Over (4)
コンビニに行くと黒塗りの高級車から人が出てきた。
きっとあの男に違いない。そう思って男を見ていると、煙草を銜えながら私に近付いてきた。
「1人か?」
電話をかけてきた男の声と同じだ。
男は私を頭の先から爪先まで眺めると鼻で笑った。
「そう言ったのはそっちでしょ?」
私も男を頭の先から爪先まで見てやった。
グレイに染められた髪の毛と瞳の色、耳には幾つもついているピアス。
見かけから、関わりたくない。そう思える格好をしている。
「乗れよ」
男は顎で車を示した。
携帯の振動を感じながら、辺りを見回すとこの男の仲間らしい車は居なかった。
「麗香ちゃんは?」
「ここにはいない。早く乗れよ」
男に背中を押されて、高級車の後部座席に乗り込み思わず顔を顰めた。
煙草臭い‥
「車酔いしそうだから窓を開けてもいい?」
「ああ」
車内で男に麗香ちゃんの事を聞いても何も教えてくれなかった。それでもしつこく聞いていると「うるせぇ」と凄み、目を閉じてしまった。
仕方がないから外を見ながら、男と運転手に気付かれないように胸元にある葵の携帯を服の上から握った。
そっと携帯を見ると点滅している緑色の光が見えた。
緑色は葵にとって親しい人からの着信を知らせる色。
「豊さん、着きました」
車が停められたのは繁華街から少し離れたところにある倉庫のようなところだった。
朱雀の倉庫に行った時も思ったけれど、イメージ通りの不良の溜り場。
そんな感じの倉庫には派手な格好をした男達が大勢いて、私が乗った車のドアが開くと皆がこちらを見た。
「ここに麗香ちゃんがいるの?」
豊と呼ばれた男を睨むと、男は意味深に笑うだけだった。
「来い」
腕を掴まれて強い力で引かれて仕方なく歩くと、男達は私を見て口笛を吹いたり、囃し立てたりして騒いだ。
ここのチームは感じが悪い。それだけしか思えなかった。
「豊さん、ソイツが宮野の女っすか!?」
「藤島の女じゃねーの?」
豊と呼ばれた男がまたニヤリと笑った。
「この女は哲さんが欲しがってんだ」
その言葉にカッとなった。
勝手なことばっかり言わないで!私はモノじゃない!!
「離してよっ」
男の腕を振り払った。
「勝手に決めつけないで!あんたの言う通りに一人で来たんだから早く麗香ちゃんに会わせなさいよ!」
「てめぇ、豊さんに生意気な口きいてんじゃねーぞ!」
豊の後ろに立っていた男が私に向かって怒鳴ったけれど、豊はフッと笑って私を見下ろした。
「お前、気が強いんだな」
「そりゃそうっすよ。オレにタンカ切った女っすから」
集団の中からこちらに歩いてきた男を見て、握った手に力が入った。
「圭吾」
麗香ちゃんが好きだった元カレ。彼女が学校に来れなくなった元凶。
…彼女を拉致したのはコイツ?
「私を呼び出す為に麗香ちゃんのことを利用したの?」
麗香ちゃんはお嬢様で学校の行き帰りには送り迎えがついている。
その彼女が拉致されたって聞いておかしいと思った。元カレだったこの男が呼び出せば麗香ちゃんはついて行ってしまうかもしれない。
何も答えない、それは肯定と考えていいんだよね?圭吾の顔を見ていると腹が立って仕方がなかった。
「また麗香ちゃんの気持ちを踏みにじったの?」
責めるように聞くと、圭吾はニヤニヤと笑いながら答えた。
「ついてくるアイツがわりぃんだろ?」
「バカにしないでよ!」
深く考える前に手が動いていて、自分の手の平に痛みを感じて我に返った。
「てめぇ、ふざけんなよ!?」
私が力一杯に叩いた圭吾の頬は赤くなっていて、それ以上に顔を赤くしながら圭吾は憤慨していた。
「それはこっちの台詞よっ!バカ男!!どこまで女バカにしてんのよ!?」
やっぱりあの時、何が何でも謝らせておけばよかった!後で絶対に麗香ちゃんの前で土下座させてやる!
「へぇ、宮野と藤島が気に入るだけあるな…おまえ、ここに連れて来られても動じないんだな」
豊は私と圭吾のやり取りを見て、成り行きを楽しんでいるようだった。
この男、何を言っているの?こんなところに連れて来られて、怖いに決まってる。今は恐怖よりも腹立ちが勝っているだけ。
冷静を取り戻せば、手が震えそうになるくらい怖い。
「おまえ、学校では“がり勉メガネ”そう呼ばれてんだろ?」
私の携帯が震えた。さっきからひっきりなしに震えているソレを無視して、豊に向き直った。
「だったら、何?」
「藤島も宮野も、お前みたいな地味な女の、何がいいんだろうな?」
私のメガネに向かって伸ばされた手を払い除けて豊を睨むと、「気の強い女」そう言いながらクツクツと笑った。
「私に触らないで。早く麗香ちゃんを連れてきて」
私を見て笑っている豊を見ながら、麗香ちゃんはここにいないんじゃないか‥不安が浮かび上がった。
「梨桜さん!」
突然聞こえた声に驚いた。
「どうしてここに?」
「葵さんの携帯を取りに向かう途中で見かけたんです。どうしてこんな危ない真似をするんですか!」
携帯‥やっぱり気がついてくれた。
自分の携帯を忘れた時には私に電話をする葵。携帯にも出ない、家に電話をしても出ない私に気付いてくれた?
「青龍の幹部とはいえ、1人で乗り込んでくるなんてバカじゃねぇ?」
圭吾が言うと、コジ君は睨み据えながら私に向かって手を伸ばした。
「ウチの姫を返してもらう」
コジ君の手が私の手を掴む前に、豊が私の腕を掴んで自分に引き寄せた。
「帰らねーよ。お姫さんの大切なもんがここにいるからな。なぁ、そうだろ?」
やっぱり麗香ちゃんはここに居るの?
問い詰めようと顔を上げると、豊が私の髪の毛を掴み、ぐいっと引き私の顔を上に向けさせた。
「梨桜さんから手を離せ」
コジ君の唸るような低い声が響き、豊はその声を無視してパチンとナイフを取り出し、刃先を私に向けた。
「宮野と藤島はどんな顔するだろうな?」
楽しそうに笑う顔を見て恐ろしかった。
この男、歪んでる…
ナイフが私の顔に近づけられ、冷たい刃が頬に当てられた。
「泣かないのかよ…つまらねぇな」
この男を喜ばせるために泣くなんて嫌だ、悔しい。目を閉じてナイフを持つ手に力が籠められるのを覚悟した。
「やめろ!」
冷たい感触が頬から離れ、不思議に思っていると“ぶつっ”という音がした。
目を開けると、私の前にいるコジ君の目は見開かれていて、その視線の先にある豊の手には、切られた私の髪の毛が握られていた。
「おい、青龍と朱雀にこれを届けてきてやれよ」
その場にいた男に私の髪の毛を渡し、豊は私に向き直った。
「いい眺めだな」
「豊、いつまで遊んでんだ」
野太い声が聞こえた時、視界の隅に長い棒が見えた。
その棒はコジ君を狙っていたけれど、コジ君は気がついていないように見えた。
「哲さん‥生意気な女だったんでつい遊んでました」
「早く連れて来い」
哲と呼ばれた男が豊に背を向けた時、コジ君を狙っていた棒がゆっくりと動いた。
あんなに太い角材で頭を殴られたら死んじゃう…
「来い」
私に伸ばされた手を振り払い、コジ君に向かって飛び出した。
「コジ君!」
振り下ろされる角材を見ながらコジ君に飛びついた。
彼が殴られるのを防ぐと、肩に物凄い衝撃が走った。
「梨桜さん!?梨桜さん!!」
「--っ」
余りの痛みに声が出ない。
心配そうに私を呼ぶコジ君に返事が出来なかった。
「バカな女…」
「豊、連れて来い」
床に倒れていた私の腕を掴まれて引き上げられたとき、目の前が真っ暗になった。