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思惑迷路

 流石、国都。としか言い様がない。

 表の、それも客室以外のエリアが半端なかった。


 先輩に僕達新人一括の世話を任された雑務の偉い人が、優一(ゆういち)さん筆頭に国都に繰り出そうとしていた僕達を呼び止めると、一人一人に小さなバッチを渡してきた。それを付けて表に出るよう指示され、従業員にまだ顔が覚えられていない僕達はこれで一従業員であることを示せるらしい。よくこれは運送屋などが一時的に国都に入る時に使うようだ。

 僕達はピカピカの新品かと思える綺麗な銀色のバッチを付けて探索に出た。先ずはやはり1階からということで、僕達はただの従業員がエレベーターを使ったら死刑という恐ろしいお言葉をもらって階段を1段1段降りて、ロビーへとやってきた。きっと先輩ぐらいにならないとエレベーターは無理なんだ。

「なぁ、来たのはいいけどよ、こっからどうやって動けばいいわけ?」

 それは僕も聞きたい。

 僕達はロビーへと繋がる廊下の影から華やかなそこを見ていた。そこに入ることは確かに簡単だ。足を出せばいいだけ。だがしかし、とても入りづらい。

 革張りのちょうど良さそうな柔らかさを持っているように見えるソファー。重厚な造りのテーブル。赤茶がベースの派手過ぎないカーペット。そして、巨大なシャンデリア。勿論、癒しの植物も綺麗な緑を野生にいるのと同じ様に輝かせていて、僕は行ったことはないが、ヨーロッパの城か。と思った。

 そんな場所にどういう顔で入ればいいのだ。ロビーにお客らしき人間はいない。今が迷惑を掛けないチャンスなのだ。しかし、受付嬢がテレビによく映る裁判官のように無言で正面を見詰めて身動き一つしていない。裁判官との違いを一つあげるなら、口許と目許は誰かの為に微笑を讃えていた。

 ずっとあの顔なのか!?

 恐るべし国都。

「お二方、ここで止まっていては他を見れなくなりますよ?」

 陸奥(むつ)さんはさらりと早く入るよう要求してきた。だからといって、そう言うなら陸奥さんが先に。とは男の意地に掛けて言えない。というより、日本人はよく物事に対して遠慮がちといわれるが、僕はその典型の典型。まさしく日本男児(?)だ。

「ですよね……優一さん」

 僕は僕の根本に従って優一さんにパスした。

「え!?ムリムリ!」

「皆さん優しいですから。どうぞ、遠慮なさらず」

 ん?

 誰の声?

 ブラウンの柔らかくウェーブする肩ぐらいの髪を首筋で結び、それを前に垂らした僕より背が低い…子供?それよりも彼?彼女?中性的な顔で分からない。

「えっ……と…………どちら様ですか?」

 優一さんが訊ねる。

「あ、申し遅れました」

 きた、90度。

 これはもしかして……――

「僕はティファ・ノールズ。7階のバーでピアノとトランペットをやらせてもらっています」

 ティファ・ノールズさんはにこりと笑って聞き逃せない重大なことを言った。

 この子がここの従業員!?

 見た目とかじゃなくて、ただ単純にこのほんわかふわりさんが従業員なのが驚きだ。

 優一さんも陸奥さんも僕同様唖然。

「君……年はいくつ?」

「14です」

「じゅう……よ……」

「はい。でも、ちゃんと学校に行ってますよ。今日は10時から大事なお客様がバーにいらっしゃる予定なので、嘘ついて学校を早退してきましたが」

 年齢は置いといて、わざわざ早退したというのなら、何故ここにいるのだろうか。

「調律師の方が今、ピアノを見てくださっているので暇で。そこにお義父様から迷子のお子様についてお聞きしたので僕も捜そうと」

 ベルちゃんだ。

 きっとこの子は“おとう様”がここの従業員で、お手伝いで働いているんだ。きっとそうに違いない。

「貴方は咲也(さくや)君ですよね」

「え?あ……はい」

 突然名前を聞かれて返す言葉を一瞬忘れた。“咲也君”はよく地元の看護師さんに言われていただけだから新鮮だ。

「貴方は優一君。貴方は(あかり)さん」

「はい」

 と、優一さん。

「はい」

 と、陸奥さん。

「………………」

 と、優一さん。

「………………え?」

 と、優一さん。


「灯……さん?」

 と、優一さん。


「ちゃんと自己紹介できていませんでした。私は陸奥灯と申します」

 と、陸奥さん。



 陸奥さんの名前は、


 とても美しかった。


 と、言っておこう。




「ティティーちゃん、今日はどうしたの?」

「皆様の案内です。いいですか?」

「皆様?あ、今日の新人さん?」

 受付嬢はにこやかに僕達を見た。僕と優一さんはぽけっと口を開けて5階ぐらいまでの高い吹き抜けを見上げていた顔を下ろした。慌てていたため、僕の場合は首筋が痛む。多分、最近体を必要以上に使っていないからだ。ふと、劇場が懐かしい。僕には華やかさとか広さとかであそこのほうが合っていた。楽屋の狭さ、木造舞台の趣、心を許せる仲間達。

 そして、いざ決戦の彼方へ!

 は、嘘だ。

「こんにちは」

 僕はお姉さんに頭を下げた。正直言うと、さっきまでは一向に変わらない笑顔に恐怖さえしたが、実際に笑顔を向けられると嬉しい。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 ん?

 隣で僕と同じ様に頭を下げる二人。僕は気付いたことがある。

 “こんにちは”ではなく“よろしくお願いします”が物凄く妥当なことだったんだ。

 “こんにちは”って小学校入りたてか!?

 馬鹿した……。

 でもまぁ、次でやればいい。と、ポジティブにいこう。

 それにしても、お姉さんは笑顔を絶やさない。もう流石なのか海より広い優しさなのか分からない。

「雑務は大変ですよ。本希(もとき)も……」

 あ……お姉さんの笑みに影が。本希さん、女性を泣かしたら駄目だよ。まだ、泣いてないけど。

「あれは本希君のせいではありませんよ。お義父様達の仕事は迷子阻止ではなく、どちらかと言うと迷子探しの方です」

 くすり。

 僕とあまり身長の変わらないティファさんが微笑すると、お姉さんは綺麗な笑顔を取り戻す。

「そうね。あ、そうそう。新人さんは本希には気をつけてね。セクハラされたら遠慮なく受付に言えばいいから。特に君」

 君?

 何故、僕?

 お姉さんに指ではなく手のひらで指されて一瞬ドキリとしたが、唐突に僕が指名されるのは不思議だ。首を傾げた僕にお姉さんはちゃんと答えをくれる。

「本希は好みが普通の人と違うから」

「普通?」

「咲也みたいな男の子が好きなのかもな」

「優一さん、僕はありえませんよ」

 そんな、僕みたいなホモじゃないんだから。

「ま、本希はいい上司よ。それは保障できるわ」

 お姉さんはちゃんと答えたけど、僕にはちゃんと理解できなかったと気付くのはまた後のこと。

「じゃあ、お客様が来られたから……」



 はい、退散します。

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