈夫と肩を撫でる掌、少しばかり落ち着くが雑踏が自分の今居る場所を嫌でも思い知らせる。
「……いこ?」
自分から立ち上がれば、彼の手を軽く引いた。
泣いて嫌だと言えば止めてくれると分かっているけど、もしかしたら今日しか叶えられないかもしれない。
意を決して歩き始めれば、すぐさま男子学生の群れの傍を通り過ぎた。
「……おぃ、今の見たか!?」
「あぁ、可愛い顔して激しいな」
同じ年頃の男子にも罵られるのかと、少し虚しくなり掛けた心を続く一言が吹き飛ばす。
「たまんねぇ」
後ろから聞こえた率直な答えに頬が今まで以上に赤くなり、耳が熱く感じる。
性の対象と見られた、言葉だけの事実なのに異様な程な背徳感を煽られてしまう。
鳥肌が立ちそうなほどの初めての痺れが体を襲い、緩やかな吐息に熱が篭る。
しかしそれも不意に視野に女性の姿が入ると、さめてしまった。
一緒にいた連れと喋っていた所為か、こちらには気づかない。
(「そうだよね、男の人は……だから」)
同性が同様に興奮するはずもない。
冷たい視線を投げかけられなかっただけ運がいい。
そのまま海の家のシャワールームまで逃げこむと、昨日の水着に着替え、午後はゆっくりと海を満喫した。
オレンジ色の光に染まった古ぼけた駅。
乗り継ぎの列車を待つのは私と到也の二人だけだ。
ここから大きな駅に向かえば、あとは特急列車に揺られて、日常へと戻っていく。
兄と妹、変えようのない近く遠い立場へ。
私の分の荷物まで抱えてくれた彼へ、ピトッと寄りかかる。
「無茶ぶり答えてくれてありがとな」
降り注ぐ声に顔を上げると、少し疲れの残った笑顔で私を見つめる。
「いい思い出になった、また来年までお預けってのは残念だけどさ」
来年もやらされるのか。
突っ込む気持ちよりも、終わりが近づいている事を思い知る。
到也の腕に指を絡ませていくのは、今から離れたくない現れなのだろうか。
「あのね……私も、ちょっとドキドキして……興奮、した…かも」
ボソリとつぶやいた言葉に、予想外といった表情で私を見下ろす。
何を言っているのやらと思うも、今言わなければ絶対後でなんて言えない。
照れ隠しバレバレなのもわかっているが、視線を逸らしながら言葉を続ける。
「でもね、怖いのと辛いのもあった。女の人は興奮しないとおもうから……きっと冷たい目で見たり、冷たい言葉をかけたりするんだろうなって思うと……」
その先は紡げなかったが、彼も察してくれた。
そうか と、大きな掌が私の頭を優しく撫でる。
腕に通していたカバンの束が崩れかかってよろけたのは、ムードぶち壊しだったけれど。
「到也が守ってくれるって、安心はあったけど、心のそういう……なんていうのかな、否定されるものがあるのは辛いから、到也の望んだ通りにならなかったかなって、少し思ってたの」
「俺の望んだ通り?」
こくんと頷く私を、不思議そうに見つめていた。
「だって、それで……その、興奮しきって…欲しかったん、だよね?」
恥ずかしいのを押し殺しながら問いかける。
頬の赤みが夕日の世界でもよく分かるほど、彼も何か言葉を切りせずモゴモゴしてしまう。
「……でも、できないって分かったからいいさ。ありがとう、またこんどがあったら、そういうのも全部取っ払った上で、させたいかな」
それ以上は恥ずかしくて、私も頷くことしかできなかった。
何より、彼に甘えていたい。
乗り継ぐ間も、隣り合って座っている時も、ずっとずっと……到也の腕を離さず、僅かな夢の名残を味わい続けた。
大変お待たせしました、如何でしたでしょうか?
最後にもう一つ…お話を続けて完了させたいと思っています。
ここまでお読み頂いて、何か共感するようなものが感じてもらえれば幸いです。
甘みに交じる背徳感がいっそう興奮を引き立てるはず! と思っているのですが、テンションが上がり過ぎるとガツガツするだけになりそうで恐くもあります。
次はもっと早くかければと努力していくので、気長にお待ちいただければ幸いです。