青龍と朱雀 (6)
葵の腕の中は温かくて安心するの。
「他には何を言われた?」
それは言いたくない。『葵達が私を利用するかもしれない』悠君にそう思われていることが悲しい。
「梨桜、黙っていたらわからない」
私が安心できるように背中を撫でながら聞く葵に答えることはできなかった。
できることなら悠君に今の葵を見せてあげたい。『葵は優しいんだよ、悠君が心配しているようなことは絶対に起きないから大丈夫だよ』そう言いたい。
「海堂から、『葵やオレ達と親しくするな』とでも言われた?」
葵と私のやり取りを静観していた愁君が、突然言い当てた。
「愁君?」
顔を上げると、愁君は穏やかな笑みを浮かべていた。
どうして分かるの?愁君には何が見えているの?
答えを求めて葵を見ると、「おまえが単純で分かりやすいんだろうな」と憎たらしいことを言った。
さっきまで凄く優しかったのに!どうしてすぐに意地悪になるの!?
「ここのタルトは美味しいから、一緒に食べようと思って買って来たんだ」
愁君はそう言いながら、フルーツタルトを出してくれた。「葵の上から降りて一緒に食べよう?」そう言われて私は愁君とコジ君の前だった事を思い出して、慌てて葵の膝の上から降りた。
「梨桜ちゃんと葵の喧嘩っていつもそんな感じなの?」
愁君に笑われてしまい、笑ってごまかした。
場所を考えるべきだった。愁君とコジ君に恥ずかしいところを見せてしまった。
「愁君は?涼先生と兄弟喧嘩するの?」
「兄貴とは年が離れているから昔は喧嘩にならなかったよ。でも、怒られる時は拳が飛んできたな。兄貴、今は落ち着いたけど昔は口よりも手が早かったから」
話を逸らしたくて聞いただけなんだけど、意外な涼先生を知ってしまった。
いつも大人で優しいのに、口より手も早い涼先生なんて意外で想像できない。
人って見かけによらないんだ。
「あの人は今もだろ…」
隣に座る葵は渋い顔をしながら、コジ君が持ってきてくれたコーヒーを飲んでいた。
私が「食べる?」と聞くと「苺」と言い、フォークに苺を刺して口元に運んであげると、パクリと食べた。
「愁君、このタルト美味しい。ありがと」
愁君が買って来てくれるケーキはいつも美味しい。どこでお店を調べてるんだろう?今度愁君とスイーツ巡りをしてみたいな。
「どういたしまして。葵とはもう仲直りしたの?」
「こんなの喧嘩じゃないだろ」
葵は私の手からフォークを奪い、苺にぶすりと突き刺した。
ダメだよ。私だって苺が食べたいんだから!
「それはダメ!葵はオレンジ」
葵は小さく舌打ちして、自分が持っていたフォークを私の口元に運んだ。葵に奪われそうになった苺を食べると葵が素直にオレンジを食べた。
変なところに素直で笑ってしまった。
「葵も新しいのを食べればいいだろ?」
愁君が呆れ顔で言い、葵は「下はいらない」と言った。
葵が食べられるのはケーキの上に飾り付けられているフルーツだけ。美味しいクリームとタルト生地は私が担当なの。
「おまえって、我儘だよな。梨桜ちゃんに買ったタルトなのに、一番美味いところだけ食いやがって」
葵は聞こえないフリをして桃とクリームを取り、私の口に入れた。うん、このタルト生地が美味しい!
満足しながら口を動かしていると愁君が私を見て笑っていた。
「梨桜ちゃんに紫垣の事を教えたのは藤島?」
葵が差し出したタルト生地とクリームを口に入れた時にいきなり聞かれた。
このタイミングって愁君らしいというかなんというか……。
動揺がバレてしまったらしく、愁君は私の顔を見て頷いた。
「確かに朱雀と青龍は同じチームだった。だから張り合う気持ちも大きい」
慌てて口に入っていたタルトを飲み込んだ。
「争うな。そう言われているんでしょう?」
「まぁね。だから梨桜ちゃんが心配しているようなコトは起こらないと思うよ。オレ達も抑えるし、藤島も抑えるハズだよ」
愁君も寛貴と同じことを言うね。だったら最初から衝突しないようにすればいいと思うのに。
「だからって馴れ合うつもりはない」
私の考えていることが分かったのか、葵はそう言うと最後の苺を食べてしまい、フォークを私に返すとソファに深く座って足を組んだ。
「梨桜ちゃんが海堂に対して罪悪感を感じてしまうのは友達として?」
頷いてカフェオレを一口飲んだ。
「悠君は私を心配してくれているの。だから」
「海堂の心配は取越苦労。いっそのこと本当の事を言ってしまいたい。梨桜ちゃんはそう思ってるんだよね」
愁君の言葉に頷いた。
私が言いたかったことを的確に理解してくれている愁君てやっぱり凄いな。どうしてこんなに理解してくれるんだろう?
「争うなって言われているんでしょう?私と葵が双子だって言えば…」
「もういいから、黙って食え」
葵に残っていたタルトを口に入れられてしまった。
「梨桜、いいから言うとおりにしてろ」
美味しいけれど納得が行かない。相変わらず横暴なんだから…
「梨桜ちゃん、もう少し我慢して欲しいんだ。勝手なことを言ってごめんね」
先に愁君に謝られるとイヤって言えなくなってしまう。愁君も葵もずるいんだから…
隣に座る葵にズルズルと体重を預けて寄りかかった。何を言っても横暴な言葉が返って来るなら嫌がらせをしてやる。
「重いだろ」
文句を言う葵を無視して愁君に話しかけた。
「どうしたら悠君に分かってもらえるだろう?」
「今は感情的になっていると思うから、落ち着いて考えられるようになるまで待った方がいいんじゃないかな?今は何を言っても聞き入れないと思うよ」
愁君の言葉に頷いた。
悠君から感じたのは、拒絶されているんじゃないかと思うような冷たい視線。
もう少し落ち着いたら前のように話してくれるといいな。