還る場所 (4)
-愛してる-
私にそんな大事な言葉をくれるの?
胸に頬を寄せていると涙が引いて、あの夢を見た動揺が消えていくような気がする。
寛貴の腕の中って…安定剤みたい。
顔を仰ぎ見ると、ペロリと私の目元を舐めた。「しょっぱいな」そう言って頭をポンポンと撫でていた。
「皆の所に戻る」
「話すつもりになったか?」
「…ん」
「話せるところまででいいから教えてくれ」
優しい人。
私にはもったいない。
葵用の総長室を出て、幹部室に入るとコジ君が驚いた顔で私を見ていた。
いつもの定位置。
右側に葵、左側に寛貴。二人の間に座ると、愁君が紅茶を出してくれた。
「梨桜ちゃん、落ち着いた?」
紅茶を一口飲んで頷くと「良かった」と言って微笑んでくれた。
話せるところまで、話すね…
「取り乱して、心配かけてごめんなさい」
「できれば、教えて欲しいな。…今、梨桜ちゃんに起こっていることはこのエリアで生活していたら普通じゃ考えられないことなんだよね」
愁君の言葉の意味が理解しきれなかった。
考えられないって…どういうこと?
「どうして?」
「オレが梨桜ちゃんのデータが流れていかないようにガードしているから。そうだろ?海堂」
声をかけられた悠君は渋い顔で頷いていた。
愁君が?そうだったの?
「そうだ。梨桜ちゃんが宮野と双子だと分らなかったとき、梨桜ちゃんがどこから来ているのかとか他のチームに入っていないか調べようとしたけど、詳しい情報は何も入ってこなかった。いつも何かで引っかかって分らなかった。朱雀位のチームで調べられないなんて意外だった」
また、愁君は「そういうことなんだよ」といって笑みを浮かべていた。葵の顔を見ると頷いていて、ここでも守ってもらっていたんだと感謝した。
「梨桜ちゃんの住所はもちろん、携帯、アドレス、詳しい家族構成。すべてブロックをかけた。それは今でも継続している。むしろ青龍と朱雀でブロックをかけている。それが破られたという報告も上がってきていない」
そんなことまでしていたの?
私、そんなに大層な人間じゃないのに…
「どうして?」
「最初は葵の大切な存在だったから。でも、今は梨桜ちゃん自身がウチのチームで大切な存在だから」
「オレ達だって…朱雀だってそうだ!」
愁君が言えば、悠君がムキになったように言葉を繋げた。
なんて、嬉しい事を言ってくれるんだろう…
別な意味の涙が出てきそうだ。
ウルッと滲むのを感じると、右隣から手が伸びてきてタオルハンカチを顔に当てられた。
「それ以上泣くと顔が腫れるぞ」
「ん」
「――まあ、そんなわけであの件以来梨桜ちゃんの情報は関東圏内では漏れていないはずだよ。だから、オレにはこの状態が納得いかない」
「朱雀としても納得できない」
寛貴も続けて言い、私は覚悟を決めて小さく息を吐いた。
「学校祭の時に、札幌の友達が教えてくれたの」
葵と寛貴は私の顔を見ていた。
「中学の時の友達?」
「中学と高校が一緒な友達。友紀ちゃんが、合コンで聞いてきて、私を心配してかけてきてくれて‥‥私の携帯番号とメールアドレスがファンの間で売買されている。って言われた」
葵と寛貴が不機嫌になるのがひしひしと感じられた。
でも、そう言われたのだから仕方がない。
「ああ、そういえば梨桜ちゃんには通っていた高校の近くの男子校にファンクラブがあったんだよね」
平然と言う愁君に心の底から驚いた。
本人も知らなかったことを、どうして知っているの?
「軽く考えていたの。設定を変えればいいと思ってたし東京と札幌は離れているからそんなに暇なことする人はいないと思ってて」
「それはずいぶん認識が甘いな‥」
「おまえは甘ちゃんだからな」
葵の言葉に言い返すことが出来なくて、今はその言葉を受け止めた。
「でも10日くらい前から急に電話とかメールが多くなって拒否設定をしたんだけどSMSメールだけは拒否設定がうまくできなくて‥携帯を見るのが嫌で電源を落としていたの」
「そっか…実は矢野から円香ちゃんに聞いてもらって、彼女が調べて教えてくれたんだ。今の梨桜ちゃんと同じことを言っていたよ。梨桜ちゃん話してくれてありがとう。あとはオレ達で処理するからもう心配はいらないよ?」
「ああ、安心していいぞ?梨桜ちゃん」
悠君にも言われたけれど、私は首を横に振った。
「由利ちゃんから電話がかかってきて、問い詰めたら。“姫”って呼ばれている私を困らせようと思ったって言われた。由利ちゃんの事は私が自分で話をしたかったから二人に言わなかったの。もう、大丈夫だから。理由が分かったから番号とアドレスを変えればいいでしょう?」
愁君に訴えると、葵が訝しげな顔をして私を見ていた。
-そんな理由でおまえがあんなに取り乱すのか?-
そう言っている。
でも、由利ちゃんと葵達が直接話をしてアノ事を知られたくない。
もう少しだけ、待って欲しい。
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