第1章 Half of world
まだ夜も浅い。
弱々しく光る月を一瞥し俺は自室で不思議な力に引き寄せられるように一冊の本を取り出し、小さく呟いた。
「in the half of the world」
その時、俺の世界は色を失った。
そしてまた徐々に世界は色を取り戻していった。
いつもと変わらない部屋が瞳に映し出されている。
「?」
何が起こったのか全く理解できず辺りを見回してみた。
そうして俺は驚愕した。
「なぜだ・・・なぜこんなことに」
部屋を確認する様にもう一度見回そうとした。
その時、女の子の声が聞こえた。
「『霧』に基づき『切』」
目の前の壁に音もなく斜めに線が入った。その時、壁が崩れていった。
それと同時に中学生ぐらいであろう。
金色のしなやか髪を背中の辺りで切りそろえている少女が立っていた。
俺は目の前で起きた一瞬の出来事に声も出せずに固まっていた。
「初めまして、山崎 明瑠君。私の名前は霧永 姫貴、ヒメって呼んでね」
ヒメはスカートの裾をわざとらしく持ち上げて言った。
「ひめ?じゃないだろ死んだらどうするんだ」
声を荒らげヒメと名乗る少女を怒鳴りつけた。
「死ぬか・・・」
俺はヒメの力のない言葉少し違和感を覚えた。
「まあまあそんなに怒らないでほしいな。これはゲームなんだからさ。」
俺は彼女の言っていることがなぜか嘘だと思うことができなかった。
「まあ死んでも死にはしないよ。けどそれに近いことにはなるけどね」
「どういうことだ?」
俺は恐怖と怒りで混沌としながらヒメを問いただした。
「仕方がないなぁ。明瑠君には特別に教えてあげるよ。」
ヒメは俺を嘲笑うかのように続けていった。
「まずこの世界は半天世界と言って明瑠君も気づいているように、一見普通の世界だけど全てが反転しているんだよ。そうしてそれは自分たちの体も例外でないんだよ」
「半天世界?」
「そうだよ。そうしてこの世界で死ねば一生この世界に縛られてしまうんだよ」
「死に近いっていうのはそういう事だったんだな。」
「そう。そうしてこのゲームにはプレイヤーが君を含め十人いるんだよ。そうしてこの十人全員に勝つ、つまりこの世界の王となると世界の道理を改変することができるんだよ。」
「神になれるってこと」
俺は不意に間抜けな声が出てしまった。
それと同時に俺には一つの希望が見えた。
「そうだよ。あとこの世界に来るときに本をもっていたよね」
「あぁ。あの辞典か」
「そうだけどそうじゃないね。もう一回表紙をよく見てみようか」
ヒメの言っていることはよく分からないが床に転がっていた本を手に取って読んでみた
「自典?」
「そうそれが私たちの武器。」
「この本が?」
俺は自典なるものをパラパラとめくりながら疑問はたくさんあったがなぜかヒメの言っていることが素直に受け入れることができた。
「あなたの本名の山崎明瑠という漢字を誤変換*-することで相手を攻撃することができるんだよ。」
「さっき壁をぶった切ったのもその誤変換の能力なのか?」
「正解だね。でも一つ抜けているよ。こんな能力が何の代価もなしに使えるとおもうかい?」
確かにヒメの言うとおりこんな常識を逸した能力が何の代価も無に使えるはずがないのだ。
だがしかし俺にはその代価の検討がまったくつかないのだ。
「何か全く分からないという顔だね。」
ヒメはクククとかわいく笑って見せた。
「一体代価というのは、なんなんだ?」
「記憶だよ。厳密には向こうの世界つまり明瑠君が元々いた世界の思い出だけどね。」
ヒメの言ったことを俺の頭が理解するのに数秒を要した。
「思い出といっても、もちろん良いものもあれば悪いものもあるよね。どの思い出を忘れるかは解らないんだよ」
ヒメはどこか寂しい目をしながら、
「さてと」
と呟いて俺に切り裂くような視線を送ってきた。
俺は無意識に自典を開き後ろに飛び退いた俺のいた所が2つに割れて崩れていった一瞬でも遅ければ俺ごといっていただろう。
そして間髪を入れずに
「『永』に基づき『鋭』。」
ヒメが唱えた瞬間唸りをあげて迫ってきた。
俺は身をよじって避けたが顔をかすめていった。
止めどなく流れてくる暖かい感触が俺の正義感や自制心をぐちゃぐちゃに掻き乱したかと思うと、俺は我を忘れ無我夢中で自典を開いて叫んだ
「『崎』に基づき『裂き』。」
ヒメはひらりと宙に舞いヒメの後方で家が崩れていった。
「そんな攻撃が私に当たるとでも思ったの?」
「甘いな。」
「?」
ヒメの下の地面が盛り上がってきた。
ヒメは慌てて飛び退いたが一瞬反応が遅れ右腕がもげて無くなっていた。
「どうなっているの。」
ヒメは驚きを隠せないようだ。
「簡単な話さ。『裂き』を瑠の誤変換『留』で止めておき、その『留』に『留』止まるという動作を止めたのさ。」
「なるほどね。じゃあ次は君に驚いてもらおうかな。」
ヒメの腕に光が集まりそれが消散したとき俺は驚きを隠せなかった。何故なら、ヒメの攻撃でついた俺の傷はいまだに治ってなく痛みを与え続けている。だがヒメ無くなったはずの腕が治っているのだ。
明瑠は考えて一つの結論に至った。
「お前はプレイヤーじゃないな。」
するとヒメが舌を出してかわいく言った。
「ばれちゃったか。」
「実はね私はもうすでにこっちの世界の住人なんだ。」
「今いる誰かにもう殺されたってことか?」
「違うよ。」
「じゃあ何故?」
「簡単な話だよ以前すでに殺された。ただそれだけ、それだけなんだよ・・・」
ヒメは自嘲的な笑いを浮かべた。
「なんだよそれ・・・」
ヒメの態度に心臓を締め付けられる思いになった。その感覚に俺の良心が疼き始め、たまらず口から偽善としか思われない言葉がこぼれ出た。
「確か勝てば報酬が世界の道理の改変だったな」
「そうだけど?」
「つまりその世界の括りにはこの半天世界も含まれるよな?」
俺は得意げに笑って見せた。
するとヒメも気づいたのかすでに目に涙をためているようだった。
「そんなの悪いよ。」
「いいやこれは俺が決めたことだ。でも一つ条件がある。」
「なに?」
俺は、胸に溜まっていた異物を吐き出すかのように言った。
「これから何があろうと俺の隣にいろ。」
ヒメの顔はもう涙でぐちゃぐちゃだった。
「ヒメ泣くにはまだ早いぜ。これからよろしく・・・だ。」
「はい。」
ヒメの大きな声がこの世界の果てまで轟いた気がした。
その時、なぜか俺の頬を血ではない暖かいものが流れている事に気が付いた。