進路相談と大好きな人 (1)
愁君から『覚悟してね?』そう言われたけれど、別にこれといって変化のない毎日。
「梅雨って嫌い」
今日は特に湿度が高いような気がする。
首筋にまとわりつく髪の毛が気持ち悪く感じられたから、手櫛で髪の毛をまとめて高い位置で結い上げた。
変わったことといえば、登校拒否を続けていた麗香ちゃんが学校に来るようになり私は放課後に彼女の家に行かなくなった。
しばらく生徒会の仕事から遠ざかっていた私が放課後に生徒会室に行くと、雑用がたっぷりと待ち構えていた。
生徒会の顧問をしているクラスの担任から『過去の資料をデータにしてくれ』そう言われて私の目の前に大量の書類を置いて行った。
議事録を複合機でデータ化してパソコンへ送り、保存する。
気の遠くなるような作業をしていた。
悠君が手伝ってくれている。
…はずなんだけど、彼の手はさっきから止まっている。
「悠君、手が止まってるよ?」
彼の顔を覗き込むと
「セーラー服とポニーテールの組合せって‥なんかいいよな。女子高生って感じがする」
私を見ながらボソリと呟いた。
突然何を言い出すのかと思えば‥手伝ってくれてるんじゃないの?
「悠、おまえはその組み合わせが好きなんだ」
拓弥君は悠君の呟きに食いついていた。
「オレはサラサラの髪の毛がいいな」
二人は急に“萌える女子高生像”について語りだした。
馬鹿馬鹿しい…
彼を当てにするのはやめよう。
私は資料を手にして複合機の場所へ移動した。
資料をデータ化する作業を続けていると疲れてきた。
私の身体は高温多湿な状態についていけないようで最近疲れやすい。
「梨桜」
複合機の前でぼんやりしていると、寛貴に呼ばれた。
「なに?」
「隣の部屋に来い」
隣の部屋に行くと、寛貴はソファを指差した。
「少し休め」
「うん。ありがと」
ソファに座り、ふぅ。と息をつくと寛貴が私を見ていた。
「目を閉じているだけでも違うから休め。帰る時間になったら起こす」
「え?」
『休め』ってそういう意味?
私が驚いていると寛貴は少し怒ったように眉を寄せた。
「顔色が悪いのに無理に仕事をしなくてもいい。体調が悪いのを隠す必要はない」
隠しているわけじゃなく、言わないだけなんだけど‥
いつも私の体調が悪いとすぐに気付く愁君でもまだ気付いていないのに、寛貴が分かったことが意外だった。
言われるままにソファに横になると、向かい側で寛貴は資料に目を通していた。
横になって目を閉じると、溜まりつつあった疲労が身体から溶け出すような感覚に襲われた。
このまま眠りたかったけれど、今眠ったら熟睡してしまいそうだったから意識を保っているために寛貴に聞きたかったことを聞くことにした。
「ねぇ、寛貴、聞いてもいい?」
「なんだ」
目を閉じたまま聞いた。
「前に北陵の人が私の名前を聞いて『例の』て言ってた。『例の』ってなに?」
「ウチに転校生が来たのが噂になったんだよ。だからだろ」
淡々と答えるその言葉に違和感を感じた。
確信ではないけれど、“違う”そう思えた。
嘘つき
「東京の子って暇なんだね」
「‥そうだな」
「ありがと」
前に、桜庭さんが迎えに着てくれた車の中で愁君にも同じ質問をしたけれど、寛貴と同じ答えだった。
葵と寛貴は何か隠している。
目を閉じて、眠りに落ちそうになるのを堪えながら寛貴が書類をめくる音を聞いていると携帯が鳴った。
体を起こして携帯の着信画面を見ても、見覚えのない番号だった。
誰だろう?首を捻りながら電話に出た。
「もしもし‥」
『梨桜?』
男の人に名前を呼ばれた…
私の名前を呼び捨てするのは限られている人だけな筈。
『梨桜の携帯だろ?』
もう一度名前を呼ばれた。
私の知っている人だと思うけれど、この番号は知らないし、この声も覚えがないような気がする。
「すみません、どちら様でしょうか?」
私がそう言うと、話をしていた寛貴が顔を上げて私を見た。
『梨桜、オレの事忘れたのか?』
電話の相手はクスクス笑いながら話していた。
何となく聞き覚えがあるような気もするけれど、誰だったのかが思い出せない。
低くて耳に響く良い声。
「あの…」
『梨桜、冷たいな。昔はオレと結婚するって騒いでいたのに。本当に忘れた?』
その言葉に、一気に眠気もダルさも吹き飛んだ。
結婚する?私が騒いだ!?…この人、誰!?
「えっ!?結婚する‥?私、そんな事言った?」
『薄情者』
少し拗ねたように言うその声を聞いて‥
思い出した!!
「もしかして慧君!?」
『梨桜、オレは今、すごく傷ついた』
うん。小さい頃、慧君のお嫁さんになるって本気で思ってたよ。
ママや葵にダメって言われて大泣きした。
「慧君どうして?今どこにいるの!?」
そう言うと、扉がノックされて担任が顔を出した。
「東堂、お客さんだぞ」
「?」
担任兼生徒会顧問の安達先生は、私の面倒な事情を知る人。
その安達先生が私を呼んでいる。しかもお客さん?
「東堂が大好きな人だ」
こっちへ来い、と手招きをして廊下へ呼び出した。
「大好き?」
誰だろう?受話器を耳に充てながら廊下に出ると、確かに大好きな人が立っていた。
「ただいま、梨桜」
私はその人に駆け寄り、飛びつくようにして抱きついた。
「慧君!」