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歌姫の本音

 あれは紛れもない……キス……――

「なわけあるか!!」

 僕は叫ぶしかない。






「煩いよ」

 この声は……。

(れん)?」

「蓮だけどさ、まるでお化けを見たような顔しないでくれる?」

 相変わらずの美貌の彼は二之宮(にのみや)蓮だ。

「でも、暫く休みって」

「十分休んだし、ファンが待ってるから。それに、オーナーのSOSの為にもね」

 オーナーのSOSとはきっとあれだ。

 僕のバイト先である、この劇場の人気の歌姫へのファンレターや贈り物が日を追う毎に増えているからだ。

 当然、それらは一時的に劇場に置かれるが、場所がない。

 今、この控え室の中央テーブルも花が山積みになっている。勿論、何処かのアイドル並に人気な歌姫ウンディーネこと、二之宮蓮にだ。

 そして気付く。

「ホントに足は……」

 オーナーからは聞いていたが、蓮はよく休みの理由にヘンテコなことを言うため、オーナーが深刻そうな顔で言った時でも半信半疑だった。

 しかし、実際この目で見て驚いた。

 車椅子に座る彼の足からは生命を感じない。

「うん。だけど、マリアに負けるつもりはないよ」

 ふふふ。と笑う蓮はイヤリングを耳に付けた。

 流石なのか、蓮は足のことに動じてない。上辺だけかもしれないが、僕なら足が動かないだけで絶望して引きこもるだろう。

 僕は心も体もひ弱だ。

 僕は蓮の為にもう一つのイヤリングを付けながら言った。

「僕にはウンディーネを越すなんて無理だよ」

 僕自身も蓮の歌声のファンなのだから。劇だと思いながらも彼の歌の中の物語に引き込まれ、涙を誘われる。

 蓮は本物の歌姫だ。

咲也(さくや)、直ぐに無理って言うのは君の悪い癖だよ」

 確かに何でもやる前から無理というのは悪い癖だが、これに関して言えば、演劇は好きだが、あくまで生活の為であって本気じゃない。そんな僕が蓮に勝つなどと言うのは失礼な気がする。

「それでオーナーから聞いたんだけどさ、咲也、ここやめるの?」

 ああ……それ。

「面接で怒鳴った」

 それだけで蓮に通じる。

 蓮は咲也にしては気が短かったね。と最もなことを言われる。僕だって面接官があんなにしつこくなかったら怒鳴らなかった。

「咲也には悪いかもだけど、僕は咲也にここにいてくれて嬉しい」

 そう言われると僕も嬉しい。数少ない友人の服を僕は整える。動かない足元はきっと大変なはずだ。

 蓮は桂の金髪を耳に掛け、カラーコンタクトで金に統一した瞳で僕を見下ろす。

 そんな然り気無い動作が美しい。と、僕はふと思った。因みに、僕としては紺の方が好きだったりする。

 そんな同性を見る目が濁っている僕に気付かないのか、気付かない振りをしているのか、蓮はそのまま続けた。

「折角、マリアには一途なファンがいるんだから」

 マリアのファン。

 そう、僕には役者として舞台に初めて立った時からのファンがいる。

 劇団員全員が持つ二つ名で、この“マリア”という僕の二つ名も、そのファンからの花束に添えられた手紙からきている。

 僕の名前を知らないからか、その時に演じた「マリア宛に」と書かれていたからオーナーがそう名付けてくれたのだ。

 蓮の足元にも及ばない役者の僕に、毎回、僕が出た日には花束に手紙を添えて贈ってくれるファンの人。

 綺麗な字のそれは僕の宝物でもあり、僕の支えでもあるのだ。

「そうだった。咲也、これ」

 “これ”と、蓮が鞄から取り出したのは紙袋。

「ありがと。いつも悪いな」

「お互い様だよ。咲也、今夜は何?」

「うーん…しょうが焼きかな」

 思い付いた料理を挙げる。

「豚肉あったかなぁ……牛肉はあった。うん」

 頷く蓮だが……羨ましい。

 鳥か豚しか選択肢のない僕とは大違いだ。

「じゃあ、ビーフシチューにするよ」

「ありがとう」

 女役者を抜いて、劇団一の美人歌姫から笑みが零れる。

 それを見ると、昨日のことが吹き飛んだ。

 流石に今朝のことは吹き飛ばせないが……。

 あーだめだめ。忘れなきゃ。

「だから、お互い様だって」

 紙袋を抱いて僕は返した。

「明後日は空いてるかい?」

「もしかして……?」

「違うよ。ちゃんと効果があるか調べたくて。そうそう、苦いだろうから甘くしといたよ」

 蓮は良く気が利く。

「ありがと。明後日は空いてるから適当にきて」

 散らかっている部屋を思い出して明日は掃除をしようと決める。

「そうする」

 蓮は最後の仕上げに緋色の光が中で揺らめく琥珀の首飾りを服の内に入れた。

「それさ……」

「お守り。僕の大切な人がくれたんだ」

「手作り?」と、訊くと、蓮は車椅子を回転させて僕に背を向けて答えた。

「全て手作りだよ。この世にたった一つだけの」

 “全て”と言うのは多分、市販の鎖と市販の琥珀を繋げたという意味なのだろうが、何となく、鎖も琥珀も手作りという意味にもとれた。

「蓮、今もその大切な人には会える?」

「……………………………………………………………………会えないよ」

「そう……」

 蓮の“会えない”は色々な意味にとれる。大切な人はもうこの世にいないのか、会えない理由が何かあるのか。

 僕はあえて直接的には訊かなかった。訊いたら蓮が怒ると思ったからだ。

 蓮は不思議だ。

 歌姫でもあり、医者でもある。

 もしかしたらまだまだ裏の顔があるのかもしれない。だけど、蓮に関してこれだけは言える。


 僕はまだ、蓮の本音を聞いたことがない。


「マリア、先行ってるよ」

「……うん」

 綺麗な顔も、華奢な肩も、全て手作りに見える。



 蓮の大切な人はどんな人なのだろうか……。

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