青龍と朱雀 (5)
どんな時でも、桜庭さんは私を迎えに来てくれるとニッコリと笑って出迎えてくれる。
「お帰りなさい、梨桜さん」
今日も安心する笑顔と快適な空間で迎えに来てくれたから、私も笑みを返した。
「ただいま、桜庭さん」
安心、快適。とは正反対なオーラを醸し出して後部座席に座っている葵と目が合ったけれど、ツン!と逸らした。
どうしてこんなに大事なことを教えてくれなかったの!?私、怒ってるんだからね。
「…」
明らかに機嫌の悪い私を、愁君もコジ君もハラハラとしたように見ているけれど、葵は特に気にすることもなくいつも通りだった。
青龍のチームハウスについて、幹部室に入ると私はソファに座る葵の目の前に立った。
いつも見下ろされているから尋問する時くらい見下ろしてやる!そう思って見下ろしたのに、私を見上げる葵が格好良すぎて、思わず怯みそうになった。
「葵、私に隠してることあるよね?」
気を取り直して言うと、葵は一瞬目を泳がせたけれどすぐに私を見てニヤリと笑った。
「ありすぎるな」
ふてぶてしい!
キッと睨むと、私の顔を見て鼻で笑った。何よ葵のくせに!!
「何がおかしいのよ!?」
「今更なことにムキになってるから」
腹が立ったから葵の肩に手をかけて、そのまま体重をかけるようにして押し倒して襟元に手をかけた。
「どうして教えてくれなかったの?」
片膝をソファについて、葵を真上から見下ろして問い詰めた。
葵の答えによってはこのまま首を絞めてやる!
「何が?」
「紫垣」
一瞬だけど、葵の表情が固まった。
その表情は、私に隠してたっていうことだよね?
「――話したからって、どうにかなると思うのか?お前の事だから、“仲良くして”とか言い出すんだろ?」
淡々と話す葵の表情を見て襟元を握っている手の力が緩んだ。そんな顔、見たくないよ。
「どうして?」
「…きっかけなんか知らねぇ。元々反りが合わないんだから仕方ないだろ。それよりも誰からその話を聞いた?」
冷たい表情。
葵だけど葵じゃない。こんなに冷めた表情をした葵は嫌だ。
「誰から聞いた。藤島か?――-梨桜、答えろ」
目を細めて私の反応を確かめている。
寛貴の言葉を思い出した『お前が、“争わないで”そう言ったら考えないでもない。――そう言ったら、どうする?』
「梨桜」
『宮野次第』寛貴はそう言ったけれどこの顔を見る限り、歩み寄るなんて無理そうだね。
私が答えないままでいると葵は私の手首を掴み、自分の半身を起こした。
「梨桜、この前から何を引きずってんだよ」
ソファに立ち膝になっている私は、体を起こした葵に見上げられている。
このまま視線を合わせていたら何を考えているか見抜かれてしまう。
葵から目を逸らして、ソファから降りようとすると
「最近、様子がおかしいだろ。分からないとでも思ってるのか?」
手首を掴んでいる手に力が入り、ぐいっと引き寄せられた私は葵の膝の上にペタン、と座り込んでしまった。
「梨桜、言わないなら無理矢理聞くけど。どうする?」
いつも通り、私が葵を見上げる格好になってしまった。私を見下ろす葵は、口角だけを上げて笑っている。
自分は私に対して秘密がたくさんあるのに、私が秘密を持つのはイヤ。
そんなの狡い。
昔は何でも私に話してくれたのに、今は違う。
それが寂しい。
「誰に聞けばいい?藤島か」
葵の表情は冴え冴えとしていて、見ている方がゾッとしてしまう。
寛貴の名前を出されても私は無表情を通せたと思う。そんな私に葵はまた笑いながら名前を挙げた。
「大橋。…そんなワケないよな」
クスリ、と笑いながら葵は私の顔を覗き込んだ。
きっと最初から見当がついているクセにわざとそんな言い方をしているんだ。
意地悪。
「海堂」
私、情けない顔をしてる。それを隠したかったから葵の肩に額をつけた。
「何を言われたんだよ」
額をつけたまま首を横に振ると、手首を掴んでいた手は私の頭を撫でた。
「苦しいんだろ?早く言え」
葵の声が柔らかくなった。それでも首を横に振ると耳元で「ぎゅってしてやるから、さっさと吐いて楽になれ」そう言われて、つい口に出してしまった。
「嘘をついているのが苦しいの」