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気になること

相変わらずの季節感ムシ!

もう初夏ですよー(/゜∇゜)/゜∇゜)o

『私は貴方に救われました』


『「まだ終わるのは早い」』


『その言葉を胸に私は生きていきます』


『ありがとうございます』



 “マリアのファンより”




 上演52回。

 51通の手紙。

 何度、僕の涙を拭ったことか。

 何度、僕をこの世に留めたことか。


 貴方の手紙に、

 貴方の一字一字に、

 僕は救われてきたんだ。



 ありがとうございます。







「来てくれてありがとう」

 ハグ&頬っぺたチュー。

 これぞ友達特権。

(れん)の頼みなら喜んで」

 たとえ、一人人生ゲームをしようと考えて偽紙幣を並べていた最中でも、蓮に「お願いがあるんだ」と言われれば飛んでいくのが僕だ。

 因みに、一時期ブームになった人生ゲームは僕の誕生日に先輩役者が譲ってくれたのだ。

『休日何してんの?』

『読書と散歩を……』

『それだけ?』

『まぁ……それ以外することがないので』

『だと思って、これやるよ』

 と、貰ったわけだが、先輩役者はつまり、僕が寂しい休日を過ごしていると思っていたということでもある。それに何より、貰ったのはいいが、いざ休日に遊ぼうと意気込んでも、一緒に遊ぶ相手がいない残念な僕であったのだ。

 しかし、一人っ子の空想力は一人人生ゲームの楽しさを教えてくれた。時折、今でもコソコソと遊んでいたりする。

 益々、残念な僕だ。




 さて、蓮の頼み事とは――


「ふぁっ」

「黙れ!」

「っぅ」

 と、耳もとでお叱りを受けて、不覚にもぞくりときた僕です。そして、僕の立場を思い出して、口をキツく結ぶ。

 だけど、強く抱き締められていれば、僕の心臓も高鳴ってしまう。


ドクン……ドクン……――


「ん?咲也(さくや)?…………咲也!」

 僕はそのバリトンボイスを遠くに聴いていた。




「大丈夫?」

 ポニーテール美人の斎藤(さいとう)さんが僕を見下ろしていた。

 見下ろす人物は決まってないが、見下ろされるというこの状況はよくあることだ。

 どうやら、また僕はダウンしたらしい。

「……大丈夫。久し振りで緊張して……」

「やっちゃんがぎゅーってするからだよ」

「いや…………ごめんな、咲也。辛かったんだよな。俺、『黙れ』なんて言って……」

「フレアが喋っちゃいけないよね。僕の方こそごめんなさい」

 シン・フレアは声を失っている設定だから、八重(やえ)君は全然悪くない。

 ちょっとだけ、抱擁に驚きはしたが。

 台本通りなのだが、僕より年下なのに逞しい腕にデジャヴ的なのが……。


 あのね!その!

 隼人(はやと)みたいとかじゃないよ!

 隼人にデジャヴじゃないよ!

 隼人は隼人で、珠樹隼人で、隼人は隼人以外にはならなくて、これは浮気じゃない!!


「ん?咲也?なんか興奮してないか?」

「ぼ、僕は……浮気はしてない……です」

「“浮気”?それとも“浮き輪”か?」

「プール?あ、プール行きたい!」

「斎藤ちゃん、しぃっ!」

「うぃー。蓮呼んでくるー。カーテンコールは済んだろうしね」

 斎藤さんが控え室を出る。

「あ、舞台は……」

 カーテンコールってことは無事終了したのか?

 あれから舞台はどうなったんだろう。

「咲也は最後まで演じてくれたよ。幕降りた途端に意識なくしちゃったけど」

 良かった。

 迷惑は掛けてしまったけど、蓮のお願い遂行はできたようだ。

「今日はありがとうな。新しい職場にやっと慣れてきたろう頃合いに休日返上させちゃって。でも、咲也とまた舞台に立てて嬉しいよ」

 嗚呼……泣きそうだ。

 嬉しいなんて言われたら、それこそ嬉しい。

「あの、新しい職場の皆は要領よくて、何でもてきぱきできるけど、僕はトロくて……。辛いけど、僕、ここで貰った沢山のこと思い出して頑張ってます。僕も劇場の仲間達とまた舞台に立てて嬉しい……です。ありがとうございます、八重君」

「はは、なんか照れ臭いな。ま、いつでも遊びに来いよ。オーナーもコーヒーを飲んでくれる相手がいなくて寂しそうだし」

 オーナーのコーヒーはユニークな味がすると評判だ。というか、不味い……らしい。

 でも、僕はオーナーの入れてくれるコーヒーを気に入っている。

 苦味と甘味の絶妙な融合がいい。

 誰も理解してくれないけどね。

 八重君が屈強な体と精悍な顔付きに似合わず、ウインクをした。




 化粧した顔を洗い、カントリー風のワンピースを脱いでジーンズとTシャツに着替え、衣装を畳んでいた時だ。

 静かに控え室に入ってきた蓮がガラス越しに見えた。

 長いウェーブの掛かった金髪姿はオッド・アイの瞳を見ないと別人と勘違いしそうだ。

「夏バテの美穂子(みほこ)ちゃんの代わりに入ってもらったのに、咲也が夏バテになりかけちゃあ、僕は謝った方が良さそうだ。舞台はライトもあるし、冷房増やすべきだよね」

 確かに少々暑くもあったが、僕がばたんきゅーしたのはもっと言い難い理由からだ。

 男の人に抱き締められたからとか、僕の恋愛事情を知る蓮にバレたら、呆れられるに決まってる。

 『“隼人”はどうしたわけ?』

「う、浮気じゃないんだよー!!」



 あ。



「咲也、もう2・3回寝たら?」

 違うよ、蓮!

 憐れまないでよぉ!

 僕は畳んだワンピースに耳まで赤くなっているであろう顔を隠す。

 物凄く恥ずかしい……。

「冗談はさておき、プールで打ち上げだよ」

 え?

「プール?」

 何でプール?

「斎藤ちゃんがプール行きたいって言ってね。そしたら、皆もプール行きたいって話になったんだ」

 多分、そのプール行きたい症候群の原因は八重君であり、テンパって浮気と言った僕だ。

 かつ、外の晴天と茹だるような暑さのせいだ。





 近況報告をしよう。

 無事、3ヶ月の研修期間も終わり、イニシャルの入った銀バッジを貰った。衣服に付ける必要はないが、晴れて国都一員となったことの証らしい。

 今は大切に財布に入れている。

 季節は初夏であるが、今年は早くも猛暑だ。

 暑い。

 暑すぎる。

 先々週は例年より早いクーラーの総点検が行われた。

 しかし、何よりも面倒だったのが、6月の湿気対策だ。

 特に、シーツ類の入れ替わりが早い。

 いくら空調管理が素晴らしくとも、じめじめ感は付きまとい、シーツやら何やらを運んだりと、あらゆることがかったるかった。

 いや、ゴールデンウィークも面倒だったかな?

 そんなわけで、先輩の下で優一(ゆういち)さんと陸奥(むつ)さんと四人組を組んでいる。

 そして、ご褒美の飴玉もクッキーの缶にかなり貯まり、最近は英語を勉強しつつ、国都の人達全員の名前と顔を一致させようとしているところだ。

 けれども、人数が多すぎる。

 無理ぃー。なんて思って現実逃避に人生ゲームをしようとしていた矢先に、蓮から頼まれ事をされたのだ。

『美穂子ちゃんが夏バテみたいでさ、「シンシアの亡霊」のフレアがいなくて困ってるんだ。咲也は演じたことあるだろう?一切セリフのない役だし、時間が空いてたら昼の部に出られないかな?……僕は君しか宛がないよ』

 国都では下っ端の完全に雑用係なのに、劇場では必要とされている。

 それに、最後の“君しか宛がないよ”の“君しか”!

 つまり、『僕しか』!

 蓮にそんなことを言われてすっ飛んで行かない奴はいないね。

『シンシア(蓮の役)、今すぐ行くよ!』

 と、照り付ける陽射しの中、劇場へ走ったわけだ。




 蓮の復帰からウハウハな程売上げがupしたらしく、オーナーが全員分の水着を借り、かつ、知り合いに頼んで貸し切りプールを用意してくれた。

 というわけで、ゲストの僕も『打ち上げinプール』に参加することとなった。



 のだが、



「あっれー?咲也じゃん!」

「こんにちは……優一さん」

 何故に休日の貸し切りプールで優一さんに抱き着かれるのだろう。

 優一さんは海パンで半裸(若々しくてみずみずしいお肌だなぁ……)。かつ、額にゴーグルだ。

 濡れているし、今までプールで泳いでました。という感じがあるのだが。

「ところで、どうして咲也がここにいんの?」

 それは僕の台詞です。

「ここ、今日、貸し切りって……」

 だから、久々のプールに1番のり目指して超特急で着替えたのに。

「かの有名な歌姫様がいる劇場の人達の貸し切りだってさ。八尋(やひろ)君……高橋(たかはし)さんが言ってた」

 もう八尋君でいいじゃないか。

 でも、優一さんと先輩が過去に赤の他人ではなかったことは分かるけど、この二人はどういう関係なの だろう。

 ……………………ん?

「え?……先輩がなんで……」

 先輩が何だって?

 今、僕達の会話に先輩の出番があったりしなかった?

「なんでって、このプールは八尋君の――」

七瀬(ななせ)?」

 この声は……。

「……先輩?」

 やっぱり先輩だ。

 黒髪バサバサさせた先輩は……体格良すぎ。

 腹筋割れまではいかないが、でこぼこしてるし。というより、引き締まってる。

 ――いやいや、何で僕は先輩の半裸に見とれてんの。男の上半身なんてどうでもいいよ。

 僕は隼人の胸板だけでいいし!

「お前、また迷子か?しょうがないから家まで送る」

 先輩って、つくづくムカつく人だと思うんだけど。

 一体、この世界のどこに、

 自宅から徒歩30分&車で小1時間で着く、都心の筈なのに窓から見える景色がジャングルの特大貸し切りプール

 まで迷子になる奴がいるんだ!

「僕はその……」

 説明しづらいな。

 こーであーなんです。って簡単簡潔に言いたいのに。

「こんにちは、咲也の上司さん」

 いい具合に蓮のフォローが入る。

 オーナーが気を利かせて蓮の為に車椅子のプールサイドでの使用の許可をもらってくれたのだ。

 なので、モスグリーンの半ズボンと半袖ホワイトシャツの軽装で、蓮は車椅子を僕らのもとへ進めてきた。

「まさか、劇団の方々にあなたがいたとは。奇遇ですね、二之宮(にのみや)さん」

「本当に。今日は僕達劇団の打ち上げなんです」

宮代(みやしろ)さんもそうおっしゃってました」

 “宮代さん”はオーナーの苗字だ。

 てことは、オーナーの知り合いって……。

「しかし、七瀬がここにいたのは驚きです」

「咲也は病欠の子の代わりに急遽舞台に出てくれたんですよ」

「舞台!?咲也って役者だったのか?」

 思わぬ優一さんのキラキラ目線にぶつかって、僕は俯きながら頷いた。

 ここで「大抵女装してますが」とは言えない。

「恥ずかしがるなよ、咲也。役者さんなんて凄いだろ!」

 ううう……優一さんのハグとお言葉が辛い。

大野(おおの)、行くぞ」

 優一さんを僕からひっぺがす先輩。

「ええー、咲也と遊びたい。咲也もそうだよな?」

 と、言われても。

「俺達は部外者だ」

「いーじゃん。ここ八尋君のなんだし」

 …………………………????

 “八尋君の”?

「おい!大野!!」

「……あ!やべっ!」

 ヤバい?

「じゃ、水曜日な!!」

 かなり露骨な話の逸らし方だ。でも、何がヤバいのか分からない。

 僕は伏線とやらはことごとくスルーしてしまう人間だ。

 それよりも、先輩と大野さんの後ろ姿が水着姿でもカッコいいという事態が気になる。

 足長いし。


 ……一番カッコいいのは隼人だから。



「マリアーっ!!」

「マリアちゃーん!!」

 まー君とみっちゃん登場。

 続け様に僕にアタック!

「い、痛い……」

 腰に響くよ、若者達。

「ねぇねぇ、八重さんみたいに投げてよ!」

 まー君が指さす方向には、プールの中で子供達を次々と投げる八重君。と思いきや、張り艶肌のお姉様方も投げている。

 あれは男なら羨ましい役だな。

 しかし、大きな声では言えないが、僕は隼人の重量と温もりが好みだ。

石榴(ざくろ)さんに言いなよ。僕には無理」

「ひょろひょろマリアめ!」

 ひょろひょろだよ!

 みっちゃんがあっかんべーをし、まー君もぱたぱたとみっちゃんを追って行った。

 なんだけど、みっちゃんもまー君もスクール水着とは……誰の趣味だか。


 と、


 先輩が出入口付近から僕をじっと見ていた。

 僕と先輩の距離は10メートル程だし、途中に椰子の木っぽいのも植わっているが、僕を真っ直ぐじっと……。

「っ」

 何だか胸元がざわざわして、僕は顔を背ける。

 しかし、背中に突き刺さるような視線は暫く消えなかった。


 何で僕はこんな逃げるみたいなことを……。


「咲也?大丈夫かい?」

 無意識に羽織っていたパーカーを握って縮こまっていたらしく、蓮が僕の腕に触れた。すると、すぐに嫌な感じは消え去る。

「…………大丈夫だよ」

 僕は後ろを見ないように蓮の車椅子を押してあげた。







「咲也って、役者さんだったんだ……。八尋君は知ってたわけ?」

 シャワーを浴びつつ、優一は隣のボックスに入った八尋に話し掛けた。

「……………………」

 八尋の方からはシャワーの音しかしない。

「八尋君?」

「―――――」

「え?何?」

 シャワーに掻き消された言葉に首を傾げて聞き返すが、八尋は何も喋らなくなった。


「ま、いっか」


 知っていようといまいと、優一にはどうでもいい。


「先に着替えて待ってるから」


 除湿高めのクーラーの効きは良く、流石、上級のクラブ会員専用プールだ。掃除も隅から隅まで行き届いている。

 優一は脱衣室に入り、温かいタオルで頭を雑に拭いた。

「八尋様は?」

「まだシャワー浴びてますよ」

「今日は随分泳がれてましたね」

「八尋君ががむしゃらに泳いでたなぁ……。あ、さっき、咲也がいた。ほら、劇団の知り合いみたいで」

「七瀬さんがですか?それは奇遇ですね」

「奇遇過ぎ。俺と八尋君だけなら何とか誤魔化せても、陸奥さんも揃ってたらマジでヤバかったかも」

「ならば、八尋様を少々急かしましょうか」

 陸奥は重なったタオルから1枚取ると、スーツ姿でシャワー室に向かう。

 そこまでするなんて、八尋君が餓鬼じゃあるまいし。と思いながら、優一は着替えを再開した。


 そして、


「俺も八尋君に依存し過ぎか……」


 ポツリと一言、脱衣室に響いた。

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