表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秋桜  作者: 七地
250/258

還る場所  (5)

「今日からコレを使って」


愁君から渡された新しい携帯。

最新機種のスマートフォン。私に使いこなせるんだろうか…

不安な気持ちで携帯を見ていると、寛貴が使い方を教えてくれた。



「最初は不便だけど、札幌の友達に新しい番号を連絡するのは落ち着いてからにしてもらえるかな?」


「円香ちゃんにも?」


そう聞けば「ごめん、少しだけだから」と言われて素直に頷いた。


「ありがとう愁君」


「どういたしまして。今度からは葵が分からないパスワードにしなきゃだめだよ?」


にっこりと微笑まれて、葵の顔を見るとフンと笑われた。

言い当てられた携帯のパスワード。ちょっと安易な番号にしすぎたかな…


「梨桜ちゃんは宮野の携帯のパスワード見当つく?」


悠君に聞かれて、葵の顔をジーッと見た。

葵が分かったなら、きっと私にも分かる筈。


「3158?」


最初に買ったバイクのナンバーは?


「違う」


ニヤリと笑って首を横に振っている。

じゃあ…この番号は?


「――0725」


「‥‥」


図星だったらしく、携帯を弄って番号を変更し始めた。


「なんで分かんだ?」


何でって言われても、頭に浮かんだ番号を言ってみたんだけど…


「何でだろ?葵はどうして分かったの?」


「‥おまえの行動パターンは昔から同じだから。あれ、オレが前に住んでたマンションの暗証番号だろ」


馬鹿にしてるけど…何よ、そういう自分だって!

あの番号は私が札幌に住んでたマンションの部屋番号のくせに


「だって数字の羅列覚えるの苦手なんだもん」


「そういう理由の暗証番号?成績がいいくせに羅列を覚えられないってどういうことだよ?」


暗証番号だらけだと訳分からなくなっちゃうでしょ?

呆れたような顔を向ける悠君にプイッと顔を背けた。



・・―――

   ―――・・



新しい番号とアドレス。

静かな日常に戻ったかのような日々。


でも、私の中で何かが変わっていた。



眠れない。


ここのところ、殆ど眠れていない。

眠いと思って寝てもすぐに目が醒めてしまい、そこから眠れなくなる。


葵は口に出さないけれど、気付いていると思う。頻繁に夢を見ていた頃のように傍にいてくれるから。


このままでいてもいい事なんか無い。

そう思っているのに気持ちがついて行かない。



朱雀の倉庫でソファの肘掛けに凭れるように座り目を閉じていると呼ばれた。


「梨桜ちゃん」


目を開けると、悠君が袋を持って立っていた。


「食おうぜ!」


袋を前に差し出されて、覗き見ると湯気が上がっていて…

普段なら美味しそうと思える中華まんの匂いに、眉根を寄せてしまった。


眠れないと、食欲もなくなってしまう。

空腹を感じて抵抗なく口にできるのはリンゴ。何故かそれだけは食べられる。


「ありがとう」


札幌では受けたくないと頑固に撥ねつけたカウンセリングを受けるべきなのかもしれない…


どうしても口に出来ない中華まんを目の前にして考えていたら、情けなくて思わず笑みが浮かんでしまった。


私ダメだな。壊れてる…


「梨桜、来い」


寛貴に呼ばれて立ち上がると、軽い眩暈がした。

それに気付かれないように傍に寄ると腕を引かれて幹部室を出た。



寛貴は冷蔵庫からペットボトルを取り出して一口飲むとソファに座った。隣に座ろうと思っていると


「ここに座れ」


そう指したのは自分の膝の上で、躊躇っていると腕を引かれて座ってしまった。


「痩せたな…」


そう言いながら寛貴は唇を重ねた。

不思議だね、キスは抵抗なく受け入れられる…


キスをしたまま私をソファに寝かせると、視線を合わせたまま唇を離した。

離れ難い気持ちでそれを見ていたら、急に鋭い視線を私に向けた。


「いい加減にしろよ」


「…」


顔を逸らそうとすると顎を掴まれ、正面を向かされた。


目が怒っている


「ごめんなさい…」


嫌わないで…

涙が滲んで、寛貴の顔が見えなかった。


「ごめ…っ!?」


いきなり唇を塞がれて、舌が入り込むと水が流れてきた。

思わず飲み込むと、私を抱き起してそのまま腕に力を籠めた。


「梨桜はオレの女じゃないのか?」


彼女でいさせて欲しい。


「だったら、どうして何も言わない?」


嫌われたくない。

自分でもどうしたらいいのか分からない


苦しい、苦しいよ…

押し潰されそうなの。


「ごめんなさい、嫌いにならないで…」


「甘く見るなよ…だから分かって無いって言うんだ」


口調は凄く怒っているのに、抱き締めて頭を撫でてくれる手は優しかった。


「オレも宮野も、待とうと思っていたけど…止めた」


「え?」


寛貴の顔を見ようと思ったら胸に顔を押し付けられて叶わなかった。


「宮野は札幌に行った」


葵が?


「ダメ…」


「どうしてダメなんだ」


ダメなの!

葵、彼女に会わないで…


「梨桜」


呼ぶ声が優しくなって寛貴の顔を見上げたら、グラリと視界が揺れた。

眩暈がする。


身体が、変…?



「今は眠れ…」


霞んでいく意識の中で声が聞こえたような気がした。



.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ