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秋桜  作者: 七地
255/258

還る場所  (10)

「着くぞ」


起こされて、目を開けると車窓から海が見えた。


ママの育った街。

冬になろうとしている季節に来たことがなかったから、人のいない海が寂しげに見えた。



タクシーに乗り、慧君に教えられた広場がある公園に向かった。

車の中でも手を繋いでくれていて、絡めた指に力を入れれば宥めるように親指で手を撫でてくれる。


「お袋さんてどんな人だったんだ?」


鎌倉という場所だからか、それとも私の神経が昂っているからなのか…

ママの顔を思い出すだけで涙が出そうになった。


「心が強くて、綺麗な人だったよ。自分の信念を曲げなかった」


「梨桜も…いや、おまえら双子は頑固だよな。お袋さんに似たんだな」


「…そうかな」


葵がママに似てるのは分かるけど、私も?パパに似てるって言われることが多いのに…

意外に思いながら寛貴を見ると、私を見てニヤリと笑った。


「そうだろ。今日だって、オレが連れて来なかったら一人で来るつもりだったろ?」


言い当てられて、返せる言葉がなかった。

私ってやっぱり頑固なのかな…




タクシーを降りて、公園から奥に続く道を進むと、山を登るような小路に出た。


「ここ…」


手を引いてもらいながら進むと見覚えのある場所に出た。


「来たことがあるのか?」


「夏に葵と来たの。…でも、慧君が言ってたのはここじゃない」


穴場。って言われて、ここから花火を見た。

最後に喧嘩になって、クライマックスを見逃して…今年の夏の事なのに、凄く前の事に感じる。


「まだ路が続いてる。行くのか?」


頷くと手を引かれて、小路を進み続けると急に視界が開けた。



目の前に広がった光景に、涙が溢れ出てきた。


ここだ。

ここに私が立っていたの。そして、ママも立っていた…


「この場所でいいのか?」


頷いて広場の中に足を進めると海が見えた。

今は花が終わってしまったけれど、一面に秋桜が植えられているのが見て分かる。


どうしてここなの?

助けてって叫ぶとここに立っていたのは何故?


立ち尽していた私の腕を引いて、海が見晴らせるように置かれたベンチに私を座らせると流れ落ちる涙を指で拭ってくれた。


「私、事故にあってから意識の無い状態が続いていたんだって…」


自分の事なのに、まるで他人事のように話す自分がおかしかった。


「意識が戻って、ママが死んだ事を聞いても暫くは信じられなかった」


私、ママが好きだったここに来たよ…


「リハビリが始まって、ママがこの世にいない事を納得し始めた頃から事故の夢を見るようになったの。考えても仕方がない事ばかり頭に浮かんで、夢を見てうなされてっていう毎日だった」


「辛いなら話さなくてもいい」


頬に触れている手に指で触れて首を横に振った。


このままじゃいけないから…

前に進みたいから聞いて欲しい。


「事故の時の夢を見るようになって…いつからか、もう一つ夢を見るようになったの。事故の現場にいて助けてって叫ぶとコスモスが咲いている野原に立っている夢……」


寛貴は海を見ながら私の話を聞いていた。

話を聞いた後も、あの言葉を言ってくれるかな…


「一度だけママが夢に出てきたの。後になってから、意識が戻った日とママが死んだ日が同じだって知って、私の所為でママは死んでしまったんじゃないかと思った」


「偶然だろ?そんなことが」


諌めるように言う寛貴に首を横に振って答えた。


「うん。普通に考えればそうなのかもしれないって思う。でも、夢の中でママが哀しそうに笑っていたの。それに、この前由利ちゃんに言われちゃった。『私が目を覚まさなければママは助かったかもしれないのにね』って。やっぱり私の所為なのかなって…」


自分で言いながら、胸が苦しくなって涙がボロボロ零れた。寛貴が何か言っていたけれど聞き取ることが出来なかった。


「…夢の中の場所がここだった。ママが好きな場所だったんだって」


両手で私の頬を挟み自分の視線に合わせるように少し上を向けた。

寛貴の瞳の中に、泣きすぎてボロボロになっている私が映っていた。


「お前の傍にいる家族はどうなる?」


パパと葵?


「助かって欲しいと願った人達の思いはどうなる?」


意識が戻った時…パパは泣いていた。何回も『良かった』って言ってくれた。


「お袋さんだって、梨桜が事故に遭って意識が無い状態のときはまだ生きていたんだろ?その時に助かって欲しいと願った筈だ。自分が助かった事を否定するな」


「否定?」


「そうだ。助かって欲しいと願われて、助けたいと思った医療スタッフの思いを否定するな。事故のショックはオレには想像できないくらいに大きいのかもしれない。…でも、乗り越えろ」


私の涙を拭いながら、もう一度「乗り越えろ」と言った。


その時、背後から怒鳴られた。


「ったく…チョロチョロ動いてんじゃねーよ、このバカ!」


葵?

…どうしてここにいるの?


.


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