均衡 (3)
葵と一緒に生徒会室に入ると、拓弥君が出迎えてくれた。
両手を広げて、ニコニコと笑っている。
「おかえり~」
どうしてそんなにご機嫌なの?
拓弥君の後ろには呆れた顔をしている寛貴と愁君が見えた。
拓弥君の、何かを期待している顔にどう返したらいいか分からなくて、彼から目を逸らしてしまった。
私、彼と何か約束していた?
思い出してみるけれど、何も約束していないと思う…もう一度、拓弥君を見るとニッコリと笑いながら私を見た。
「あれ?梨桜ちゃん、ケーキを焼いてきたんでしょ?お土産は?」
お土産?
どうして私がケーキを焼きに行ったことになってるの?寛貴ってば拓弥君にどんな説明したの?
私が寛貴を見ると、寛貴は拓弥君にジロリと冷たい視線を投げた。
「拓弥、人の話を都合よく変換するな」
「梨桜ちゃんなら、オレにケーキ作ってきてくれると思った!」
そんなことを力説されても‥‥
大袈裟に悲嘆にくれている拓弥君に寛貴は「バカ」と突っ込んでいた。
「大橋、おまえやっぱり馬鹿だな」
葵が私の後ろで呆れていた。愁君も笑いながら「バカ」と言っている。
「ごめんね、拓弥君。今度作って来るね」
皆にバカと言われている拓弥君がなんだか可哀想になってしまい、そう言うと寛貴が眉を顰めた。
「梨桜、甘やかさなくていい」
「こういう奴は甘やかすとクセになる」
葵と寛貴が拓弥君に毒舌を吐いていた。
「なんだよおまえら!」
この二人って仲が悪いけど、思考が似ているような気がする。ホントは仲良くなれるんじゃないのかな
「梨桜ちゃん、さっき寛貴さんが持ってきた資料は置いてあるから」
寛貴と葵を見ていると、悠君が資料が置かれた机を指差しながら言った。
その資料を見て、一気に気が重くなった。
やりたくないけど‥やらなきゃ!
気を取り直して、ファイルを複合機の傍に運んだ。早く終わらせてやる!
「寛貴、資料整理の続きをしてもいい?」
席について話し合いを始めようとしている寛貴に声をかけると、彼は顔だけをこちらに向けて頷いた。
「ああ、資料を取りに行くときは声をかけろよ?」
脚立を使ってファイルを取り出すくらい、誰にでもできる簡単な作業なのに。
そんなに私が脚立から降りるのが危なっかしいんだろうか?
「わかったな?」
返事をしないでいると、低い声で念を押してきた。
こんなことで総長モードにならないで欲しい。
「わかった」
ヤンキー用語を背中で聞きながら、パソコンと複合機の間を何度も往復して資料を整理した。
「休憩にしたら?」
運んできた資料の半分が終わった頃、愁君に言われて手を止めた。
「はい。梨桜ちゃんはこれが好きだったよね?」
そう言われて目の前にジャスミンティーのペットボトルが差し出された。
「愁君。ありがとう」
お礼を言うと、ペットボトルの蓋を開けてから渡してくれた。
さっすが愁君!完璧。
「さっきから梨桜ちゃんは何をしてるの?」
私がパソコンを置いている机の椅子に座ると、愁君は隣に椅子を運んで座った。
「過去の議事録をデータ化して保存してるの」
そう言うと、にっこりと笑って「お疲れ様」と言った。王子様な愁君を見ていると癒されてしまう。
いいなぁ、愁君が同じクラスだったら、穏やかに過ごせそう。
「またとれた…なんだよコレ?」
その声がした方を振り返ると、葵が着ているシャツのボタンがまた1つとれたようだった。
まだ買ったばかりのシャツなのに、不良品!?
「ボタン、つけてあげる」
「今日は帰るだけだから、いい」
良くないでしょ、だらしないよ。
お昼寝キットからパーカーを取って葵に渡した。
「ボタンが2個も外れたままなんてだらしないよ?」
そう言うと、葵は嫌そうな顔をしながらシャツのボタンを外し始めた。
「ボタンをつけるまで、それを着てて」
「女物が着られるわけないだろ?」
そう言いながら広げたパーカを見ると、葵は私を睨んだ。
「――これって」
『オレの服じゃねーか!』って目が語っていた。
その視線を無視してシャツを受け取り、ソーイングセットを出してボタンをつけていると…視線が刺さっているような気がした。
チラリと視線を感じる方を向くと、悠君が睨んでいた。さっきは葵を睨んでいたけど、今度は私?
私、何か気に障るような事をしたのかな‥。
今日一日の事を思い返していると、葵がズボンのポケットに手を入れて私の脇に立った。
「何?」
私に希望を聞くなんて珍しい。普段なら何も言わずに買って来るのに。
「りんご」
葵の問いに答えると、愁君が私と葵を咎めるように目を細めた。
私、何か変な事言った?首を捻ると、愁君は『バカ葵』と小さく呟いた。
どうして『バカ葵』なの?
少し考えて、しまった!と思ったけれど、愁君にバカと言われた葵は部屋を出て行った。