道連れ迷子
誰か、僕を見て欲しい。
いや、見なくていいから、この僕の功績を認識して欲しい。
「てか、ベルちゃん見付けたんですけど……」
僕は偶然、迷子の金髪碧眼ツインテールの6歳女児ベルちゃんを見付けた。
間違えた。
僕は不覚にも迷子中に、非常階段の踊り場で柵の間から足をぶらつかせて座っていた迷子の子供を見付けてしまったのだ。
わぁ、あの氷像凄く綺麗だ。
なんて、ガラス越しにそれに目を逸らしていたら…………迷子だ。我ながら餓鬼みたいだ。
「見付けたらどうすればいいんだっけ……」
確か、保護しろとか言われたな。でもでも、保護してどうしろと?携帯ないから誰とも連絡つかないし。
保護して、僕は迷子で、保護して、保護して…………僕も保護されるのか!?
「先輩め!僕が迷子になっている間にベルちゃんを見付けてしまった時の対処法も教えろよ!」
なんて、こんなこと先輩以外に求めても無理か。つい口が悪くなってしまった。だけどまあいい、僕は迷子中だから誰に聞かれているわけじゃないしね。
先ずは保護だ。保護したら……ま、どうにかしよう。
「ねぇ、君は迷子のベルちゃん?」
僕は僕なりの優しい印象のお兄さん顔で近すぎずの距離から声を掛けた。
てか、子供はこんな高いところによくいられるな。階段下へと目線を逸らしかけて、慌てて少女だけに集中する。僕の予想では、見たら多分僕はパニックになって、即ここから退散するだろう。
“退散”はそれで、『迷子の少女置き去り』ではなく、『高所恐怖症による仕方なし』で片付く。しかし、このたった数メートル先の少女をパパやママのもとへ連れていけば、たちまち僕はできる奴になる。何でこの低身長低体重の餓鬼が国都にいるんだなんて言われなくなる(まだ、面と向かっては言われてないけど)。
それに、先輩なら、
『高所恐怖症?はぁ?なめてんの?お前の恐怖なんて知るか。目隠しして動けよ。いいか?お前の全てはお客様の次だ。いや、俺の次だ』
って言う。絶対に。
先輩はきっと『地球は俺様中心で回ってる』と、平然と言うんだ。俺様中心主義者に違いない。
ベルちゃんはツインを揺らして僕を見上げると、無邪気な顔で一言。
「あなたは悪いヒト?」
アナタハワルイヒト?
ってぇ!
唐突に『悪いヒト?』って、僕なんかした?初対面だよね?もしかして、前世がどうとか?何のアニメ?
「わ、悪いヒト?あ、あのね、僕は良いヒトかな」
「焦りながら“良いヒト”なんて言うヒトはとても怪しいわ」
一蹴されました。
僕が保障できる範囲の僕の良心が愛らしい童女に踵で踏まれた。でもこれは、僕の中の新しい扉が……は、ない。
普通に傷付いた。
「僕はここの新人の雑務係、七瀬……――」
「咲也さん、ね」
「――……そうです…………え!?」
何で名前を知っているんだ?まさか、この子は現代の魔法しょうじ……――
「名札を胸に付けてるじゃない。あなた、見た目より幼いのね。それなりに誠実そうなのに」
「……君は見た目より大人なようで……」
「ベル=ナイト。名の通り、由緒正しい騎士の家柄よ。さて、レディのエスコートもままならない咲也さんが何の用かしら?」
僕には色々と無理だと思った。
よく考えれば、国都にくる6歳がただの6歳なわけがない。現に、彼女はたったの6歳にして日本語ぺらぺらだ。自己紹介にドレスを摘まんで膝を曲げるなんて、やっぱりアニメかマンガの世界に僕はいるのか!?
負けた。こんな僕でも持っていた少ない自尊心が消滅した。
嗚呼、僕は宇宙でだけでなく地球でだけでなく日本でだけでなく国都でですらちっぽけな存在なんだ。
「そんなの当然よ。大きい者は皆滅ぼされるわ」
「慰め……ではないよね」
「ただの必然。ベルは無闇に慰めはしないの。甘い夢はそういったところで見てね」
“そういったところ”って何!?解るようで解りたくない。
いつもってわけじゃないけど、僕は少し変わった人に会うことが多い気がする。
変人じゃなくて、変わった人。これらはニュアンスが違うのだ。
何故か“変人”は失礼な気がするけど、“変わった人”なら社会で許される気がする。
「ねぇ、あなた?用がないのなら、もういいかしら?お姉様の所に帰らないと」
へ?
お姉様?
じゃなかった。
お姉様の所に帰らないと?
このお人形さんは自力で帰れるのか!?
「迷子じゃない!?」
「迷子?ベルは道を覚えてるわ。お父様のお仕事の会議は退屈だから、散歩してただけ」
「散歩……」
少女の散歩に国都は振り回されていたのか。千原さん可哀想に。
「あ、あのね、今、皆が君を探してるんだ」
「探してる?ベルを?」
「ベルちゃんを」
「じゃあ、連れてって」
「………………」
クスクス……――
僕はベルちゃんに笑われた。
ですよねぇ。
迷子はベルちゃんではなく、僕なのだから。
「ベルが案内してあげる」
「あ……ありがとう」
「どういたしまして」
差し出された小さな手を僕は大人しく握るしかないようだ。
正直、ヤバい。
ベルちゃんは階段を軽やかに降りる。
まるで小鳥のようだ。
僕はへっぴり腰で手摺にすがり付いてノロノロと進む。
まるで……ただの臆病なおじさんだ。
「まっ……待ってぇ……」
随分とひょろい叫びが出てきてしまった。そんな僕の前でクスクスと笑う彼女が踊り場で回る。
「早く早くっ」
「僕、高所きょう……ふ症……っで……」
しゃがみたいけれど、進まなければ、一生、震えることになる。だから、早くこの地獄から逃げるために僕は進まなければいけない。
てか、彼女が案内すると階段を降りる前に、建物の中からどうにか案内してもらえればよかったんだ。
今更どうしようもないが。
今までの幸運をパーにするのは絶対に厭だし。
「もうっ。頑張ったらベルがほっぺにチューしてあげるから」
じゃあ、頑張る。
っていうのが普通だけど、僕はホモです。いや、別にベルちゃんのチューが嫌いなんじゃなくて、残念だけど『高所恐怖症>ベルちゃんのチュー』なのだ。
でも、隼人のキスなら……。
『さく、テスト勉強頑張ったらご褒美に好きなだけキスしてあげるよ』
『え……い、いいよ』
『素直じゃないなぁ。それとももっと刺激的なのがいい?』
『え?刺激……いらないっ!』
『もう。俺はさくと一緒に卒業できるようにさくが留年しないようにしてるの』
『留年はやだ』
『じゃあ、覚えて。数式一個につきキス一回』
『罰ゲームみたい』
『罰ゲームは2分後に出す基礎問題を解けなかったら、あそこ揉むから』
『あそこ!?』
『ここ』
『ひゃっ』
『また2分後に出す問題解けなかったら、恥ずかしいことさせるから』
『……って?』
『俺の前でここを自分で慰めて』
『なっ……ななな!』
『ビデオ撮影が始まる前に早く覚えて』
『覚えればいいんだろ!』
『あと1分』
『馬鹿隼人!!』
あのエロ魔神が!
思い出すとムカムカしてきた。
揉まれたら覚えるどころじゃなかったし。結局のところ、僕がテスト勉強だからと部屋に隠ったら、痺れを切らした隼人がイチャイチャする口実を作りたかっただけだ。そして、8個目の正解からキスだけじゃ足りなくなったというオチになる。
勿論、僕じゃなくて隼人が足りなくなった。
「う……うん。頑張ってる最中……」
どうにかまた一歩僕は踏み出す。
そんな時だった。
危ない危ないと心の片隅で思っていた矢先に、
膨れっ面のベルちゃんが「中から行きましょ」と言い、
僕が嬉しさで顔を上げ、
彼女がくるくるとステップを踏んでいるのが見え、
「危ない!」
ベルちゃんが足を踏み外した。
宙に舞う彼女の髪とドレス。
「あ………………」
僕はみっともなく呆けた顔で、
ベルちゃんを抱き締めていた。
心臓が一度だけ重く低く叫び、僕は彼女の髪がふわふわで彼女の体が小さくて彼女の温かな匂いを感じて、僕は空を飛んでいる心地で何にも考えられなくなった。
これって、鳥になりたいって僕の願いが叶ったのかもしれなかった。