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僕の気持ち

お久し振りです(ノ゜ο゜)ノ オオォォォ-

暫くさ迷ってましたが、クリスマスが私を正気にしたようです。

 もぐもぐ。


 黙々。



 静かだなぁ。

 まぁ、僕が喋らないからだけど。

 でも、しょうがないじゃないか。僕には気の利いた話題がないと言うのに、先輩も喋らない。

 乾杯をしてから互いに一言も喋っていないのだ。

 別に僕は沈黙が苦痛ってわけじゃないけど、先輩は気まずくないのだろうか。

 狭い僕の家で、男二人っきりで、俯き、無言で、食事をする――どこの誰がこの状況を好き好むのか。

「…………テレビ……付けます?」

「……………………そうだな……」

 やっぱり。

 気まずいに決まってる。

 僕はテレビのリモコンを探し、テレビを付けた。

 先輩の瞳がテレビに向く。

 映り出すまでに若干時間の掛かるテレビ画面を反射して、僕らは見詰め合った……そんなつもりなかったけど。

「映画……か?」

 付けたテレビは丁度、モノクロ映画がやっていた。

 流れる曲は籠った感じで、画面には堪えずノイズが入る。

 ――さて、この映画の季節は真夏だった。登場人物たちが半袖だ。

 真冬に真夏の映画ってどうなんだろう。

「これ、何てタイトルの映画だろうな。新聞……」

 先輩は勝手知ったるで新聞の収納場所に手を伸ばすが、

「『ローマの休日』ですよ」

 僕は先輩が新聞を手に取る前に先輩の独白に答えてあげた。

「知ってるのか。でも、『ローマの休日』って…………オードリー?」

「はい。彼女です」

 別に僕は洋画オタクじゃない。

 偶々、過去に(れん)に見せられた。彼は「好きなんだ、これ」と言っていた。

「タイトルは知ってるけど、内容は知らないな……」

 内容は大雑把に言えば、ラブストーリーだ。それも王道。

「ローマを訪問した王女が窮屈な生活に疲れ、身分を隠してローマ市内へと飛び出すんです。そこで王女は新聞記者の男に出会い、ローマの観光案内をしてもらうことになるんです。記者は最初、スクープ狙いで彼女を案内しますが、案内をする内に互いの距離は近付いていき……」

 芸術には時代を越える力がある。僕が蓮の芝居に惚れて劇場で働き始めたのも、きっと優しくて大きなこの見えない力に魅了されたからだ。

「面白そうだな」

「面白いですよ」

 古い映画だから――と決め付けてはいけない。今でも普通に笑える箇所が入っている。そして、茶目っ気のある王女が本当に可愛い。

 何よりも――

「オードリー・ヘプバーンって笑顔がいいな」

 先輩が微笑んだ。

 ふっと柔らかく。

 きっと先輩は無意識にやってる。

 そんな先輩の一面を垣間見て、僕は少し息苦しくなった。

 狡いな、この人。

 沢山の制約の中で生きてきて、この歳で初めて誰かとクリスマスを祝って、無邪気に笑う。


 まるで先輩は、この映画のアン王女みたいだ。


「……七瀬(ななせ)?」

「彼女の笑顔を見ていると温まりますね。今の季節にぴったりです」

「そうだな」


 寧ろ、胸が熱くなるんだ……。





 赤ワインにくらくらしながらシャワーを浴び、リビング兼寝室に戻れば、台所で食器を片付けていた先輩が僕に近付いてきた。

 僕は取り敢えず、炬燵だ。

「七瀬、髪びしょびしょじゃないか。風邪引くぞ」

 知らないんですか?

 炬燵の中に入れば、僕みたいな性格が引きこもりの人間は元気百倍なんですよ。このテーブルの一角、小さな温まり空間……最高。

 と言うより、僕の家にドライヤーはない。まぁ、ちょっと拭きが甘かったかもしれない。でも、脱衣場って寒いから。

「ほら。これ羽織ってろ」

「……ありがとうございます」

 今日、メンズ服売り場で先輩が買ったカーディガンが僕の肩に掛かる。僕の髪から垂れる水滴で濡れてしまうのも構わずに。

 何て気遣い上手なんだ。

 ムカつくなぁ。

 料理も完璧だし、片付けも率先するし……僕が怠け者である事実が僕に突き刺さる。あくまで先輩が勧めるからシャワーを浴びたが、僕の使った食器を洗う先輩に失礼だよね。普通、手伝うよね。

考え出したらキリがない。

「あ、この花……!」

 先輩が買ってきた花束が飲み干したばかりのワインボトルに刺さっていた。

 ワインボトルに巻かれていたリボンも丁寧に巻き直され、それどころか、蝶々結びとは比べ物にならないほどクオリティーの高い花がリボンで作られていた。

 先輩は器用だ。

「可愛いですね」

「スターチスだと。可愛いよな。客室のベッド脇にこの花を置きたいんだが……国都には専属の花屋がいるからな」

 仕事中毒ですよ、先輩。本当は今日休んだこと後悔してるんじゃありませんか?

 でも、先輩って女子力高くない?それとも、ただの天然?

 ……先輩には何でも珍しそうにするんだ。些細なものでもことでも先輩は興味を示し、感想が絶えない。

 そして、少しずつ卑屈になる自分に辟易する。

「紅茶淹れた。ケーキ切ったから食べよう」

「先輩……」

「ん?」

 狡い狡い。

 皆狡い。

 どうして、そんなにキラキラしてるんだ。

 僕の演技がなんだって言うんだ。

 先輩は僕の演技じゃなくて脚本に惚れたんだ。

 ドラマの中の王子様に憧れるように、フィクションの中のキャラクターに惚れたんだ。


 先輩が好きなのは僕じゃない。


「先輩は僕が好きですか?」


 一体何度した問い掛けだろう。

 今まで先輩の返事が変わることはなかったのに、僕は再度問いかける。そう。僕は別の返事を期待しているんだ。

 僕は先輩が淹れてくれた紅茶が揺れるティーカップの縁しか見れない。

 先輩が肩に掛けてくれたカーディガンから先輩の匂いがする。

 何て言うのかな…………先輩の家の匂い。花の匂いかな。

「……………………」

「先輩が好きなのは今、先輩の目の前にいる僕ですか?」

「…………お前だ」

 本当に?

 僕は先輩を疑うしかできない。

 だって、僕はその返事を期待していないから。

 だって、僕は酷い奴だから。

 誰かに好きになってもらう資格なんてないから。

「先輩、僕は役者です。あなたの目の前にいるのは、僕自身じゃない。僕が先輩の好きな七瀬咲也(さくや)を演じているだけ」

「違う。もし演じているなら、お前は俺の目を見て話すはずだ」

 先輩の口調は乱れない。返事も早いし。

 先輩は僕を信じているんだろう。

 でも、僕はあなたを知れば知るほど、あなたを信じられない……――。

 僕達をケーキの甘い匂いと紅茶の香りが包む。

 温かな部屋でケーキと紅茶なんて、それはとても至福なことだろう。

 だけど、僕の心は先輩の存在に掻き乱されていく。

「僕は演じるのが得意なんですよ」

 僕は真っ直ぐ先輩を見た。

 いつも真顔だった先輩に黒目で若干睨まれるが、僕は平静を装う。

 だが、先輩は不機嫌らしい。持ち上げたフォークをカチンと皿にぶつけた。無機質なその音が不覚にも僕に突き刺さった気がした。

 全部、僕自身が招いたことだと言うのに。

「おい、七瀬。そう言う嘘は好かない。お前は役を演じるんじゃない。お前は役に演じさせる奴だ」

 “役に演じさせる”の意味が解らないが、まだ先輩は僕を信じている。

 嗚呼、先輩はそうなんですか。


 そして、僕の中の糸が切れた気がした。


「僕が演じてなんかいないと言うなら、僕を抱いてください」

 言い表しがたいドロドロの液体に僕の心を吊るしていた糸が腐り溶け切れ、心が谷底へと堕ちる。もう自分の心が見えない。

「七瀬」

 どうしてこの人はそんなに静かに怒るんだ。

 演じていない僕が好きなら、抱けるだろう?

 演じていない素の僕があんたと寝ていいって言ってるんだ。

「お前が嘘を吐いているから無理だ。お前は俺に抱かれてもいいなんて思っていない」

 先輩は小さく息を吐くと炬燵から出、台所へ。

「お前が何を考えたのかは分からない。でも、俺はそれがくだらないことだとは言わない。納得行くまで悩んでくれ。俺は待つから。……ただもし、俺に出来ることがあるなら、愚痴だろうと文句だろうと説教だろうと聞く」

 戻って来た先輩はテーブルに小さな紙袋を置いた。

 しかし、僕が手を出そうとしないので、先輩がサンタとトナカイ柄のテープを外して紙袋を開けた。

「メリークリスマス」

「………………」

「雪探してたらこうなった。ちょっと待ってろ……」

 カチリ。

 先輩が紙袋から出したそれに電源が入る。

 おもむろに立ち上がると、部屋の電気を切った。

「プレゼントの感想は聞かない。その代わりじゃないが、ケーキ食べよう」

「…………………………」

 さあ、どうしようか。

 この人は何でもお見通しらしい。

 僕が衝動的に苛々していることも。

 僕が理不尽に先輩を妬んでいることも。

 口を開けば悪態しか吐けない僕のことも、全部お見通しらしい。


 そして、先輩がそんな性格だから、どんどん僕は汚くなっていくのに、先輩はやっぱり僕から離れる気はないようで……。


 僕は隼人(はやと)並の……いいや、隼人以上にしつこい男に好かれてしまったようだ。

 一難去ってなんとやら。

 僕はなんて不幸な奴なのだろう。


「先輩」

「何だ?」

「キスしませんか?」

 とか、澄まし顔で言ってみたけど、何故か僕の心臓は高鳴る。

「……まだ言うのか」

「まだも何も、まずはキスからじゃないんですか?」

 嗚呼、耳鳴りがする。

 鼓動に合わせてサンタの鈴の音が聞こえてくるみたいだ。でも、早いから、サンタさん。フライングしてるから。

「お前…………」

「説得力ないのは分かりますよ。ええ、抱かれたくなんかありませんよ。先輩はいつもすかした顔で僕のこと知ったかぶって、変態ですかってんです」

 どうやら、僕が演劇で学んだのは、嘘の吐き方じゃなくて、早口で捲し立てる方法だったようだ。

 先輩にもう何も言わせたくなくて、僕の口はひたすら動く。

「僕はこれでも悪い人間には見えないようにして来ましたよ。夢はヒーローですからね。いい年してもヒーローですからね。なのにあんたは………………全部図星ですよ!僕は卑屈な性格なんですよ!頑張ってヒーロー目指してんのに、あんたがいるせいで僕はヒーローになれない!あんたが邪魔なんだ!そして、あんたのことが邪魔だと思う程、僕は悪い人間になっていく!それを優しいあんたは見ない振りしてんだ!」

 僕は僕の中にずかずかと入り込んでくる奴は嫌いだ。

 だって、恐ろしいから。

 僕自身が目を逸らしてきた感情を見抜かれるから。

 だから、僕は荒げた声を抑えられない。僕をその目で見るな。

「あんたなんか嫌いです!大嫌いです!」

 今こうして僕に本音を言わせるあんたなんか嫌いだ。

 僕を苦しくして、痛くするあんたなんか大嫌いだ。

「一回しか言いませんからね!」

 冷静に考えることは今は無理なのに、前置きをする僕。

 否、先輩の存在に前置きをさせられる僕。

 先輩が聞き間違えないように、ご丁寧に。

「知ったかぶりするな!あんたはふりじゃない!僕を理解してる!どっかの心理学者よりも僕を理解している!だから…………………………」

「………………」

「だから……分かるだろう?僕は…………捻くれてるんだ」


 この人ならきっと……。


 先輩からのプレゼント。

 淡く青に光るスノードームには雪が舞い落ちる。

 寒さに震える子猫と傘をさし出す少女に雪が降る。


 あんたは僕のヒーローだ。

 この子猫にとっての少女のように。



 僕はすっかり忘れてしまったぎこちない動きで、先輩の唇を奪った。

 先輩にキスをした。

 舌は出さない。

 先輩の唇の感触を感じるだけ。

 そして、口付けを通して先輩の体温が伝わりかけてきた時、僕は先輩から離れた。



「…………これが……今の僕の気持ち…………です……」




 掬い上げてください。

 水底に消えてしまった僕の心を。


 救い上げてください。

 僕の好きって気持ちを。



 教えてください。

 僕のあんたへの感情の名前を。




 母が僕の目の前から姿を消してからずっと考えていた。

『あんたは苦労するよ。だって、あんたはあたしに似ているから。あんたは誰よりも自分を理解できないから。だから、あんたは苦しむ』

 父の葬式で母がぽつりと溢した言葉。

 今、僕は母の言っていた言葉の意味が分かった気がした。

年末まで駆け足で行きます!

まずはそれぞれの最高のクリスマスを目指しましょうヽ(`Д´)ノ

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