均衡 (5)
登録されていないアドレスから届いたメール。
自分の言いたいことだけが書いてある。そのメールを削除して携帯をバッグの中に放り入れた。
少し乱暴な仕草だったけれど、そんな事はどうでもいい。
こんな言葉、見たくない。
――考えたくない。
「梨桜ちゃん」
拓弥君に呼ばれて顔を上げると、拓弥君は自分の眉間に指を当ててトントンと叩いた。
「眉間に皺が寄ってるぞ」
葵の言葉に、我に返った。
部屋を見回すと皆が私を見ていたから、慌てて強張っていた顔を両手で覆って隠した。
「メール?」
愁君に聞かれて頷いた。
「うん、迷惑メールだった。連絡するとお金くれるんだって」
“お金くれるとか、すごいね”って笑いながら愁君を見た。…嘘ついてごめんね。
葵は私から視線を外して自分の携帯を操作している。
「そう…迷惑メールを受信しないように設定してあげようか?」
「続くようだったらお願いするね」
皆の視線から顔を逸らし、机の上に乗っている資料の数を確かめるフリをした。大丈夫かな、不自然じゃなかったかな…
「そういえば、梨桜ちゃんが葵に貸した服ってメンズサイズだよね?」
突然変わった話題に驚いて愁君の顔を見ると、ニコニコといつもの笑みを浮かべている。
愁君、知ってるクセに…何を言わせたいの?
「うん、弟のだよ。借りてるの」
そう答えると、葵は『貸した覚えはない』と目で語っていた。愁君はあの、黒い王子の笑みを浮かべている。
「へぇ、そうなんだ。彼氏の服かと思ったよ」
「弟のだよ…」
愁君の意図が分からなくて、笑って誤魔化した。
「梨桜ちゃんは可愛いから彼がいない方が不思議だよね」
東京に来てから、葵が過保護すぎると思える位に私の傍にいるのを知ってるくせに、どうしてそんな事ばかり言うの?
一度私から離れた視線は、また私に集まっていて、すごく居心地が悪い…
「やだ、愁君てば」
内心焦りながら、愁君の言葉にどう返そうかと考えていると
「さっきのメールも彼氏からだと思ったよ。迷惑メールで安心した」
突然切り込まれたその言葉に真顔になってしまった。
さっきのメール、愁君が座っていた位置から見えていたの?
一瞬そう考えたけれど、自分の携帯で起動させている機能を思い出して安心した。
「違うよ。愁君、変だよ?」
愁君は問いかけた私を見ずに、葵の方に顔を向けた。
「葵、良かったな」
その言葉に続けて愁君が葵に『暴れるなよ』と言い、葵は私を一瞥すると携帯に視線を戻した。
愁君は私を見て、またニッコリと笑った。
葵との会話を誤魔化すためにメールを利用されたことに気が付いた。
愁君、葵との会話は誤魔化せたみたいだけど、視線が痛い。
…寛貴が私を怖い目で見ているんですけど。こっちもどうにかしてくれないかな