還る場所 (11)
「あんなブスが言ったことに惑わされて壊れてんじゃねえ!」
立ち上がって振り向き様にもう一度怒鳴られて、ビックリして固まっていると抱き締められた。
「葵…?」
札幌に行っていたんじゃないの?
どうしてココにいるの?
身動ぎをしようとしたけれど、葵の腕が震えているのを感じておとなしくしていた。
札幌で、何を聞いてきたの?
「梨桜はオレを一人にしたいのか?」
葵の腕の中で首を横に振った。
嫌だ、葵が一人でいるなんてダメだよ。
「最期の言葉を忘れたのか」
忘れてない。
私達はいつも一緒でしょ?葵と一緒がいい。
「だったら、フラつくな。梨桜、お前は自分の意思でオレ達のところに帰ってきたんだ」
私の意思?
良く分からなくて葵の顔を見ると、また胸に抱き込められた。
「死ぬ運命なら、おまえが諦めていたのなら梨桜はとっくに死んでるんだよ。危険な状態に陥る度に頑張ったのは自分だろ?忘れてんじゃねーよ」
寛貴の言葉が頭に浮かんだ。
――助かって欲しいと願われて、助けたいと思った医療スタッフの思いを否定するな――
助かって欲しい。助けたい。
その思いに応えたのは…私なの?
「葵、いいのかな」
私、ここにいてもいい?
「いい加減にしろ!」
怒鳴られてビクッと肩を竦めると葵は私の肩に額を付けて何かを堪えるように肩で息をしていた。
「あお…い?」
「いいに決まってんだろ…もう惑わされるな」
泣いてるの?
顔を見ようと思ったらそれを阻むように頭を押さえて胸に押し付けられた。
「今度からは壊れる前に言えよ。その度に思い出させてやる」
葵、ありがと…
「おい、いつまでくっついてんだよ…電話だぞ」
寛貴に声をかけられると、ぎゅーって腕に力を籠めてから私を離した。
あまりの苦しさから一気に解放されると足元がふらついて、ペタンと地面に座りこみそうになった。
「あ…」
「大丈夫か」
寛貴に支えられてベンチに腰掛ると葵は少し離れたところで電話をしていた。
ペットボトルのお茶を差し出されて一口飲むと寛貴は私の顔を見て笑っていた。
「なぁに?」
「おまえが重いと思ったものはオレが半分背負ってやる。だから一人で溜め込むな」
どうして泣かせるような事を言うの?
涙が滲んでしまい、零れないように横を向いて堪えていると「聞いてるのか」と怒られた。
「聞いてる」
寛貴の方を向かない私の肩を掴んで自分の方に向かせると私が大好きな、あの表情で笑って私の目尻を撫でた。
「泣きすぎ」
誰が泣かせたのよ…
寛貴は立ち上がって私の頭を撫でると電話を終えて戻って来た葵の方に歩いて行った。
立ち止まって二人は何かを話していた。
葵は戻って来ると、隣に座って顔を覗き込んだ。
「ここに来て良かったか?」
頷くと前髪をクシャクシャにして撫でた。
何故ここなんだろうと思うけれど、それよりもママが好きだったこの場所に来ることが出来て良かったと思える。
「葵はここに来たの覚えてる?」
寛貴は広場から海を見下ろせる場所で煙草を吸っていた。
「覚えてないけどお袋が入院する前に連れてきた」
そっか。
私もママと来たかったな…
「来年、連れて来てやるよ」
「うん」
ママ、葵とは喧嘩をすることもあるけど仲良くしてるよ、
いつも一緒にいるから、見ててね?
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