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彼らのクリスマス(2)

 さて、僕は今、滅茶苦茶恥ずかしい。


 何故かって?


 それは、大の大人が二人して真っ昼間のショッピングモールに来ているからだ。

 それも、男同士で。



「お前は私服だし、童顔だから、暇な大学生ぐらいに見られるだろ。良かったな」

 僕の脳内に突っ込み入れないでください。

「じゃあ、何で先輩はスーツなんですか。これじゃあ、変に目立ちます」

 一応、口を開かなければ、先輩の容姿は、お姉様方の“あの人、かっこいい……!”ぐらいには入ると思うし、スーツのまぁまぁ“かっこいい……!”先輩の隣に貧相な餓鬼(自分で言うのは少し癪だが)の組み合わせでは、悪目立ちだ。

 事実、向けられてくる視線の数々から“隣の坊主のせいで良い絵が台無しだわ”とか感じたり……。

「自意識過剰だぞ」

 …………だから、僕の脳内透視はしないでくださいってば!

「それに、お前のとこに服置いてたら怒るじゃん」

「ただでさえ狭い家に布団と食器、歯ブラシを置かせてあげただけ感謝して欲しいですね。先輩は僕の家に住み着く気ですか」

「いや、新しく広いとこに……てか、俺の広い家にお前が来てくれればいいんだよ。眺めもいいし。またとない物件だと思うけどな」

 金持ちアピールですか、コノヤロウ。

「分かったよ。あそこで適当に服買うから」

「?」

 肩をトントンと叩かれ、振り返れば、先輩はショッピングモールの一角――メンズ用っぽい洋服屋に入っていった。

 店頭に並ぶ顔無し人形にはお洒落感漂うモノクロ基調の洋服が着せられている。

「…………え……高そう……」

 というより、人形のシャツから垂れる値札の数字は5桁。“高そう”じゃなくて“高い”。

 てか、僕が今着ているパーカーとか、量産物で値段3桁だぞ。

 ここ、同じ階に某有名量産型洋品店のユニ○ロなかったっけ?

 でも、先輩の買い物に僕がとやかく言う筋合いないし……僕の貧乏性を押し付けることになるし……。

七瀬(ななせ)

 店内から先輩が呼んでくる。

 そんな先輩の周囲には、「貴重な客だ。逃がすな」と言わんばかりに店員が集まっている。

 仕事以外で他人と会うのは苦手なのに……。

「七瀬、一緒に選んでくれないか?」

 先輩のとこ行ったら、絶対に店員さん達のオススメ攻めだよ。面倒だよ。

 だけど…………。

「あーもう……僕の負けです……」

 先輩の子犬の目は本当に卑怯だ。

 ――逃走は諦めてやるか。

 僕は現在着るものの中で一番高かった4割引きコートに中の服を隠し、先輩のもとへと向かった。






 結局、先輩の洋服選びに付き合っていたら、午後2時になっていた。

 先輩は群がる店員を「自分達で選びますので」と言って追い払ってくれたが、僕も先輩もファッションセンス0で、最終的に見かねた若き店員さんに選んで貰ったという。

 先輩のスーツも気遣いバッチリな店員さんがスーツカバーにわざわざ入れてくれ、先輩は「勉強になりました」と名刺を彼に渡していた。

 店員さんは勉強になったと名刺を渡してくる客に吃驚し、それがかの有名な国都ホテル最高責任者様なのだから、更に吃驚していた。そして、震える手で自分の名刺を差し出していた。

 ちらりと見えた彼の名刺の黒ワンコは可愛かった。

 結局、ただの洋服選びのはずが、最後には一列に並んだ店員さん達に見送られるという僕的に大惨事が起きたわけだ。


 もうこの人と洋服は買わないぞ……。




 さて、平日の午後2時と言うことで、空いたフードコートでお昼ご飯である。

 普段の僕なら、意地でも“家に帰って自炊する”を選択するが、今日は先輩に付き合ってやろう。

「先輩」

「なんだ?」

「僕の財布どこですか?」

「何で?」

「ご飯買うんで」

「俺の奢りだ」

「嫌です。お金のいざこざは全力回避しろと言うのが先人の知恵です」

「貰えるもんは貰っとけも先人の知恵だ」

う……その知恵は貧乏性の僕には痛い。

「でも、国都の偉い人から奢って貰うとか……」

普通なら先輩は、僕みたいな新人はペコペコと頭を下げて媚びを売る相手だ。

「なら、お前のとこに住まわせてもらっているお礼だと思え。俺の分の光熱費、水道代だ」

「…………だったら、いいです」

 ギブアンドテイクなら、まぁ許せるかな。

 でも、先輩の分の光熱費とか、考えたことなかった。それって、僕の中で、先輩が我が家にいることが当たり前になってない……?

 いやいや、ないない。

「何食いたい?」

「あれにしようかと」

「この中で一番安い奴か。遠慮してないか?」

「少食の僕にはぴったりの量です」

「いつもあんなか?もっとがっついてるだろ」

 ……失礼な。

「まぁ、いい。夕飯は飛びっきり豪華にする予定だからな。今、満腹になられてもつまらない」

「え?豪華にしなくていいですよ。いつも通りで」

 先輩は気合いが入ると何も考えずに実行するから困る。

 この前なんか、「やっぱり、冬はぶり大根ですね」と僕が言ったら、それから3日間連続でぶり大根が出された。何か先輩が勘違いをしているようだから聞けば、「“やっぱり”と言うから、冬はぶり大根を毎日食べるのかと思った」と、生真面目な顔で言うのだから、僕はそれ以来、自分の発言に注意している。

 先輩は僕の言うこと言うこと何でも大袈裟に取るのだから、好きと言う気持ちも程々にしてほしい。

 いや、僕への恋愛感情が原因とは限らないけど……。

「いつも通りじゃ駄目なんだ」

「何でですか?」

「……先ずは自分で考えろ。答え合わせならしてやるから。――すみません。天ぷらうどんを2つください」

 あ、冷うどんの予定だったのに。

「なぁ、天ぷらはエビと山菜とかき揚げ、どれがいい?」

「…………山菜で」

 文句を言うタイミングを逃したじゃないか。

「じゃあ、天ぷらは山菜とかき揚げで」

「はいよ」と、うどん屋のおじちゃんが返事をする。

 手際よく麺を器へ。

 スープが足され、天ぷらが…………美味しそう。揚げ物は家では料理しにくいから久し振りだ。

「真冬に冷うどんはないから。会計するから、俺のはネギたっぷり入れといてくれ」

「は、はい」

 僕はつい条件反射で先輩の指示に従う。仕事のせいか。

 でも、うどんから良い匂いがしてきて、本格的にお腹が空いてきたかも。

 そして、僕はセルフサービスなのをいいことに、ネギを2つの器に山盛りに入れた。





「お前、サンタ信じてる?」

「信じてません」

「信じてそうな顔してんのに、意外だ」

 どんな顔だ。

 僕のこと馬鹿にしてるよね?

「じゃ、どれ食いたい?」

「…………あの、ケーキとかいいですから」

「良くない。クリスマスはケーキだろ」

「今日はクリスマスじゃないです」

「そういう暖簾に腕押しみたいな言い訳はいらねぇから、大人しく食いたいの選べ」

 この人、僕のこと馬鹿にし過ぎ!

 なんて横暴なんだ。俺様暴君め。

 でも、うどんの件もあるし、今度は負けないぞ。

「なら、僕が買います」

「なら、俺も買う」

「2つも要らないでしょう」

「なら、お前が諦めろ」

「なら、選びません」

「………………」

「………………」

「……………………分かった。ここは譲ってやるから、好きなの選べよ」

 最初からケーキを買わなければ良いんだけど、この状況で買わないわけにはいかない。

 それに、先輩が喜んでくれるなら、一緒に祝ってあげてもいい…………ってわけじゃないぞ!

 ………………。

 僕は何を考えているんだろうか。

 先輩は僕をからかっていつも楽しんでいるじゃないか。なんで僕が“先輩の為に”なんて考えなきゃいけないんだ。

「ホワイトケーキ……これください」

「はい。今、クリスマスキャンペーンをしていますので、これもお付けしますね」

 クリスマス前からクリスマスキャンペーンって、僕ら以外にも早めのクリスマスを祝う人がいるんだ。

 クリスマスもお仕事とは、僕も含めた皆さん、お疲れ様です。

「七瀬、ちょっと買い忘れ。直ぐ戻るから、そこのベンチで待っててくれ」

「あ、はい」

 何を買い忘れたのかな。

 せっかく、こんなに大きいショッピングモールに来たのだから、必要なものは一気に買っちゃいたいけど。

 先輩が隣にいると、夕飯の買い出しに来た奥様方の視線を集めて居心地が悪かったし、少しだけホッとする。

 ただ、ケーキ屋のお姉さんの残念そうな顔は……つらい。

 そして、僕はミニスカ制服のお姉さんにケーキの箱を手渡しされ、「良いクリスマスを」と商業スマイルも貰った。僕も先輩の代わりにぎこちない笑顔で返した――と思う。


 それにしても、『良いクリスマス』ねぇ……。







 ふむ。

 やっぱり、こうなるんですか。


 先輩に体を揺さぶられて起きたら、目の前のテーブルがヤバイことになっていた。

 車内からの記憶がないから、帰りの運転の中で眠り、先輩に部屋まで運ばれ、干していた布団に寝かされたと言うことになる――しかし、お買い物の疲れからうっかり転た寝をしてしまったばっかりに……。

「こんなに作って……食べきれないですよ」

 先輩が女性なら良妻になれるスキルを持っているのは判っていますから、限度を知ってくださいよ。

 特に料理とか、手際もいいし、美味しいし。男なら一生料理に不満は持たないレベルだ。

「まぁ、余ったら、大野のとこに持ってくから」

 メインはクリームシチューで、寒い冬にぴったりなあつあつシチューだ。

 加えて、ローストビーフやらチキンやらグラタンやらサラダスティックやらパスタやらポトフやら……多すぎるから。

 小さなテーブルに乗り切らないのが台所で待機しているようだし。

 そして、先輩はワイングラスを棚から出してきた。

 あれ?そんなの家にあったっけ。

「ケーキの分の腹は開けとけよ」

 細長い紙袋――先輩が買い忘れていたらしいそれからワインを取り出した先輩。

「先輩、お酒はちょっと……」

「店員に訊いた。酒が苦手な奴には白ワインがオススメだって。度数も低いし」

「でも……」

「ちょっと飲んでみろ」

 ワイングラスにほんの少しだけ。

 一口だけなら味見程度だし。それに、そろそろお酒も付き合い程度には飲めるようにならないといけないから。

 大人のたしなみだよね。

 そう、大人ならきっと……頑張れ、大人の僕!

「ん………………ブドウジュース……?」

 違和感のあるブドウジュースと言う感じで、問題ない?

 まぁ、七瀬咲也(さくや)は大人だしね。

 ジュースの方が美味しいことには変わりはないけれど、これぐらいなら飲めなくもない。

「うん、大丈夫だな」

 先輩は僕と自分のグラスになみなみとワインを注ぐ。正直なところ、麦茶が飲みたいのに。

「じゃ、乾杯。メリークリスマス」

「…………メリークリスマス」

 そして、僕と先輩は畳みに座りながら、低いちゃぶ台に並べた料理達を前に、乾杯をした。



 僕と先輩のクリスマスのスタートである。


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