僕の気持ち(1.5)
ヤバいですね。めりくりですね。1年ぶりですね。
言い訳するなら、啼く鳥が最終章(予定)だから!ホントにちまちま更新ですみません><
はっぴーかはさて置き、はっぴーめりーくりすます!
僕が生まれたところは東西に長い谷間の町。
晴れの日の夕陽は都会の人には想像もつかないくらい美しい。
春は桜がオレンジに染まる。
夏は水田に張られた水がキラキラ光る。
秋は稲穂が黄金色に輝く。
冬は真っ白の雪景色に家々の影が長く写る。
だけど、僕は別に自分が生まれ育った土地を自慢したいわけじゃない。
“谷”は凄く綺麗で、凄く綺麗な田舎。
マンションはあるし、スーパーもある。
コンビニに関しては、小中学校の前に1件だけ。でも、夜の10時には閉まる。
谷では食べ物に関して問題はない。谷の人の殆どは農家だから。
残りの人は公共施設の関係者か、第二の人生歩んでる人、隣町に職がある人等々。
谷にないものは大体、隣町にある。
病院とか、高校とか。
ゲームセンターやカラオケもある。
何が言いたいのかって?
僕の父の家も母の家も例に漏れず農家だったってこと。
僕の両親の出会いは田舎あるあるのお見合いだ。
父の家は大地主の家で、父の父――僕の父方の祖父が僕の母を勝手に父の嫁に決めた。
正確には、母方の祖母が父方の祖父の提案を母に無断で了承した。
つまり、親同士の都合で父と母は結婚した。
父は、“温和”と言えば聞こえはいいけど、他人の意見に口を出せない臆病な性格。そして、母は「田舎臭い」と自分の両親を嫌い、本物の都会っ子と比べれば可愛い程度の不良娘だった。
ノーを言わない父が母との結婚を望んでいたのかは僕には分からない。
だけど、母はきっと結婚を望んでいなかった。
…………だって、僕はこの結婚話の結末を知っているから。
ここからは僕視点の話だ。
母は僕を生んだ。
そして、幼い僕を母は女手一つで育ててくれた。
父は、って?
父は隣町で仕事があるから、勿論、平日の日中は家にいなかった。
僕が覚えているのは昼間、僕と遊んでくれた母の姿と、夜間、やたらと時計を見ては溜め息を吐き、僕の隣に寝転び、毛布の上から僕のお腹を優しく撫でてくれていた母の姿。
休日は、って?
休日は父がいた。
いたのに、いつの間にか毎週仕事になっていて、父は滅多に家に帰って来なくなっていた。
でも、僕は父が嫌いじゃなかった。
だって、朝早く起きると、父が僕の頭を撫でてから仕事に行ってくれたから。
だから、父が好きだった。
……好きになりたかったんだ。
だって、母が愛した人だったから。
だって、母が父を愛したから僕は生まれたはずだったから。
僕は愛されて生まれたはずだったから。
だけど、全ては父が死ぬまで。
高1の秋の日、高校での授業中に息を切らした用務員の男の人が教室に現れ、教卓で教鞭を取る数学の先生に耳打ちをした。
僕は彼らの背後、黒板の字が見たくて首を伸ばしていたが、先生と目が合ってしまった気がした。
不意討ちは止めてよと僕はノートに字を書き込む振りをして俯いた。
“振り”をしたのは、先生が僕と席が傍の別の誰かを見ていた場合に、明らかに視線を逸らして「こいつ、自意識過剰だな」と思われたくなかったから。
きゅっきゅっきゅっ。
いつも靴底を拭いている数学の先生の室内履きが良く鳴る。
僕の方に近付いてくる。
僕、何かやらかした?
いやいや、僕に用って決まったわけじゃないし。
きゅっ。
僕の机の真横に先生の赤青白模様の靴が並んだ。何となく見覚えがある靴だ。
長く使われている気がするが、まだまだ新品みたいに綺麗な靴だった。
ちゃんと手入れをしているからだろう。
「七瀬、2問目解けたか?」
「あ……はい」
「じゃ、前で書いてくれ」
これが数学以外の教科だったのなら、間違えを書いてクラスの皆に笑い者にされる恐怖を感じて、もう5回は解答を見直しただろう。
しかし、僕は数学が得意だ。
だから、既に解いた2問目の答え、x=2a+9b、y=5a+8bにも自信があった。
そして、僕はノートを持って直ぐに黒板の前へと歩いた。
右をちらと見れば、用務員の人は僕を見詰めていた。
先生は僕の斜め後ろで僕を見ている。
用務員さんの用事は何だったんだろう?
クラスの皆も先の出来事にざわざわしている。
「七瀬が何かしたのか?」とあらぬ疑いまで……僕は何も悪いことはしてないぞ!
…………いや待て、冤罪かも……。
良く夜中にコンビニ弁当を買いに行くから、きっと昨夜にコンビニ強盗があって、僕の名前が上がって……!
有り得る!
コンビニ店員さんに不良扱いされてるのかも!
噂のコンビニ弁当不良高校生とか!
と言うことは、僕は警察に連れてかれるんだ……クラスの皆も先生も邪魔な奴が消えてくれるぜ、って思って……。
「七瀬、正解だ。ここの応用は良く出来たな」
「……は……はい……」
先生が褒めてくれた……!
僕が得意なのは数学しかないけど、得意なものを褒められたら、それはそれで本当に嬉しい。
「それじゃあ、皆は七瀬の解答見とけ。後で七瀬が答えをどう考え導いたか質問するから」
僕は一仕事終えて、ちょっと鼻を高くして帰るつもりだった。
なのに、先生は生徒に向き直りながら、片手で僕の肩を押さえていた。
見た目は労いだろうが、されている僕には違う。
“動くな”の意味だ。
「七瀬、職員室まで一緒に来てくれ」
先生は僕の耳にそう囁き、「少し待っててくれ」と皆に手を上げた。
……きっと冤罪だから。
「七瀬君、荷物は机に掛かってるリュックと机の上と中の教科書だけ?」
廊下に出ると名前の知らない用務員の人に名前を呼ばれた。
どうやら、僕はこのまま警察に直行らしい。
僕は真っ白な頭で頷き、用務員の人は教室の中へ。
先生は厳しい顔をして僕の背中を押す。
僕は怖くて怖くて、先生を見ないように何でもないところにひたすら目を向けて歩くことにした。
何も考え付かない。
もう……無理だ。死ぬ。死にたい。
“さく!”
偶々目を向けた隣の教室。
隣のクラス。
教卓前の席。
国語の女の先生の困惑した顔と生徒達の無表情に混じって、隼人が目を見開いていた。
若干、前のめりで口が開いていた。
“どうしたの!?”“大丈夫!?”の顔だった。
…………でも、大丈夫。隼人がいるから僕は大丈夫だ。
僕は肩を竦めて隼人に軽く会釈をし、左へと廊下を曲がった。
少しだけ……怖くなくなった。
さて、先生に職員室まで連行された理由――なんてのは、父が死んだからということに他ならない。
でも、父の死を知る数年前から、朝夜は家に居た父だったが、既に朝も昼も夜も家に帰っては来なくなっていた。
つまり、失踪していた。
どこにいるかも、生きているかも分からなかった父が、東京の港で、事故で死んだと分かっただけ。
車で海にぽちゃん――らしい。
自殺……かもしれない。
ただ、父は死んだのだ。それだけ。
そして、母は少し不安定だったのが、父の死を知って以来、徐々におかしくなり、父の葬式の後、いつの間にか失踪した。
いつもみたいに1週間もしたら家に眠りに帰ってくるかな、なんて考えていたら、1週間も2週間も、1年、2年……いくら待っても母は帰って来なかった。
これが僕の父と母の結婚話の結末。
父が車から発見された時、隣には女の人が座っていたらしい。名前を聞いたけど、覚えはなかった。
勿論、その人も死んだ。
母は夜中に家を空けてはお酒の臭いをさせ、男の人の名刺をポケットに入れて帰ってきた。
結末なんて、それが訪れる前から分かっていたんだ。
僕の家族には出来た時から深い傷があった。
そして、膿んだ傷口は悪化し、家族はなす術もなく壊死していった。
では何故、膿んだのか。
それは僕が生まれたから。
普通は子供が生まれて家族の絆がより深まるなんて言葉もあるけれど、僕の家族に至っては、父と母の関係には既に傷があったのだ。
僕が生まれ、父は“父親”に、母は“母親”になることが求められた。
もともとギリギリだった二人の関係はそれを機に一気に壊れた。
そして、母は全然家に帰らない“父親”失格の父を責めた。
自分は“母親”をしているのに、あなたはどうして!――父を責めて責めて、いつしか母は“母親”を止めて家を出た。
……誰にだって限界がある。
きっと母は限界だったのだ。
それに僕も“子供”として父と母の架け橋になろうとした。両親を分け隔てなく愛する“子供”として。
それが更に母の気を滅入らせたんだと思う。
母は父を“父親”とは認められなかったのに、僕は父も母も“両親”として認め続けたから。
でも、今更だよね。
僕が人への愛情には差があると実感したのは隼人とキスをしてから。
母の苦悩を理解した気になったのは高校を中退してから。
だけど、今更遅いのだ。
だって、僕の家族はもうバラバラになってしまったのだから。
でも……もしもまだ間に合うのなら……僕は母ともう一度家族になりたい。
――そう思うのだ。