物憂い (6)
「あんた、もしかして噂の転校生?」
「なに?」
噂?なにそれ…
それって、葵がここに迎えに来る事と、寛貴が私を家に帰したい理由と関係があるの?
「その人から離れろ」
ドスのきいた低い声が聞こえて振り返るとコジ君がいた。
いつもの可愛いキャラは捨てて、怖い顔をして派手な男達を相手に凄んでいる。
「青龍だ」
「この人青龍の幹部じゃない?」
バカな女は状況を読めずに黄色い声ではしゃいでいた。
コジ君が「帰りましょう」と言って私の鞄を手にすると、煙草臭い男がまたニヤリと笑って私を見た。
「何で青龍が紫苑の生徒を迎えに来てんだよ?やっぱ、この女って噂の転校生だろ」
「お前らには関係ない。退けろよ」
嫌悪感しか浮かばない笑みを向けられて、私が顔を逸らすと男達の視線から私を隠すようにコジ君が私を自分の背中で庇ってくれた。
「この人って、青龍のナ――」
コジ君の事を“青龍のナンバー3”そう言おうとしていた女の顔を不快な思いで見ていると、女の目が大きく見開かれて、手で口を覆い嬉しそうに目を細めた。
「うそぉ…こんな近くで見るの初めて」
呆けたように私の後ろを見ている女が気になり、後ろを振り返ろうとすると、ふわりと馴染みの香りが漂って首に腕が巻き付いた。
「お前は痛い目に遭わないと分らないんだな」
仰ぎ見ると、怒った顔の葵が居た。
「さっきから電話してんのに、話し中だっただろ」
怒ってる!
理由が分からないけど、とにかく怒ってる…恐る恐る「寛貴から電話が来たの」と言うと、葵の眉尻が更に上がってしまった。
「やっぱ、コイツだよ。あのメー…」
途中まで言った男は、葵に睨まれて固まってしまっていた。
「こんなのに絡まれやがって…帰るぞ」
そう言い、私を歩かせて店を出ると車に乗せた。
聞きたいことはたくさんあるけれど、今は葵の言うとおりにしておいた方が身の為だ。そう感じて大人しく家に帰った。
昨日は、家に帰ってから寛貴に“家に着いた”とメールをしたけれど、私が知りたかったことは教えてもらえなかった。
葵はもちろん教えてくれる筈もなくて、私は訳が分からないまま学校へ登校した。
どうやって寛貴から昨日の事を聞き出そうか?
朝からそれを考えていたけれど、私の知りたかったことは拍子抜けするほどアッサリと知ることになった。
お昼休みにお茶を買いに行くために歩いていると、麗華ちゃんは私の髪を見ながら聞いてきた。
「弟君は驚いた?」
「失敗だったよ」
昨日は髪の毛がストレートになった私を見せて葵を驚かせようと思ったのに、家に帰った葵は私の頭を撫でながら「似合ってる」そう言われて終わってしまった。
「残念だったね」
「もういいや、男の子は無関心でダメだね」
昨日の葵は何度も愁君とやり取りをしていて、大変そうで、私に構っている時間はなさそうだった。
「東堂さん!」
学食の近くにある自販機に行くと、彼氏と食券を買うために並んでいた小橋さんが私に手を振っていた。
「あの二人って仲いいよね」
麗香ちゃんの言葉に頷いていると、小橋さんは彼氏と何かを話して私の所に駆けてくると、心配そうに眉根を寄せて私の顔を見た。
「ねぇ、東青の宮野君と付き合ってるってホント?」
小さい声で囁かれて、吃驚して後ずさってしまった。
私と葵!?そんなワケないでしょ!!
「えぇっ!?」
なんで!?どうしてそういう話が出てくるの!?
「なんで私と葵が!?小橋さん!どういう事?」
「ちょっ…!東堂さん、声が大きいよ!」
私の声に驚いた小橋さんが、慌てて私の腕を掴んで揺すった。
私と葵が付き合ってるわけない!どうしてそんな風に誤解されるの!?
「梨桜ちゃん、落ち着いて?」
麗香ちゃんに宥められたけれど、納得がいかない。
誰がそんな事を言っているの?問い詰めて、正してやりたい!
「どういう事って、噂になってるよ?だからあのメールが…」
メール?
「メールって何?」
私が聞くと小橋さんが意外そうに首を傾げた。
「知らないの?」
麗香ちゃんに「知ってる?」と聞くと、彼女は気まずそうに首を縦に振った。
小橋さんは私の顔の前に携帯を出して画面を私に見せた。
「東堂さんは当事者だから知っておいた方がいいと思うの。これ、東堂さんだよね?」