青龍と朱雀 (1)
全校集会。
とても退屈な報告会に、何度も欠伸を噛み殺して眠気に耐えた。
何度目かの欠伸を堪えた時、壇上にいた寛貴と目が合って視線で叱られてしまったけれど、やっと終わってホッとしながら生徒会用の席を立ち、教室に戻ろうとしていた。
「東堂さ~ん!」
名前を呼ばれて振り返ると、両手を広げながら走ってきた小橋さんに抱きつかれた。
「小橋さん!?」
一緒に歩いていた寛貴達は何事かと見ていたが、小橋さんはそんな事お構いなしで抱きついたまま私を見上げた。
「あのね!東堂さんのおかげ!!」
抱きついていたかと思ったら、私の肩を掴んで揺さぶりながら嬉しそうに笑っている。
もしかして、先輩と上手くいった。とか?
「ユキヤ先輩がOKしてくれたの~!!」
キャー!と言いながら嬉しそうに私を見上げている姿が微笑ましくて、私も嬉しくなった。
「良かったね。でも、私は何もしてないよ」
「ううん、あのケーキすごく美味しかったって。ほとんど東堂さんが作ってくれたじゃない?だから、東堂さんのおかげ」
小橋さんを見ていると、悠君がチラリと私を見てそのまま行ってしまった。
今までなら『梨桜ちゃん、行くぞ?』って声をかけてくれていたのに。何も言わずに先に教室に帰ってしまった。
「梨桜、生徒会に遅れるなよ」
寛貴に言われて、私は伝えようと思っていたことを思い出した。
「今日は用事があるから行けないの」
『赤点とったら夏休み中出入り禁止にするぞ』鬼総長の発した一言で、コジ君に泣きつかれて断りきれなくなった私は、つきっきりでコジ君の個人指導をすることになった。
「わかった」
寛貴はアッサリと頷き、拓弥君と一緒に2年生の校舎へ帰って行った。
教室に帰ると、悠君の姿はなかった。
やっぱり、避けられている?嫌われちゃったのかな、私。
「梨桜ちゃん、帰るの?」
麗香ちゃんに声をかけられて頷いた。
「うん」
「途中まで一緒に帰ろう?」
今まで欲しいと思っていた女子高生らしい生活。
休み時間に女友達と一緒におしゃべりしたり、駅までの道を一緒に帰ったり…
友達が視線も合わせてくれない今、楽しいはずの時間が味気なく感じる。
私、贅沢かな。
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「梨桜さん?」
名前を呼ばれて顔を上げると、コジ君が私を見ていた。
「ごめんね、問題終わった?」
ノートを見ると数学の問題が解かれていた。コジ君はやればできる子、苦手意識が先に入ってしまっているような気がする。
「梨桜さん、何かあったんですか?」
答案と解答集を照らし合わせているとコジ君が聞いてきた。
「どうして?いつもと変わらないよ」
「そうですか?なんだか元気がないように見えたんで…」
コジ君にまで気を遣わせて、駄目だな…
「ねぇ、コジ君は友達から嘘をつかれていたらどうする?」
こんなこと、聞かれたって困る筈。わかっていたのに口をついて出てしまった言葉に案の定、コジ君は少し眉尻を下げながら首を傾げた。
「……」
「ごめんね、気にしないで」
私が言うと、彼は言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「ショック、かもしれない。…でも、どうしてだろう?って考えると思います」
「ありがと」
心配そうに私を見るコジ君に『心配しないで』と笑みを向けた。でも、彼の眼差しはやっぱり心配そうだった。
「嘘をつかれたんですか?」
採点を続けながら首を横に振った。
私が嘘をついているの。
次の日、私は試験前でピリピリとしている教室を眺めていた。
疲れたな、一人になりたい。
放課後はコジ君に教えて、学校では……
「梨桜ちゃん!この問題教えて」
ずっと学校に来ていなかった麗香ちゃんは、試験勉強に必死で取り組んでいるようで、休み時間になると参考書を持って私の席に来る。
そんな中、悠君は休み時間になると教室をフラリと出て行ってしまう。やっぱり私は避けられているらしく、目が合うと逸らされてしまう。
「梨桜ちゃん、次はこの問題を教えて?」
「……」
私には教師は向いていないと思う。先生って大変な職業だな。
人に教える事に疲れて、自習時間に屋上へ逃げた。
連日の雨が嘘みたいに晴れていて、抜けるような青空を見上げた。
特別室がある校舎の屋上。この前、担任の安達先生経由で慧君からここに通じる扉の鍵を受け取った。
普段は鍵がかけられいるこの屋上には、一般の生徒は入ることが出来ないと聞いていたから、髪を解いてメガネを外した。
コンクリートの床には所々に水溜まりがあるけれど、強い日差しのおかげでほとんどが乾いていたから、床に座り足を投げ出した。
『解放感』この言葉がしっくりくる。
目を閉じて日差しを浴びるのが気持ち良い。
なんだろう…この感触。
自分の頬に当たっている固い感触。固いけど、温かいの…
あれだ、葵の膝枕みたい。
私、いつの間にか眠ってしまったんだ。それで葵に膝枕されてるんだ。
そこまで考えて納得してから、疑問が湧いた。
―――私、学校の屋上にいたよね?葵がこの場所にいる筈ないよね?
恐る恐る、薄く目を開けると視線の先に伸びているのは…足?
パッチリと目を開けると、そこにあるのはやっぱり足。
ズボンの色は黒。葵の制服とは違う色だった。
黒色のズボンは紫苑の制服。
それにしても、この足長いな…。
「目が覚めたか?」
その声に驚いて飛び起きて、膝枕の主の顔を見ようと振り返った。
「えっ!?いっ――た」
背中を捻ったら痛みが走り、中途半端な姿勢のまま動けなくなった。
痛みを堪えていると聞き慣れた声が聞こえて体を支えられた。
「落ち着けよ」
どうして寛貴がここにいるの?