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秋桜  作者: 七地
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青龍と朱雀 (4)

「寛貴?」


寛貴を見上げると、私を見つめている黒い瞳があった。


「おまえは細いな。もっと食えよ」


笑いながら私の頭に自分の頬を寄せている。

まるで、恋人同士が抱き合っているようなこの態勢が凄く恥ずかしい。


「食べてるよ」


涼先生も葵も『もっと食べろ』いつもそう言うからなるべく食べるようにしている。

でも、思うように体重が増えないんだよ。


「あんまり細いと抱き心地が悪いぞ」


気にしていることを言われてカッとなって顔をあげた。


「なっ…」


失礼な!大きなお世話だよ!!

何のツボに嵌っているのか分からないけど、笑うのを止めないから脇腹を抓ってやった。


「イテェ。―――梨桜、青龍と朱雀が争うのはイヤだよな?」


突然話題を変えた寛貴の顔を見て、即答した。


「イヤ」


聞かれるまでもない。嫌に決まっている。


「オレも宮野も争うつもりはない。下が暴走しても抑える。今までもそうしてきたし、これからも変わらない」


仲が悪いのに?

だったら最初から仲良くすればいいのに。


「仲が悪いのに定例会を開いたり、衝突しないように抑えたり…良く解らない関係だね」


率直な疑問を口にしたら、寛貴は意外そうな顔をして私を見ていた。


「知らないのか?」


「何が?」


「青龍と朱雀ができた経緯」


知らない。そんなの葵から聞いたことない。


「どうして朱雀と青龍か。考えた事あるか?」


首を横に振った。


「でも、“朱雀と青龍”それは知ってる。中国の古代星座で東と南を守護する『四神獣』でしょ?」


「あぁ、東方青龍、南方朱雀。天に四方があるならその中心は?」


その言葉に首を傾げた。

北方は玄武、西方は白虎…中央?


「天の北極を中心とした天帝の在所、“紫垣”」


「シエン?」


寛貴は私の掌に、“紫”と“垣”と書いた。

“垣”と書いて「エン」って読むんだ。


「他の呼び名もいくつかあるけど『紫垣』それが始まりのチームだ」


そこまで聞いて、頭の中が??だらけになった。

始まりのチーム?


「どういうこと?」


「朱雀と青龍は紫垣という一つのチームだった」


そこまで言って寛貴は笑い出した。


「梨桜、そんなに驚くことか?」


目が真ん丸になってるぞ。寛貴はそう言って笑っていた。

そんなことを聞かされたら驚くよ!元々一つのチームだったなんて考えもしなかった。


「知らなかった。どうして別れたの?」


葵も愁君も教えてくれなかった。

元が同じチームならこんなに気を使って私と葵の関係を隠す必要はないんじゃないの?

どうしてダメなの?


「オレと宮野から数えて3代前に分裂した。理由は人数が多くなったことと、所属する学校の対立が目立ってきたから。それが主な理由だって聞いてる。細かく言えばもっと理由はあるんだろうな…」


今でも“東青”と“紫苑”は偏差値で比べられることが多い。先生が模試の結果を話す時も『ウチと比べて今回の東青は…』そんな言葉を良く聞く。


「張り合ってるのにどうして定例会を開いているの?」


「紫垣の5代目だった人が今のルールを決めた。『争うな、衝突させるな』ギリギリのところで均衡を保ってる」


「紫苑と東青だから張り合うの?もしもその、5代目の人が争ってもいい。って言ったらどうなるの、寛貴は喧嘩するの?」


「オレ達は、初代と5代目の言う事には逆らえない。でも…」


寛貴の携帯が鳴り響いた。

彼は私から体を離し、立ち上がると電話に出て話し始めた。


彼が教えてくれたことは凄く驚いた。

どうして葵も愁君も教えてくれなかったんだろうか?


『争うな』そう言われているのなら、葵が一言、寛貴に『梨桜はオレの双子の姉だ。手を出すな』ってそう言えば済むことじゃないの?

そこまで考えてムカムカと腹が立ってきた。


そうよ、最初から寛貴に事情を話せば済むじゃない。そうすれば、私は目も悪くないのにメガネをかけたり、面倒な変装をしなくても済んだんじゃない?


これは、一言、キッチリと葵に文句を言わないと気が済まない!

こんなところで寝てる場合じゃない。


私も立ち上がり、スカートの汚れを払った。


「寛貴!帰るね」


そう言うと、会話を続けながら私に振り返った。

寛貴に手を振ると、彼は会話を終わらせて首を横に振った。


「送る」


「悠君に気を使わせると悪いから今日は一人で帰る」


そう言うと、腕を掴まれて寛貴の方に引き寄せられた。


「お前が、“争わないで”そう言ったら考えないでもない。――そう言ったら、どうする?」


「え?」


「まぁ、宮野次第だろうけどな。梨桜、気を付けて帰れよ」


寛貴の腕が離れて、屋上を後にした。



教室に戻り、荷物を取って昇降口に向かうと、意外な人が壁に寄りかかってこちらを見ていた。


「帰るの?」


「うん」


室内履きの靴を下駄箱に入れて靴に手をかけると、拓弥君は壁に寄りかかっていた身体を起こした。


「捜されてた事、分かってた?」


「知らなかった。でも、寛貴と悠君の会話でなんとなくわかったよ」


ふぅん、と興味が無さそうに返事をすると、私の頭の上に手をついて、自分の顔を近づけてきた。

ちょっと‥近すぎる。


「逃げるんだ?」


そう言って、口角を上げて笑うと、ズボンのポケットに入れていた手を取り出し、その手も私の頭の上に手をついた。

背中に下駄箱、右と左には腕、正面には笑顔だけど、目が笑っていないチャラ男。


「帰りたいの」


この距離、イヤ。近すぎる…


「悠が複雑な顔してたけど…寛貴となんかあった?」


形の良い唇がゆっくりと弧を描いた。


「特には…ない、と思う」


拓弥君は私の事をあまり良く思っていない。何故そう思うのかは自分でも分からないけど、そう思う。


「へぇ、何もない割には章吾が真っ赤な顔をしてたな。宮野といい、寛貴といい……梨桜ちゃんって」


私の耳元に唇を寄せて「無自覚?」そう言ってクスリと笑った。


「拓弥君、帰りたいの。通してくれる?」


拓弥君は私に視線を合わせて逸らしてくれなかった。

見つめあう、そんな甘いモノじゃなかった。探るような視線に、私は睨み返すように応えた。


「…悠には荷が重いな。寛貴はオレの連れだし、悠は可愛い後輩なんだよね」


だから何?暗に『オレ達を振り回すな』とでも言いたいの?

私を強引に生徒会に入れたのは貴方の大事なお友達でしょう?


「私はいつでも生徒会を辞めてもいいと思ってるから。寛貴にそう伝えてくれて構わない」


「それは寛貴が許さないだろ。…だから困るんだよな」


困ってるのは私も同じ。


「私、約束があるから帰りたいんだけど?」


拓弥君の腕を払うように退けると、あっさりと腕を下げた。


「梨桜ちゃん、またな」


さっきまでのカオが嘘みたいにチャラ男に戻った拓弥君はニコニコ笑いながら手を振った。


「さよなら」


それだけ言って、その場を後にした。

何だったんだろう?わざわざそれだけを言うために待ってたの?


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