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獏と夢枕

どうにか予告通り投稿!

「さくっ!」

「…………………え?」

 眼前にはイケメン。


 てか、隼人(はやと)だ。


「何?」

「勉強やめよ」

「何で?」

「さくがつまんないから」

 勿論、僕が勉強をつまらなそうにしているのではない。第一、僕はさっきまで勉強をしていて、隼人が僕の勉強を中断させたのだ。

 つまり、僕が勉強をしていることに隼人はつまらないのだ。

「勉強やめてベッドに……」

「盛るな!」

 「ささ、お姫様」と恭しくベッドへ案内しようとしている隼人だが、冗談じゃない。大好きな隼人のエスコートだろうと、僕には“赤点回避”という、性の戯れよりも重大な使命があるのだ。

「えー。火曜からだから、2日間も俺達健全にしてるよ?」

 ローテーブルの向かい側でぷくっと頬を膨らませる隼人。その横顔には何とも言えない色っぽさや艶っぽさがあった。

 不覚にも、パラメーター表示にした“赤点回避”と“お乱れ”が一瞬、乱れる方向に振り切れる。


 あの顔を焦らせてみたい。

 みたいな。


 ま、そこは自分に「お前は変態か!!」と、架空のハリセンでツッコミを入れて衝動を治める。それに、健全であって当たり前、不健全であることの方が問題だ。

「隼人と違って僕は頭良くないの。また英語で赤点取ったら、今度こそ留年だよ」

 僕は英単語帳に目を通しながら言った。


 隼人は頭が超良い。

 学年で5番以内をキープし続けているのだ。

『英語の点数いくつ?』

『ピリオドがない。とか言われて、2点も引かれた。だから98点』

『……化学は?』

『んーと……有効数字を1問間違えたから、99点』

『………………国語』

『薔薇って漢字で書こうとしたら、ちょっと間違えちゃってさ。見栄張らなければ良かったなって思った』

『……へぇ……』

『97点だよ』

『……………………』

さて、僕の得意な数学は……――


『………………数学は……――』

『満点』


 どうせ僕は72点ですよ!!

 と、僕は心の中で泣きながらメガホン持って叫んでいた。


「じゃあ、さくが留年する時は俺も留年する」

 真剣な顔で隼人はそう言い返してきた。

 隼人は厄介だと思う。

 言うことは天然でタラシなくせに、行動は現実的で、言ったことは必ずする。

 そうなると、これからの隼人が堕落するか上昇するかは恋人の僕に掛かってくるのだ。

「おばさんとおじさんに申し訳ないよ!」

 馬鹿な僕のせいで隼人が留年なんて絶対に駄目だ。

「明日のテスト終わったら、僕のその日全部は隼人にあげるから!」

 こうなったら、明日の英語だけ赤点魔から逃げ切れればいい!化学はあと1回ぐらいは大丈夫だ!

 多分……。

「本当?本当に明日は俺にくれるの?」

 隼人が両目をうるうるさせて子犬みたいだ。しかし、見えない尻尾をふさふささせている隼人はやっぱり大型犬で、頷いた僕に抱き付く隼人には重量があった。

 僕の胸に顔を埋めた隼人は鼻をすんすんさせて僕の体臭を嗅ぎ(恥ずかしい)、僕をぎゅうっと抱き締めて大人しく離れる。

「さく……大好き」

 反射的に火照った僕の頬を舐めるかのように、首筋から掛けられる隼人の吐息。

 これはなんとも……――

「は……ぅっ」

 僕は鼻から抜けるようなすっとんきょうな声を出してしまうが、それどころじゃない。

 隼人が僕の耳たぶを甘噛みし、本物の舌を僕の耳に入れてきたのだ。

 凄く熱く、ふにふにした異物が敏感な箇所を擽る。

 ヤバい!

「はやっ……と」

 さっき明日って言ったじゃん!

 僕はありったけの力で肩口に吸い付く隼人をひっぺがそうとした。

「むむうぅ……さぐぅ。酷いよおぉ」

 片方の頬を潰されていて折角のイケメン面が台無しの隼人。それに、“さく”も言えてない。

「“酷いよ”じゃないよ!何してんだよ!」

「明日さくが俺にどう料理されるかと思うと…………」

 ぶふっ。

 吹き出す隼人。


 駄目だこいつ。

 と、僕は本気で思った。


 隼人は口も利けずに呆れていた僕を抱っこしてその場で回りだす。それは躊躇いもない滑らかな動作で、気付いた時には強制コーヒーカップを体験させられていた。

「ちょっと!!」

「明日が楽しみだなぁ!一緒に帰って、一緒に遊んで、一緒にお風呂入って、一緒にベッドイン!」

 くるくるくるくると…………。

 僕は目が回り、隼人は満面の笑顔。

 隼人の笑みって可愛いなぁ。

 しょうがないので、僕は隼人の肩に頭を乗せて、隼人にされるがままになる。

 壁が……ドアが……窓が……。

 その時、ローテーブルに乗った英単語帳の青い表紙がぼんやりと見えた。

 脳裏を掠めるのは“勉強”……なんだけれど、


 嗚呼、今はいいや。


 隼人が回転速度を徐々に遅くして止まっても、僕は隼人から降りなかった。隼人はそんな僕を抱っこしててくれる。

「隼人……」

「んー?……眠い?」

 片手で僕の尻を支え、もう片手で僕の頭を撫でる隼人。そして、隼人の大きな手……。

 僕はその手を求めて首を動かした。

「隼人……もっと撫でて……」

 もっともっと撫でて。

「分かった。さくは撫でられるの好きだしね」

 「よしよし」と隼人は僕をもっと撫でてくれた。


 隼人の言う通り、僕は撫でられるのが好きだ。

 何故なら、撫でられるのは気持ちよくて、少なくとも、相手は僕のことが嫌いではないと分かるから。この人は僕が傍にいることを許してくれていると分かるから。


 小さい時、父は僕の頭を撫でてくれた。

咲也(さくや)、誕生日おめでとう』

 ミニカーを一台くれた。赤い車体のスポーツカーだ。ピカピカしながら、室内も外も真っ直ぐ走った。

 けれど、今はもうない。

 理由は母が塵に捨ててしまったから。

 父のワイシャツもネクタイも、僕の鉛筆も消しゴムも、父が僕にくれたたった一つの誕生日プレゼントも。

 母は手当たり次第に家にあるものを捨てた。

 そして、僕も捨てた。


「あったか……い……」

 隼人は日溜まりだ。

 ぽかぽかして、ぬくぬくしている。

 隼人は初めて僕を抱き締めてくれた。

 隼人は初めて僕の居場所をくれた。

 僕は隼人と……――

「勉強お疲れ様。おやすみ、咲也」



 僕は隼人とずっと一緒にいたかったよ……。







 大きな手だな。

 隼人みたい。

 とか思った。


 僕の前髪を退かすように、額を晒すように撫で上がる大きな手。


 あ……離れる……。


「どうした?」


 行かないで。

 もう僕を一人にしないで。

 僕と一緒にいて。


「分かった」


 ずっとだよ……。





 チュンチュンと雀が鳴いているよ。

 うわあああぁと僕も泣いているよ。

「デジャヴ……」

 なんだが、デジャヴはデジャヴでも、最悪な方向にグレードアップしたデジャヴだ。


 起きたら先輩に腕枕されてました。


 おいいぃいっ!!!!

 ツッコミ満載過ぎて僕は完全に硬直状態。

 ペラペラのカーテンから朝日だけは美しい僕のいつもの部屋。そして、壁掛けの時計を見る限り、いつもより早起きみたいだ。

 レトロな春の彫刻の施された時計は、劇場で働いていた時に、毎年恒例のクリスマス公演の後にやったオーナー主催のパーティーで獲得したものだ。但し、“じゃんけん大会”なるものに参加し、『全員にボロ負けしたで賞』の賞品だ。そのことはちょっとだけトラウマだったりする。

「いやいや、そんな話はいいから!」

 精一杯の囁き声で迷走しそうな自分の思考を正す。

 今は現状把握が先だ。


 先程も確認したが、僕は腕枕され中だ。

 誰にって?

 国都ホテル雑務チーフ、高橋八尋(たかはしやひろ)さんこと、先輩にだ。

 普段ならここから、

 “何してんですか!!!!”

 “変態!!痴漢魔!!”

 なる悪態が喉から吐き出されたりするのだが、今は冷静になろう。

 現状把握に一旦は努めるのだ。

 僕はコートを脱がされ、蓮のところへ行った時のままの姿。そして、押し入れに仕舞ってあったはずの敷き布団に寝かされ、毛布が丁寧に掛けられている。その上に脱がされていたコートと、先輩の片腕。

 知ってた?

 成人の片腕は約2.5キロはあるらしいよ。だから、よく彼氏に横抱きにされて眠る彼女とかっていうベタな展開があるけど、きっと、女の人は重いなぁって思ってるよ。

 つまり、僕も先輩の腕に確かな圧力を感じていたりするのだ。お腹が押されてる気が……。

 これで現状把握は終わりなのだが、先輩を起こせなかった。

 具体的な理由は僕自身言い表せないが、国都'sスーツに黒い無地のコートで先輩は眠っていたのだ。エアコンのない僕の部屋で寒いだろうに……。しかし、僕の横にいる。

 今日も夢を見たような気がする。覚えていないが、少しだけ寂しい感じになっていた。そんな僕の横に先輩はいたのだ。


 不覚にも、心の隅に先輩に感謝している僕がいた。

 もし起きた時、傍に誰もいなかったら、僕は泣いていた気がするから。


「不法侵入についてはあとできっちりきっかり問い質しますから」

 寝顔が子供みたいな先輩の体に毛布をずらし、僕はキッチンに立つ。

 出勤時間まであと2時間。

 昨日のうちに作っておいたスープがあるから、食パン焼いて、目玉焼きを付けて……先輩って朝はどれくらい食べるのだろう。

 隼人の場合、朝はコーヒーとマーガリンを付けたトースト1枚だけで、いつもおじさんと新聞の取り合いをしていた。

『あれ?母さん、今朝の新聞は?』

『トイレで読むって。(みのる)さんったら、意地になって可愛い』

『可愛くない。そこは止めてよ。ああもうっ、逃げ込むならトイレ以外にしてくれたらいいのに。父さんが読み終わるまでトイレ入れないじゃん』

『隼人が穂さんを苛めるから』

 ふふふと長い髪をふわりと後ろに束ねて、おばさんは隼人の寝癖を撫でた。そんな和気藹々な雰囲気に、僕は無意識に羨む視線を送っていたのだと思う。おばさんはにこりとして、僕の曲がったネクタイを直してくれた。


 1人一枚として、ホテル勤めになってから使い始めたオーブントースターのコンセントを挿し、パンを乗せてタイマーをセットする。そして、やかんを火に掛け、小さな冷蔵庫を開ける。麦茶と牛乳、その他 諸々。

 卵が残り少ない……。

 明後日は近所のスーパーで卵が安売りだと思いつつ、フライパンを出す手間を省くため、殻を割って皿に蓋をして電子レンジへ。

 そして、待つ。

 振り返れば、見慣れない黒髪が見える。

 先輩の髪だ。

 そして、待つ。

 居間兼寝室のそこで眠る先輩を見ながら。




 『探しもの、ない?』





「隼人……何処?」





 いつの日かの夢を見た。

 そこであいつは笑っていた。

 笑っていたはずだった……けれど、今は思い出せない。






 ところで、

 昨夜の物体はこの人なのだろうけど、先輩は一体何しに来たのだろう?

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