Over (10) side:悠
すぐ傍にいるのに自分が助けに行けないなんて…歯痒くて、悔しい。
梨桜ちゃんが宮野の目元を指で撫でていた。
慈しむように、触れている。
悲しそうな二人の顔を見ていたら動けなかった。
前にもあった。
宮野に対して、彼女はオレ達には見せない表情をする。
彼女は宮野の胸に自分の額をつけて、体を預けている。梨桜ちゃんの耳元で話す宮野に彼女は小さく頷いて安心したように目を閉じていた。
宮野が梨桜ちゃんを抱えて部屋を出て行き、それを見届けると三浦は床に横になっていた小嶋に歩み寄った。
小嶋は酷く殴られていて、辛そうだった。
コイツは青龍の幹部だ。喧嘩は強いハズなのに、ここまで酷く殴られているのは、きっと梨桜ちゃんを盾にとられて無抵抗で殴られたんだろう。
「コジ、大丈夫か?」
卑怯なチームに再び腹立たしさを覚えながら小嶋を見ていると、奴は申し訳なさそうに目を伏せた。
「すみません愁さん」
「謝るな」
三浦が小嶋の身体を支えて起き上らせると、体の傷を確かめていた。
「私のために来てくれたの!梨桜ちゃんは私の所為で!」
オレの隣にいた笠原が泣きながら言うと、寛貴さんが笠原の前に屈み「何があった?」と聞いた。
「梨桜ちゃんは私の所為で酷い目に遭わされたの!あの男に殴られて、無理矢理…服を破られて、キ…」
笠原は泣きじゃくり、それ以上は言葉にならなかった。
寛貴さんは、泣きじゃくる笠原から離れると、床に倒れている北陵のトップに歩み寄り胸ぐらを掴んで引きずり起こした。
「拓弥、もう一本ずつヤッておけ」
怒りで声が震えている。こんなにキレている寛貴さんは初めて見た。
「了解」
呆気なく再び床に沈んだ北陵の幹部達を見下ろしていると、小嶋が苦しそうに呻きながら自分で立ち上がろうとしていた。
自力では立てない小嶋を三浦と寛貴さんが支えると、小嶋が申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません」
「謝るなって言ってんだろ?」
「でも、オレを庇って梨桜さんが怪我して‥‥」
「もう言うな。梨桜ちゃんは葵が病院に連れて行ったから安心しろ」
三浦の言葉に、さっきの梨桜ちゃんと宮野を思い出した。
「笠原も念の為に病院で見てもらえ。悠、いいな?」
寛貴さんの言葉に頷くと、拓弥さんが携帯を片手に振り返った。
「オレはここの始末をつける。梨桜ちゃんの容態がわかったら連絡くれ。終わったら病院に行く」
拓弥さんはそう言い、傘下にいるチームに連絡を取り始めていた。
小嶋は三浦と寛貴さんに両脇を支えられて部屋を出て行き、オレは泣き止まない笠原を宥めながら車に乗せた。
車の中でも笠原は泣いていた。
「梨桜ちゃん…大丈夫かな」
泣き止まない笠原に少し苛立ちながら窓の外を見ていた。
「わかんねぇよ。‥‥いつまで泣いてんだよ」
オレが泣きたいっつーの。
梨桜ちゃんの宮野に対する態度を見て、アイツ以上の存在にはなれないような気がして打ちのめされていた。
「だって、私の所為だっ」
心にあることを吐き出さないとコイツも辛いんだろうな。そう思って笠原に声をかけた。
「何があったか話せよ」
「朝、登校したら校門に圭吾がいて、‥話があるって言われて」
「ついて行ったのかよ?」
こくんと頷き、オレは呆れて溜息をついた。
笠原だって梨桜ちゃんが狙われているのは知っていたんじゃないのか?行動が軽率過ぎる。
「いくら元カレだからってやばいだろ」
「圭吾の学校の人に捕まったら梨桜ちゃんが来てくれて、梨桜ちゃんは‥っ」
また泣き出して、会話にならなくなった。
「あ~もう、好きなだけ泣け。梨桜ちゃんの前では泣くなよ?」
オレは笠原の頭を撫でた。
病院に着くと、梨桜ちゃんは処置室で治療を受けていた。
先に到着していた寛貴さんと三浦が処置室の前にある待合室の椅子に座っていた。
宮野の姿が無くて周囲を見回して捜すと、少し離れたところで看護師と話をしながら、何かの書類に書き込んでいるように見えた。
何やってんだアイツ…
宮野を見ていると、処置室の扉が開いて白衣を着た男の人が出てきて「葵」と呼ぶと宮野は処置室まで来た。
「入れ」
そう言われて宮野は処置室に入って行き、オレも後に続こうと立ち上がった。
「お前等はそこで待ってろ」
「なんで宮野だけなんだよ!?梨桜ちゃんの怪我はどうなんだよ?」
オレが言うと、医者らしいその人はオレを見下ろして苛立たしげに言い捨てた。
「うるせぇ、ガキはそこで待ってろ!」
何なんだコイツ!?
やっぱり分かんねェ!