目撃 (1)
今日は大嫌いな全校朝礼。
寝不足で校長先生の話は耳に入ってこない。立ったまま眠れるかもしれない。
子守唄ような校長先生の話がやっと終わって、生徒会長の寛貴が壇上で挨拶をするのをぼんやりしながら見ていた。
有名進学高校に通うカッコイイお兄ちゃんだ。
普段は口数が少なくて、強引な総長さまだけど‥
寛貴は話を終えると生徒の集団には戻らずに壁際に立っていた。
生徒指導の先生の話が終わり、やっと朝礼が終わった。
一斉にざわざわと騒がしくなる講堂
クラスメイト達に続いて講堂から出るために列に続いて歩いた。
「-、――さん、とうどうさーん!」
「はいっ」
半分寝ていた私は慌てて返事をした。
呼ばれた方を見ると2人の男の人が私の傍に立っていた。
3年生?
今日はまだ悠君は学校に来ていない。
「ちょっと話があるんだけど」
最近、こういうのが多い。
プールでおぼれた教師を助けてから、上級生から声をかけられる。
「すみません、授業が始まるので行けません」
彼がいない時を見計らって来る男達。
興味本位での呼び出しは本当に困る。
迷惑だ。
「すぐ済むから、来てよ」
私に手を伸ばして来たから一歩下がってその手を避けた。
「やめて下さい」
触らないで!
ニヤニヤと笑いながら前に歩み寄り距離を詰めてくる。クラスメイト達は見て見ぬふりをしている。
「本当にすぐ終わるから」
避けたのに、さらに手を伸ばしてきて、強く腕を引かれた。
「いやっ!」
「早く来いよ。こっちだって時間がないんだよ」
そう言うと、更に腕を引かれ、小さな痛みが走り体が強張った。
もう、やだっなんなのこの男達、気持ち悪い!
「そのメガネ、外させろよ」
そう言いながら厭らしい笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
「梨桜」
名前を呼ばれて振り向くと寛貴がいた。
寛貴が私に腕を伸ばし、私は背中を支えるように引き寄せられた。
「センパイ、ウチの梨桜に何か用ですか?」
寛貴が来て、もう絡まれなくて済むと思い安心した。
上級生から遮るように拓弥君が私の前に立った。
「何か用ですか?って寛貴が聞いてるんですけどね。センパイ?」
拓弥君が凄むと
「なんだよ、大袈裟だなぁ」
「そうだ。ちょっと話をしようと思っただけだ」
男達は引きつった笑いを浮かべながら言い訳を始めた。
「梨桜、痛むか?」
自分から先輩達に聞いたのに、彼らの答えを無視して、寛貴は私の顔を覗き込みながら心配そうに聞いた。
「少し。でも、大丈夫」
そう言うと、寛貴は小さく舌打ちをして上級生達を睨んだ。
私に向かってニヤニヤと笑い、見下ろしていた彼らは怯えているように見えた。
「寛貴、大丈夫だよ?」
私が言うと、体が浮いた。
「拓弥、行くぞ」
寛貴はそう言うと、私を抱き上げたまま歩き出した。
「寛貴、下ろして?私、歩けるよ」
大丈夫って、歩けるって言ったのにどうして!?
「梨桜ちゃん、そのままでいいんだよ」
拓弥君がそう言い、寛貴の隣を歩きながら私の頭を撫でた。
「でも、すごく目立ってる」
抱き上げられたまま運ばれるなんて、恥ずかしいよ。
「梨桜ちゃん、それ、今更だから」
「え?」
拓弥君が笑い出し、何故か寛貴はため息をついていた。
抱えられたまま保健室に連れて行かれて、寛貴はソファに私を座らせた。
「オレ、ちょっと行ってくるわ」
拓弥君がそう言って私に手を振った。
「ああ、やりすぎるなよ」
2人だけにわかる会話をすると寛貴は私の隣に座り心配そうに私の顔を見ながら口を開いた。
「本当に痛まないか?」
「うん、痛くない」
いつもと比べてもそんなに大した痛みじゃないように思う。
熱が出るような感じもしない。
「そうか。…土曜日、弟に怒られたか?」
朱雀の溜り場から帰った後に、葵に凄く怒られたことを思い出した。
「うん。男の子と一緒にいたのがバレてすっごい怒られた」
「どうしてわかったんだ」
「髪の毛に煙草の匂いがついていたみたいで、何をしてきたのか白状させられたの」
自分の髪を摘まんで指に絡めて確かめてみたけれど、今は煙草の臭いはしない。
「過保護だな」
「‥そうだね」
あの事故以来、特に過保護だ。
「倉庫‥禁煙にする」
禁煙?いつも屋上で吸ってるのに‥
彼等が禁煙する姿を想像して、笑うのを堪えていると、目の前に腕が回された。
「可笑しいか?」
寛貴に抱き寄せられていて、広い胸に頬が当たっていた。
驚いて何も言えずにいると
「たまには遊びに来い」
寛貴が言い、私は顔をあげた。
真っ直ぐに見つめる目を逸らしてしまった。
「朱雀のメンバーにはならないよ?」
自分の心臓を宥め賺して言うと、私に回されている腕の力が強まった。
「青龍ならいいのか?」
彼の言葉に首を横に振った。
「どっちのメンバーになるつもりはないよ。青龍と朱雀は元々ライバルチームなんでしょう?」
「ああ」
葵を傷つけるかもしれないチームにいることは出来ない。葵にも、クラスメイト達を傷つけて欲しくない。
傷つけあうのは無意味だよ。
「梨桜?」
「授業に出るね‥」
そう言うと、寛貴は腕を解いた。
彼に、彼等に嘘をついている。最近、そのことに後ろめたさを感じる。