蛇の巣
「はい?」
「だから、私もハーレムの一員になってみたいの」
思わず聞き直してしまったがどうやら聞き間違いではなかったようだ。
「……君には独占欲みたいのはないのかい?」
「確かにね。でも、相手に対して嫉妬したりされたりにはもうウンザリなの」
そう言って彼女は煙草に火をつけて紫煙を吐き出す。
「だからって何も……」
「でも男の人って少なからずハーレム願望はあるんだから私みたいな女はむしろ都合いいんじゃない?」
そう言って彼女は妖艶に笑う。見た目は清楚なのに中身は蛇だな、とウイスキーを飲みながら思った。
「僕にも若気の至りというか以前複数の女性と同時に交際していたことがある。もちろん彼女たち公認でね。それを踏まえた上で言わせてもらうけど、あんなのはただの……」
「ただの?」
「いや、何でもない……君、グラス空いているけど何か頼むかい?」
「これ以上酔わせてどうするの? ホテルにでも連れ込んでくれるのかしら?」
クスクスと子供みたいに笑う。頬をうっすら紅く染める彼女は可愛らしく映る。
「いらないのかい?」
「レッドアイで」
それを聞いてマスターは「かしこまりました」とレッドアイを作り始める。
「しかし、どうしてハーレムの一員がいいんだい?」
「……私ね、とある大物議員の妾の子なの」
「……」
「思春期の頃はそれを知って母親に反発してたけど、母親の生き様を見ていたら案外悪くないかなって思って」
「どういうことだい?」
出てきたレッドアイを飲みながら彼女は再び話し始める。
「うるさい旦那はいないしお金は安定して入ってくるし好きなことして生きられる」
「それで君は本当に幸せと言えるのかい?」
「さあね……世間一般からはズレているかもしれないけど、私にとっての世界はこれしか知らないの。だから今はそれを目指してみるだけ」
「なるほどね。だから僕なのか」
「えぇ。大病院の跡取り息子で色に弱いと噂のね」
「昔の話だよ、それは……」
「それでどうかしら? 私を飼ってみる気はないかしら?」
そう言って彼女は胸元をちらつかせる。
「蛇を飼う気は今のところないね」
「ツレないわね」
残りわずかになっていたレッドアイを飲み干して彼女は席を立とうとする。
「けど、君には興味があるから今夜は夜通し語り合いたいかな」
僕は彼女の細い腕を取って引き止めた。
「ベッドの中で?」
彼女はニヤリと笑う。僕は苦笑しながら首を振り、彼女を席に座るよう促す。今夜、彼女とカラダの関係を持てばきっと彼女の願いは叶うだろう。
けど、玻璃の向こうに佇むだけなど彼女に相応しくない。今は無理でもいつか……君の気持ちがいつか変わるのを願って。悪いけど僕は僕の願いを優先させてもらうよ、お嬢さん。