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原因追求

 隼人(はやと)が熱を出した。

 風邪とは無縁の健康体を持つ隼人が、だ。


 その原因は僕。


 僕のせいだった。



『さく!』

『…………隼人っ……』

 思い出の場所で星空を見上げていたら、隼人が息を切らして僕の前に現れた。

 僕は咄嗟に、夜風で乾くのを待っていた涙を拭おうと腕を上げた。

『あ……その……』

 泣いてたなんて恥ずかしい。

 隼人がこれ以上近付く前に早く――

『泣いてたね』

 僕は両腕を掴まれていた。そして、そのまま頭上に掲げられてしまう。

 吊り下げられた冷凍マグロの気分だ。

『…………あう……』

 僕には手も足も出ない。

『どうしたの?ずっと帰って来ないし』

『そ……あ……』

 駄目だ。

 言えない。

 だからここに来たのに。

『言ってくれないと……』

 片手は僕の両手を、片手は僕の太股を。

『…………ぅっ……やだ……』

 酷いよ、隼人。

 いつもそうやって僕を試す。

 いつもだ。

『やだ……厭だよ……』

『さく…………でも、俺はね……』

 嗚呼、僕は隼人を困らせてる。

 僕の自分勝手で……。

『分かってる…………ごめん』

『ううん。俺こそごめんね』

 隼人は手首を放し、太股から手を離し、そっと僕を抱き締めた。

 強く……強くなる。

『…………隼人………………隼人ぉっ』

 涙が止まらない。

『うん。どうしたの?さく』

 もう無理だ。

 泣かないと、心臓が激しく痛む。

『ごめっ……僕……僕っ…………皆に迷惑ばっか掛けて……っ……それが厭で……うぅっ……』

 そこからは言葉にならなかった。

 だって、しゃっくりが止まらないから。

『隼人っ、はやっ……―』

『いい。先ずは泣いて。さくの気が済むまで泣いて』

 なんて隼人の手はあったかいんだ。

 温かい。

 ぬくぬくしている。

『うぅうう……!!』


 ごめん。

 ごめんなさい。

 僕、何もできないんだ。

 なのに、隼人やおじさん、おばさんに沢山お世話になって…………凄く情けなかったんだ。


 隼人は僕の背中を撫で、無言で僕の言葉を受け止めてくれていた。この我が儘すら隼人に迷惑を掛けているのに、ずっとずっと僕を抱き締めてくれていた。

 そして、最後に僕の手を引きながら前を向いて言った。


『さくは今のままでいいんだよ。だから、悩んで悩んでいいんだ。でも、俺の手が届く場所にいて』


 キザだ。

 キザだよ、隼人。

 とんだキザ野郎だ。


 と、自分でも火照りが分かるぐらい赤面した時、隼人が真冬日に薄手の長袖Tシャツ1枚だと気付いた。僕は寝袋巻いてるかのような寒さ対策ばっちりの重装備なのに。

『馬鹿野郎!何でそんな薄着何だよ!』

『お、元気になった?でも、ちょっと寒いかもね』


 へくしっ。


 隼人がくしゃみをした。



 次の日の朝、食卓の席に着く2秒前ぐらいに隼人はぶっ倒れた。

 最初、「さくはちゃんと学校に行くの」と汗だくの隼人に言われた。

 だけど、原因は僕だ。

 僕はどうしようもない焦りに駆られて「隼人と一緒ぉ」と泣き出してしまったら、おじさんもおばさんも隼人のお世話を僕に頼んでくれた。

 それからは、僕が隼人の世話をするはずなのに、ベッドに横たわる隼人に撫でられて添い寝をしていた。

 使命を思い出して眠りが浅くなってくると、隼人が僕の頭を撫でる。


 そうだ、隼人のお世話をしないと。


『大丈夫、薬なら飲んだよ』


 ねぇ、隼人……一緒だよ。


『一緒、一緒だよ』


 隼人は僕の光。

 そっと僕を照らす木洩れ日だ。






咲也(さくや)は朝はコーヒー?まだミルク派か?」

 少し頭痛がする。

「からかわないでください。牛乳でもいいですか?」

 と言うより、白湯をもらいたいぐらいだ。

「勿論。八尋(やひろ)君……高橋(たかはし)さんは――」

優一(ゆういち)さん」

「え……と…………何?」

 カーテンを閉め切った寝室は暗く、ドアの向こうの明るいリビングから優一さんが顔を出す。

「優一さんは先輩とどういう関係ですか?陸奥(むつ)さんも……」

「あ…………」

 優一さんが困った顔をした。


 嗚呼……駄目だ。


「いえ。何でもありません」


 僕の言ったことは忘れてください。


「先輩ならぐっすりです。起こします?」

「あ、ああ……今日は高橋さんを心行くまで休ませてあげよっか」

 青色エプロンの優一さんはフライパンとフライ返しを持ってリビングを横断する。これぞ所謂、『主夫』。

「分かりました。……あの、シャワー借りても?」

 先輩の酒臭いのと僕の酒臭いのとで、更に気分が悪い。早く流さないと。

「構わないよ。着替えなら俺のが、でかいけどあるし。タオルもあるの適当に使って」

「着替えは着ているのをまた着るのでいいです」

「そうか?」

「はい」

 僕は重い体を風呂場を探して引き摺った。



 結局、僕は優一さんの家で先輩に添い寝をした。

 だが、先輩は微かだが唸り声をあげ、僕は良く眠れなかった。

 優一さんは何やら一晩中電話を忙しなく掛けていたし。


 先輩は一体、何者なんだよ。


 マンションは激高家賃のとこだし、金持ちなのは分かるけど…………何考えてるのか良く分からないし。

 病気持ち?精神不安定?

「いや、僕じゃないんだし」

 ………………僕は先輩について何も知らない。


 違う。

 “知ろうとしなかった”が正しい。


 僕の世界は僕と隼人だけで成り立つ。

 何もない闇の中に淡くとも逞しい光。

 無は僕。

 光は隼人。

 隼人が僕の全てとも言える。


 (れん)は“友達”。

 先輩は“上司”。

 優一さんと陸奥さんは“仕事仲間”。


 僕と隼人以外は言葉……存在の名称……地位…………そんなものだ。

 “あんな感じ”や“こんな感じ”というものだ。



 つまり、僕は他人を知りたくない。


 知れば関係はより密になる。

 関係がより密になれば僕の外見だけでなく表面だけでなく、内を晒す時が来る。


「僕は醜い……」



 腐った肉に皮を被った――――




「――咲也!!」

 優一さんの声だ。

「………………優一さん……?」

 僕は風呂場に入って、酒の臭いを落とそうとしていたはずだ。

「お前、酒全然駄目なんじゃん!なのにシャワー浴びてぶっ倒れて……死ぬ気かよ!」

 優一さんの声は聞こえるのに、顔が見えない。それどころか、何も見えない。

 僕、目を開けてるよね?

 開けてるつもりなのに何も見えない。

「ちょっと寒いけど勘弁な!」

 寒い?

 どういうこと?と思っていたら、誰かに抱き上げられた。……多分。

 子供みたいに抱っこされてる気がする。

 などと、蒸した空間から出たと思った瞬間、冷えた。

 こめかみが痛い。

「ううっ……さぶっ……」

「今拭くから」

 感触からして、首筋から肩にタオルが掛けられた。頭にも背中にも尻にも……!?

「ひあっ!!!!」

 見えない!

 見えないけど、シャワーを浴びていた時の延長なら、僕は――裸!?

 何してんの、僕!

 どうこうしたら優一さんに裸の自分を介抱されるシチュエーションになるんだ!

 ヤバい、ヤバい!

 僕は変態じゃない!

「ちょちょちょちょちょ、ちょ、ちょっと待って!僕は大丈夫ですから!着替えれます!大丈夫、OKです!」

 視界もまだまだだけど晴れてきたし。頭の痛いのが倍増してるけど堪えられるし。

 ウニよりイクラより何より、裸はヤバいって!

「大丈夫って……顔真っ赤だし、足も膝も笑ってるぞ?」

 笑っているだけマシというものだ。

 同期に裸の体を拭かれる方が禁忌です!

「お、降ろして……っ」

 肩辺りに掛かるタオルを掴み、胸元を隠す。

 お前は女か!というツッコミは後だ。

「分かった。けど、そっとな。危なかったら俺に掴まれよ」

 優一さんは脱衣場で僕をゆっくりと下ろす。

 地に足が着く安心感。


 そして、頭に重い痛み。



「――――っ!?」





 僕は再び貧血で倒れた。





 原因は先輩。


 先輩に決まってる!

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