国都へ
気持ちさえあれば服装なんて関係ない!
なんて、貧乏人の僕は無理矢理考えていたが、無理矢理過ぎた。
スーツがない。
だから、高校時代の制服で誤魔化そうとしたが、
「咲也、流石の僕も見て見ぬ振りはできない」
低血圧の僕が寝坊しないか心配でやってきた蓮を、目覚まし4つをセットした甲斐あって時間通りに起きて着替えていた僕が部屋に入れると、長い沈黙の後に高そうな店に超特急で連れていかれた。
蓮はスマートな女店員に肩幅を測られている僕に盛大な溜め息を吐く。
「面接の時はどうしたわけ?まさか、あれじゃないよね?」
“あれ”と指差されたのは、店に入って早々に苦笑いされた店員に脱がされて小山になった僕の制服だ。
いくら蓮でも、思い出の詰まった制服を“あれ”呼ばわりとは酷い!と、抗議しようかなと一瞬思った自分に悲しくなった。流石の流石の僕だって、ぱっつんぱっつんの制服は駄目だと思う。しかし、仕方がなかったのだ。なんせ、僕は駄目だと思いながらも制服をスーツ代わりに着るしかない程、貧乏なのだから。
「パーカーにジーンズ……です」
「それはそれで……」
「悪かったな!僕は貧乏人なんだよ!」
今のご時世、生きるのだけで精一杯なのだ。服装なんて二の次だ。
と言うより、興味がない。
だって、隼人は……――
「いつだって僕自身を見てくれていたからって?」
「そうなんだよ。隼人は僕の中身を……――」
あ……ついつい僕は……。
蓮が更に呆れ果てた表情を僕に向けていた。
視線が痛い。
「蓮……」
僕はこれがノロケに入るのか分からないが、蓮の顔色を窺う。
何でも隼人に結び付けるのは僕の悪い癖だ。
「どうですか?直ぐ用意できます?」
しかし、蓮は僕の胸囲を測る女店員しか見ていなかった。
「こちらの袖と裾を上げれば。肩と腰周りが大きくなってしまいますが……」
「咲也は華奢でかなりの撫で肩だからね。着物が似合う。ま、今日は仕方がないね。今度、ちゃんと見繕おう。それじゃあ、その通りに大至急お願いします」
今までされるがままだったが、先の言葉で僕は気付く。
「ちょっ!?蓮、スーツ要らないよ!」
正義の味方は貸しても借りてはいけないんだ。それに、もしかしたら一時期だけで直ぐにホテルマンがクビになるかもしれないのに、こんな高そうなスーツは買えない。
「重要なのは第一印象だよ。あれで行くなんて言語道断。それこそ、即クビ」
再び、指を差される“あれ”こと、思い出の制服。
あ、校章がついたままだ。
それにしても、蓮に言われるとまだ分からないのにクビにされる自分の姿がありありと目に浮かぶ。それも、声高々に嫌味な笑みを浮かべてクビを宣言するのがあの面接官ときた。あの時、もうちょっと殴っとけば良かったかな。どうせ、僕のひょろひょろパンチじゃ痣すら付けられないんだし。
「それに、これと今度、見繕うのは僕からのお祝いだから貰って」
貰う!?
「駄目だよ!一体いくらするか分かってるの!?桁が……桁が法外なんだよ!?お祝いで僕なんかにあげる値段じゃないよ!」
「18万?そうかな。ねぇ、董子ちゃん、18万って高い?」
「蓮様のクローゼットの奥に値札ついたままでしまってあったスーツ、桁がもうひとつ多かったです」
と、蓮が最近、雇ったお手伝いさんの榊原董子さんは流れるような黒髪のツインテールを揺らしておったまげたことを言う。
「そんなに嫌がるなら、僕の家にあるらしいスーツにする?」
「桁が7桁のスーツを僕に着ろと!?」
僕が貧乏であることを除いても僕では何百万のスーツに不釣り合いだ。
「蓮様、そのスーツは女物ですし、それに、今はクリーニングですよ?」
すかさず、董子さんの助け船?が入る。
それにしても、女物って……。
蓮に身に覚えがないなら、きっと、歌姫への贈り物だ。
ウンディーネを女と間違えている人はよくいる。寧ろ、男だと知っているのは劇団員か、蓮が新米で男役も演じていた頃から劇を見てきた人ぐらいだ。そのスーツの送り主も、まさかあの高低自在の魔性の歌姫が男だとは知らなかったのだろう。
「と言うことらしいから、咲也、諦めて貰って?」
諦める以前に7桁のスーツなんか着れないよ、蓮……。
「でも……本当にいいよ。最初は怒られるかもしれないけど、きっと分かってくれるし……」
僕のあの履歴書を見た後でも雇ってくれたのだから。
しかし、蓮は違った。
「皆そう甘くないよ。第一印象だろう?ねぇ、咲也。相手はあげたいからあげているんだ。それを断るのは……悲しいよ?咲也のお祝いで僕はあげたいんだ。貰ってくれる?」
蓮が採寸の為に台に乗せられた僕を見上げてくる。
歌姫が僕を見詰めて……。
綺麗な深い海の青が……。
歌姫はやっぱり可愛すぎた。
僕は無意識の内に頭を上下に振っていた。
「悲しませてごめん、蓮」
「分かってくれたなら。あ、できました?」
涼しいくらいの笑みを見せた蓮はすっと目線を逸らして裾直しが終わったらしい店員を見る。切り替えが少し虚しくなるくらい早いのも蓮の特徴だ。
「ええ。もう一度、着てくださりますか?」
言われるがままに僕はYシャツの上から袖を通すと、皆の視線が集まる。舞台上では他にも役者がいたし、距離も遠かったので恥ずかしくなかったが、明らかに僕に向けられている視線とその近さからかなり 恥ずかしい。
そんな時、ふと思い出されるあの頃……――。
案外、強引な隼人は僕に我慢大会なんて言って……あいつの熱い眼差しが……そうそう、あの時は思春期真っ盛りだったから――。
「いっ!!?」
痛い!
腕にチクリと突き刺すような痛みを感じて僕は悲鳴を上げた。
「すみませんっ」
なんとまぁ、僕が思い出に浸っている間に調整をしようとしたお姉さんの針が刺さったようだった。店員が頭を下げてくるが、僕は昔のエロ話を思い出し中だったことに苦笑いしかできない。
そんな僕に心配してくれる董子さん。本当に大丈夫ですよ。と言うまで過剰なまでに心配してくれた。
蓮だけは僕が妄想していたことを分かったようで、僕に据わった目を向けていた。
蓮には嘘は絶対吐けられないな。
「先程は誠に申し訳ありません。いかがですか?」
「は、はい、大丈夫です。急なのに、こちらこそ申し訳ありません」
本当に申し訳ない。
性分でぺこぺこと頭を下げると、蓮にどっちが店員だか。と笑われた。
「それじゃあ、咲也、それ着て行こうか。董子ちゃん、車出しといてくれる?」
「分かりました、蓮様」
僕らは国都へ……――。
「あの男は問題児ですよ!?歴史あるこの国都にそのような者を――」
「条件だと言ったはずだ」
「しかし……何故そこまで拘るのですか。他にももっと良い家の者がいたというのに……」
「使えそうになければ捨てる。経歴なんて関係無い。勿論、一流とやらのお前もだ。使えないと思わせるなよ」
「っ!!!!」
「チーフ!チーフ!」
「千原か。なんだ?」
「新人って今日ですよね。チーフはもう資料回って顔が分かってるんでしょう?可愛いですか?」
「知るか。それより千原、今日は――」
「分かってますよ。桐様がいらっしゃるんでしょう?」
「そうだ。大事なお客様だ。しっかりやれよ」
「はい。チーフ、後で新人のこと聞かせてくださいね。ぼく、彼氏募集中ですから」
「……相手にその気があればだがな」
「チーフみたいに?」
「ネックレス見えてる。外すかどうにかしろ」
「はいはい」
「“はい”は一回だ」
「はい、高橋八尋チーフ」
「んー」
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