進路相談と大好きな人 (3)side:悠
「慧君!」
廊下から梨桜ちゃんの声が聞こえてきた。
担任は生徒会室の入口に立ちながら、梨桜ちゃんが出て行った方を見て目を細めてほほ笑んでいる。
「誰?」
拓弥さんが聞くと
「東堂の親戚だ。ちょっと話があって来てもらったんだ」
『ごめんな、梨桜が大変な時にそばにいてやれなくて』
そう言っている男の声が聞こえた。
若い男のような気がする。
梨桜ちゃんが大変だったときって去年の事故の事を言っているのか?
気になって廊下の方を見ていると、彼女が部屋に入ってきた。
「梨桜ちゃん‥あの人誰?」
梨桜ちゃんの顔を見て聞いてはいけなかったのかと思った。
赤くなっている目が、泣いたことを示していた。
「私の叔父さんなの。ずっと外国にいたんだけど日本に帰ってきたの」
少しだけぎこちなく笑う彼女を見て、何だか胸が痛くなった。
「これから3者面談なの。終わったら真っ直ぐ帰るね」
「そうなんだ…じゃあね」
彼女の顔を見たら、聞こうと思っていたことが口から出てこなかった。
屋上で煙草を吸っていると、拓弥さんが煙を吐き出しながら言った。
「3者面談なんてずいぶん時期外れだな」
「ああ‥」
寛貴さんが言い、オレも首をひねった。
友達の為に男相手に啖呵を切って言い負かすのに、久しぶりに叔父さんと会って泣くんだ。
ホント、梨桜ちゃんて面白い子だよな。
梨桜ちゃんが北陵相手に啖呵を切った日、梨桜ちゃんの見張りについていたチームの奴が興奮気味にオレに報告してきた。
『オレ、東堂を見てカッコイイって思いました。友達の為に北陵の奴に謝れって言ったんすよ』
それを聞いて、梨桜ちゃんならやりかねないかも。そう思った。
それから、寛貴さんと宮野が梨桜ちゃんを挟んで『自分のモノ』『オレのモノ』と言い合ったのを聞いた。
「悠、どうした?眉間にしわよってるぞ」
拓弥さんが笑いながら聞いた。
「別に」
寛貴さんが『自分の』なんて言うと思わなかった。
オレは寛貴さんを見た。
寛貴さんは火がついた煙草を銜えたまま拓弥さんの話を小さく頷きながら聞いている。男のオレから見てもカッコイイと思う。
寛貴さん相手じゃ勝てっこねぇよ。
喧嘩が強くて、頭も良くて‥口数が少ないから冷たいように見られるけど、この人は優しいんだ。
オレは寛貴さんみたいになりたいって思っているのに。よりによって…
容姿に惹かれて女が群がってきても相手にしない寛貴さんは、本気で惚れた女を大事にするんだろうな。
梨桜ちゃんの事も本気なんだろうか‥
オレがため息をつくと、後ろに人が立つ気配がした。
「屋上で煙草なんてベタだな」
振り返ると、銜えた煙草に火をつけている男がいた。
目を細めながら煙を吸い込む。その仕草に凄く色気があって、男のオレでもドキっとした。
「梨桜ちゃんの叔父さん。ですか?」
拓弥さんが言うと、言われた男の人は煙を吐き出しながらニヤリと笑った。
「ああ。…生徒会のメンバー、朱雀の幹部か」
「そうです」
寛貴さんが答えると
「梨桜が世話になってるみたいだな。一応、礼を言う」
この人、梨桜ちゃんの前と態度が違くないか?しかもオレ達を見ても平然としている。
「青龍と朱雀はライバルなんだろ?」
梨桜ちゃんに聞いたんだろうか?
「はい」
一番近くにいたオレが返事をすると、喉の奥で笑った。
「くだらねえな」
突然言われたその言葉にカチンときた。
この人に何が分かるって言うんだ?
「何がくだらないんですか?」
「そのままだよ。敵対していることがくだらねぇって言ってんだ」
煙を吐き出すと
「梨桜ちゃんの叔父さんだからって、勝手な事言われたくないんだけど」
拓弥さんが言い返すと、叔父さんは口角だけを上げた。
オレ達を挑発するように笑うその顔もイヤミなくらい整っていて綺麗だった。
「梨桜を巻き込むな。オレが言いたいのはそれだけだ」
巻き込む、そんなことするはずがない。
それにオレ達はオレ達のやり方で彼女を守っている。
「彼女の事はオレ達が護ります」
寛貴さんがキッパリと言うと、梨桜ちゃんの叔父さんは笑ったけれど、すぐに真顔になった。
「ガキがくだらない意地の張り合いをして足元を掬われないようにな。せいぜい気をつけろ?」
それだけを言うと屋上から出て行った。
「なんなんだよ、あの人」
牽制された。ということなのだろうか?
それにしても、オレ達に『くだらねぇ』そう言った時の雰囲気は一般人じゃないような気がする。
帰ろうと思って廊下を歩いていると、目の前に背の高い男の腕に手をかけて歩く女子生徒がいた。
「梨桜ちゃん?」
声をかけると振り返った
「悠君。‥慧君、クラスメイトの悠君だよ」
振り返った男はさっき屋上で牽制して行った梨桜ちゃんの叔父さんだ。
嫌味なくらいイイ男だ。美形の遺伝子があるに違いない。
「悠君、私の叔父さん」
さっき屋上で会ったが、彼女の手前、形だけ頭を下げると
「梨桜と仲良くしてくれてありがとう」
その言葉に驚いて顔を上げると、梨桜ちゃんにはわからにようにニヤリと笑った。
…やっぱり態度が違う。
彼女が下駄箱を開けると叔父さんが彼女の靴を下に置いた
上履きを下駄箱に入れてやると、靴を履きかえる彼女の手をとり支えていた。
「ありがとう、慧君」
「無理はするなよ?」
「うん。大丈夫だよ」
お姫様扱いかよ‥
「慧君、ウチでご飯食べるでしょ?」
梨桜ちゃんが叔父さんを見上げて言うと、頭を撫でながら微笑み返している叔父さん。
「ああ、梨桜の作った手料理か。楽しみだな」
叔父さんの答えを聞いて、梨桜ちゃんは嬉しそうに笑っている。学校ではあまり見せない笑顔だ。
「泊まっていってね?」
「そうするかな」
なんだかおもしろくなかった。
叔父とはいえ、梨桜ちゃんが他の男に対してこんなに親しげに話しているのを見てイライラした。