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秋桜  作者: 七地
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水底に沈む…(4)

大きな水音と同時に悲鳴が聞こえて振り返り、同級生に何があったのか聞くと「先生が落ちた」と言っていた。

先生が落ちたのは高飛び込み用のプールで、消毒薬を入れている最中に生徒と話をしていたら足を滑らせて落ちたという。


「どうしよう?浮かんでこないね」


水に落ちた先生は、浮かんで来なかった。水中でもがいているような感じもしない。


溺れてる?その考えが頭に浮かんだ。


「さっき、頭を打ったように見えたよ?」


その言葉を聞いて、同級生が止める声を振り切って水に飛び込んだ。



水に飛び込んだ瞬間、“また葵に怒られるなぁ”って思った

プールの水は冷たかったけれど、久しぶりに感じる水の感触が懐かしかった。


視界の先に沈んでいく先生を見つけた。

さっき、頭を打っていたと言っていたのを思い出し、注意深く見ると、先生の顔の周りに赤い縞が浮かんでいた。


意識がないと思える先生の様子に、心臓が大きく跳ねた。


一度水面に浮かび上がり、大きく息を吸い、深く潜り目的の場所まで進んだ。

先生の手を手繰り寄せ、顎に腕をかけて水面へ浮かび上がった。


「せんせっ!しっかりして!」


呼んでも反応がない。呼吸もしていない‥


プールサイドを目指して泳いだ。

目の前には私に向かって手を差し伸べている悠君と拓弥君。怖い顔をしながら携帯で話している寛貴。


ギャラリーは動けないのか固まったままこちらを見ている。

プールサイドまで泳ぎ着き先生を2人に託すと目の前に手が差し出されて、その手をつかむと体が引き上げられた。


プールサイドに上がり先生を見たけれど、ぐったりしたままだった。


「先生!」


水を吐かせるために先生の体を横向きにして背中を叩いたけれど、先生の様子は変わらなかった。


出血し続けている頭の傷をタオルで押さえるように言うと、先生を仰向けに戻して首に手をかけて気道を確保した。

前に部活で習った人工呼吸。人形相手にしかやったことがないけれど、上手くいって先生が呼吸を取り戻しますように。

そう願いながら、鼻をつまんで息を吹き込んだ。


息を吹き込んで、心臓をマッサージする。


どれくらい繰り返したのだろうか?私自身が息切れしてきた頃、頭の上で寛貴の声がした。


「梨桜、後は教師と救急隊に任せるんだ」


寛貴に腕を引かれて先生から離され、彼の顔を見上げた時にゴボッと音がした。

振り返ると、先生が水を吐き出していた。


良かった…


安心したら力が抜けてしまった。


「梨桜、頑張ったな」


このまま息を吹き返さなかったら‥また、目の前で人が死んでしまったらどうしようと思った。


怖かった‥



安心して、放心している私の頭の上で誰かが何かを言っていた。


なに?

今なんて言ったの?そう聞こうとしたら拓弥君と悠君が目を見開いて私を見ていた。



「梨桜ちゃん、君って」


「え?」


なに?と思っていると、悠君が私に向かって指を向けた。


ふと、顔に手を当てていた指にメガネのフレームがあたらない事に気がついた。


「あ~っ!!」


メガネ!!

どうしよう!?泳いでいるときに邪魔だったから、水中で外した!!


プールに身を乗り出すと肩を抑えられて止められた。


「無理だ。底に沈んでるだろ」


耳元で声がして、そちらを見れば寛貴の顔があった


どうしようっ!?


終わった…私の素顔がばれた。



彼らの前から消えよう!そう思って立ち上がろうとしたら足に力が入らなかった。

安心したら腰が抜けたらしい


「どうした?背中が痛むのか」


そう聞いてきた寛貴に何と言ったらいいものかと迷った。

いつまでもここにいてギャラリーが戻ってくるのは余計に困るから正直に言うと


「寛貴、安心したら‥腰が…」


最後まで言い終わらないうちに毛布で私の頭からすっぽりと包まれて寛貴に抱えられた。

小さな声で「顔を伏せてろ」そう言うと寛貴に抱えられたまま屋内プールを出ると、私を呼ぶ声がした。


「東堂!」


担任に呼ばれて私は顔を上げて手を振った。


「無茶な事をしてくれるなよ。おまえまで溺れたらどうするつもりだったんだ?」


可哀想に先生は泣きそうになっていた。


「先生、ごめんね?」


教師用の更衣室でシャワーを浴び、保健の先生から渡された下着をつけた。

それは、恐ろしいほど素っ気ないスポーツブラとショーツだった。


体育の授業を受けないから、体操着を持ってきていなかった。

着替えがなくて困っていると寛貴がTシャツとジャージを貸してくれた。


「でか…」


葵のTシャツを着たときと同じ位の余り具合だった。

ドライヤーが無かったので念入りにタオルドライをして、ブラシで髪をとかし、長くて邪魔な前髪をねじってまとめた。

鏡を見ると、そこには普段の私がいた。


更衣室を出ると担任と寛貴が待っていた。

担任の先生が濡れた制服をクリーニングに出してやると言うので制服の入っている袋を渡した。


「先生、プールの底に私のメガネがあると思います」


「…どーやってとるんだよ」


先生は凄く嫌そうな顔をして言った。


「高飛び込みの台から入れば潜れますよ?」


先生はギョッとした顔をした。


「お前、オレにやらせんのか?」


「…怖いなら私が自分でとってきます」


「怖くて悪かったな!ったく。着替えが届くまで休んでろ」


「生徒会室に連れて行きます」


「藤島、頼んだぞ」


担任は私の事を寛貴に任せてしまい、寛貴に連れて行かれた生徒会室でソファに座って温かいお茶を飲んだ。


「寛貴、Tシャツ貸してくれてありがと」


「ああ、寒くないか?」


「ちょっと寒い」


「羽織ってろ」


寛貴が毛布を肩にかけてくれると、私の隣に座った。


「先生大丈夫かな…意識なかったけど」


「大丈夫だといいな。それより、無茶な事はするな。水に入っている時に背中が痛くなったらどうするつもりだったんだ?」


寛貴の言葉が耳に痛かった。

プールの中で背中が痛くなったら私は溺れていた。でも、目の前の事しか考えられなかった。


「考えなかった」


「今度から、何かあったらすぐにオレを呼べ。いいな?」


怒ったような声で言われて、私は頷いた。

どうして今、総長モードになるのよ。私そんなに悪い事した?


私の顔を見ている寛貴を見て、前に病院で鉢合わせした時の事を思い出した。

あの時は、一瞬だったけど、目があったように思う。あの時、彼は私の顔をしっかりと見たのだろうか?


「梨桜」


「なに?」


名前を呼ばれて、彼が何を言い出すのか、ドキドキしながら返事をした。

『おまえ、病院にいたよな』とか?『宮野の女なのか』とか‥?


寛貴が話すのを構えて待っているけど、何も言わない。


「寛貴?」


「…いや、何でもない。髪が濡れたままで風邪ひかないか?」


寛貴の手が伸びて、私の髪の毛を一筋すくった。


「多分‥大丈夫」


そう言うと、私の頬を撫でた。

寛貴はまた何かを言おうとして唇を開きかけたけれど、何も言わずに口を噤んだ。


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