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僕にとっての……

最近は「啼く鳥~」より「一難~」の方が書けるような……頑張ります!

 今、僕は年下の女の子ととあるショッピングモールにきている。洋服やら小物やら何やらを見て回っているのだ。

 しかし、やましいことはないはずなのに、通りすがりの人達にしつこいぐらい見られる。


 いや、分かるよ。


 14の女の子と22の男が手を繋いで、夜の7時にショッピングモールを歩いてたらねぇ……。

 でも、言い訳するなら、明日に間に合わせるにはこの時間しかなかったのだ。

 仕方がない!




「うわぁ……背徳的」

「え?何か言いましたか?」

「う、ううん!……なんかいいの見つかった?」

「うーん……難しいです。ネクタイもハンカチもホテルが用意してくれるので、あまり必要なさそうですし……」

 肩より少し長い髪をふわりと首もとで束ねたティファさんは、顎に手を当てて考える仕草をする。

「ネクタイ、ハンカチ……靴下?あ……靴下も支給されるか」

「服は……駄目でしょうか」

 国都は職員に優しいが、それはある意味、信用されてないとも言える。

 綺麗なスーツにワイシャツにネクタイ、ハンカチ、靴下等々……タダで用意されるが、それ以外の着用は許されない。徹底的な衛生管理の下、僕達は体以外の自由がない。

 まぁ、僕みたいな貧乏人にとっては願ってもない程の良環境だし、これが国都のホテル業界での地位を守っているのだから何とも言えない。

「おとう様の誕生日プレゼントか……ダンディーそうな…………帽子は?」

 ダークスーツに革靴、黒ステッキ、重厚感溢れるパイプ。

 帽子をシワのある骨ばった手で外し、ぺこりと頭を下げるのは白髪と白髭のおじ様だ。

「ダンディー……紳士ですが、帽子は全然ですよ?」

「帽子使わないの?じゃあ、趣味は?」

「趣味……お義父様はお仕事が忙しそうで…………2匹のシェパードを可愛がってます。ですが……」

 案外、アウトドアな紳士みたいだ。

 しかし、おとう様が犬好きとなると、犬グッズ……というわけにもいくまい。趣味から斬り込むのはやめた方が良さそうだ。

 毎日――せめて時々、おとう様が使うものに何かないだろうか。

「…………僕なら、衣服の他に鞄を出勤に使うかな。身分証持って、財布持って、メモ帳持って、ボールペン持って……」

「あ、万年筆です!」

 万年筆って金属っぽい先をインクに付けてカリカリするやつだよね?

「万年筆使うの?」

「はい。昔、万年筆で手紙を書かれているのを見たことがあります」

 やっぱり、ティファさんのおとう様はダンディーだ。

「お義父様はパイロットのものを愛用しているんです」

「それってメーカー?」

「日本のメーカーです。ほら、これですよ」

 “エラボー”と読めばいいのだろうか。

 お値段は日本人お手頃価格の2万5千え……ん!?

「高っ!!」

 万年筆が2万5千!?

 筆記具って万単位で売られるものなのか!?

「万年筆は高いのは何百万と掛かるんです。ちゃんと、稼いで貯金したお金で買いますし。……それに、お義父様には感謝してもしきれない程の恩がありますから」

「でも、君の年でそんな高い買い物はおとう様が心配すると思うよ」

 しょんぼり。

 エラボー万年筆を前に、透明の耳が垂れた。

 なんだか可哀想だ。

「じゃあ、一体何を……」

 ヤバい。

 折角、ティファさんは納得のいく贈り物を見付けたのに。

「手紙書くなら、便箋は?最近は色んなのあるし」

「便箋……四つ葉の綺麗ですね!」

 四つ葉のクローバーか。

 茶便箋に緑のクローバーは粋であり、古風。

 これならいつの季節でもOKだろう。

「でも、桜も捨てがたいです。お義父様は桜が好きですから」

 桜は今の季節には時期外れだが、おとう様が好きなら問題なしだ。

「これ、綺麗だね」

「……決めました!桜にします」

 満面の笑み。

 ティファさんって、いい子だなぁ。



「あ……先輩の考えてなかった!」


 と、僕はティファさんをホテルの前まで送ってから、ふと思った。

 “おとう様への誕生日プレゼント選び”以外、職質されないかと心配しててすっかり忘れてたのだ。


 …………ま、いっか。


「先輩もいい年してプレゼントなんかいらないでしょ」


 そうそう、先輩はいい年した大人なんだから。







 いい年した……――


「その手は何ですか?」


「プレゼント寄越せよ」



 7月27日、先輩の誕生日。

 貯金を切り崩して完全予約制の寿司屋に来たのだが、肝心の主役は超ご機嫌斜めだった。

 午前の仕事中も険しい顔して唸ったり、壁に凭れて職務怠慢したり。残念なことに、尊敬できる要素が 何一つないダメ上司になっていたのだ。

 それどころか、世話の焼けるのなんのって……。

『ちょっ、どうして先輩が客室で寛いでいるんですか!』

『働け、七瀬(ななせ)。先ずはゴミ箱の回収とゴミ捨て。ついでに俺にお茶請け持ってきてくれ』

『………………』

『早く』

『――――ああもう!お茶請けは持ってきませんし、寝転がってスーツにシワ付けないでください!』

『なら、寝ずに座るし。それより、きびきび働け』

『一体、何よりですか……』

 先輩は上司権限でソファーに腰掛けたままテレビを見、そのまま眠ってしまっていた。すやすや寝てる先輩はイライラするけど、静かでいい。

 そして、いい子の僕はテレビを消してせっせと掃除をしたのだ。


 僕って、つくづく真面目でしょ。



「ほら、プレゼントは?」

 先輩は手のひらを僕の眼前で揺らす。それも、眼前5センチぐらいで。

 危なっ!?

「プレゼントは今日の食事です!」

 先輩の食事代を完全に3等分した割り勘だし、プレゼントと言っていいだろう。

「誕生日の人間に飯は普通奢るだろ」

 そうだけど!

 サプライズ誕生日会に呼んどいて、自分の分は自腹ね、なんて悲しいこと言わないけど!


 だけど、この貧乏人が万札出したんだぞ!?


 東京に来たばかりの頃は“ご飯に炒めたモヤシ、凝ったのは味付けのみ”の僕が一夜の食事に万!

 モヤシの安さと万能さに魅せられた方なら、僕の気持ちが分かるはず。その方はきっと、一度でも貧乏生活に手を伸ばしただろうから。

「上司の誕生日なんだからプレゼント寄越せ。陸奥(むつ)大野(おおの)もくれたのによぉ」

 うわ、ヤンキー口調だ。

 確かに、陸奥さんは孫の手、優一(ゆういち)さんは耳掻きを先輩にあげていた。

 しかし、二人は先輩のことをどう思って、あれらをプレゼントにチョイスしたのか……。

 25歳独身男(上司)に孫の手と耳掻きを送る彼らの度胸は見習えないほどだ。

「……なら、先輩の欲しいものを言ってくださいよ」

 しょうがないから、予算内でなら明日にでも買って来ようじゃないか。


 小さな部屋に小さなカウンター。6人分しか座る場所はなく、板前さんみたいな板前のおじいちゃんが 黙々と寿司を握る。その握られた寿司の旨さは天下一品だ。

 陸奥さんは変わらずスーツ姿で背筋をピンと張る紳士。優一さんは陸奥さんのお猪口にお酒を注いで、二人で談笑している。

 仲がホントに良さそうだ。

 そして、僕と優一さんに挟まれたお誕生日席に先輩はいる。孫の手と耳掻きを鞄と一緒に荷物置き場に置き、寿司をつまみにして食べるのだ。

 嗚呼……勿体ない。


「俺が……欲しいのは…………」

 残していたウニとイクラの寿司を見下ろしていた僕は、先輩が喋りだしたので顔を上げた。

 しかし、口を閉じた先輩はお猪口も僕も何も見ずに、真っ直ぐ前を向いて――


 虚ろな目だ。


 先輩の真っ直ぐ前は時が過ぎて味の出た壁の木目だが、先輩は何も見ていない。

 目が開いているのに、何も…………。

「先輩、大丈夫ですか?飲み過ぎですよ。顔赤いし」

 僕は先輩に声を掛けていた。

 朝は不機嫌、昼も不機嫌、夕も不機嫌。

 子供みたいに僕に当たってきて、やっと静かになったと言うのに――僕は先輩に声を掛けていたのだ。

 だって、僕の胸が焦りに高鳴るから。

 どうしてかも、何故かも分からないけど、なんとなく嫌だった。

 もしかしたら、デジャヴかもしれない。


 自分の過去のデジャヴかもしれない……。


 先輩は虚ろな目のままお酒に手を出す。

 だから、僕は先輩が掴むお猪口を奪おうとした。

「これ以上は駄目です!」

 早く僕を見ろよ!


 しかし、先輩が僕の手を払った。


「!?」

 お猪口が落ちる――!!


 もがいた手は激しく跳ねた心臓を咄嗟に押し潰して、僕の背中は曲がる。

 痛い、ヤバい、高そうなお猪口!


「おっ……とぉ」


 先輩の背後から現れた手がお猪口を間一髪で受け止めていた。

「優一さ……」

「酒に酔っても酒に呑まれるなって知ってるよね?」

 優一さんはカウンターに突っ伏す先輩の背中を撫でる。口調も変わっているし、案外、優一さんは世話焼きなのかな?

「家に帰る?」

「………………ヤダ……帰りたくない……」

 ぐったりした先輩は優一さんに凭れ、掠れ声で囁く。優一さんの肩に流れる先輩の前髪は先輩の表情を隠していた。

『嫌だ……帰りたくない…………家に帰りたくない』

 そうか。

 先輩は昔の僕に似ているんだ。

「俺の家に来る?」

『さく、俺の家においでよ』

 優一さんの声に隼人(はやと)の声が重なる。

八尋(やひろ)様、今日はもう大野さんのところでお休みに。タクシーを呼びますから」

 陸奥さんが先輩をそっと支える。

 あーあ、お誕生日会も終わりか。

「先輩、お休みなさい」

 ウニとイクラ食べて帰ろうかな。

 優一さんが先輩を引き摺り、陸奥さんは携帯を開く。

 僕は店のドアを……――



 くいっ。



「先輩……?」

 先輩の指が僕の服の袖に引っ掛かった。


「…………なな……せ」


 何?

 何が言いたい?


『隼人……隼人……隼人…………』



「……傍に…………」


 何を言う気だ?



「傍に……いてくれ…………」



『傍にいて……』

 優一さんも陸奥さんも先輩にとって……僕にとっての隼人と同じ。


 だから――



 だから、僕にその目を向けるな。





 すがられても、僕にはあんたを助けられないんだ。

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