均衡 (2)
「これくらいに泡立てれば上手く膨らむと思うよ?」
調理室でメレンゲを泡立てている間、小橋さんから大好きな先輩の話を聞かされた。
好きな人は2年生で、明るくて面白い先輩らしい。
彼女がどれだけ先輩を好きか。
力説されたけれど、メレンゲを作っていた私は、彼女の話が殆ど耳に入ってこなかった。
「泡を潰しすぎないように気を付けてね」
「ありがとう!東堂さん」
小橋さんと麗華ちゃんに手を振って調理室を出た。
危なっかしい手つきに思わず手を貸してしまったけれど、ケーキが美味しく焼けて彼女の片想いが実れば良しとしよう。
寛貴から『あまり遅れるな』そう言われてから結構時間が経ってしまったのが気になっていた。
携帯に表示されている時間を確認してから急ぎ足で生徒会室に向かった。
「梨桜」
急ぎ足で歩いていると、呼び止められて立ち止まった。
聞きなれた声に振り返ると、葵が一人で歩いていた。
「どうしたの?」
葵はシャツのボタンを1つ開けてネクタイを緩めていた。
無駄に色気が漏れているような気がする。それ、少しわけてくれたらいいのに
「走るなっていつも言ってるだろ」
私の額を小突く葵に「走ってない」と反論して葵と並んで歩いた。
ここで制服を着て二人で歩いているのが不思議な感じだ。
「さっき慧兄から電話が来た。夏休みに帰って来るってさ…」
「ホント?楽しみだね」
賑やかな夏休みになりそうだ。
「行きたいところがあったら決めておけって言ってた。行きたいところはあるか?」
「海、鎌倉の海!」
即答すると、葵は少し驚いていたけれど、すぐに笑いながら頷いた。
「梨桜はじーさんち好きだったもんな」
鎌倉にはママの実家がある。
慧君の実家でもあるおじいちゃんの家に、夏休みになると葵と二人だけで泊まりに行った。
「鎌倉か…しばらく行ってなかったな」
葵も懐かしそうに笑って言った。
「久しぶりに行こうよ。ね?」
葵を見上げると、シャツのボタンがとれかかっていることに気がついた。
「葵、ボタンがとれそうだよ。つけてあげる」
「帰ってからでいいよ」
ダメ、失くしたら困るでしょ?
「今はそんな時間ないだろ」
「そうだね。早く生徒会室に行かないと」
私は糸をひっぱり、ボタンを外して葵の手に乗せた。
「オレが持ってると失くすから、梨桜が持ってて」
「ん」
葵からボタンを受け取ると
「梨桜ちゃん!」
悠君が私達に向かって歩いてきた。
「遅いから心配した」
「うん、ごめんね。メレンゲを作るのに時間がかかったの」
「メレンゲ?」
隣で葵が聞いた。
「友達がシフォンケーキを焼いてて、教えてって言われたの」
葵が、納得できない。というように首を傾げて私を見た。
『なんで学校でケーキを焼くんだ?』そんな顔をしている。
説明しようと口を開きかけたら
「梨桜ちゃん、早く」
悠君が私を急かした。
「先生に頼まれた仕事も残ってるんだろ?」
いつもと違う、少し低い声で言うと葵を睨んでいた。
葵はその視線を受けて口角だけを上げると私の頭をポンと叩いた。
「海堂の機嫌が悪いみたいだから行くぞ」
挑発的に言う葵を悠君は更に睨んでいる。
「悠君?」
悠君は、葵から顔を背けて生徒会室に向かって歩き出した。