還る場所 (3)
本当は眠りたくない。
また、夢を見てしまうから…
――梨桜、お袋は眠るように逝った。最期の言葉は『梨桜は大丈夫よ、葵のところに帰ってくる。あなた達はいつも一緒でしょ?』そう言って笑ってたよ――
葵から聞いたママの最期の言葉。
あの時、パパと葵からママの事を聞いたのはそこまでだった。
何時、ママが亡くなったのか。
それを知ったのはパパからでもなく、葵からでもなく…たまたま耳に入った噂話からだった。
ベッドの上で体を起こせるくらいに回復して、やっとリハビリができるようになった。
事故に遭ってから、恐ろしい程に私の体力は失われていて、ベッドの上に起き上っているだけで疲れてしまうような体になっていた。
「梨桜、ゆっくりでいいんだ。焦らなくていい」
パパはいつもそう言って励ましてくれた。
冬休み中、葵は札幌に来てくれて傍にいてくれた。
まだ、自分の中でママが亡くなったという事が理解しきれていなかったけれど、葵がずっといてくれるっていう事はやっぱりママはもういないんだ。
そんなところで納得し始めていたのかもしれない。
その頃から見るようになった夢。
夢を見れば必ずうなされる。時には看護師が私を呼ぶ声で我にかえる時もあった。
――血の海に散らばったガラス片の中に私が倒れていて、目の前に虚ろな目をした人が倒れている――
実際に見た光景。
どうして、私が助かったんだろう?
どうして、こんな事故が起こったんだろう?
考えても仕方のない事が頭から離れなくなって、夢を見るようになった。
「うなされてた。またあの夢を見たのか?」
額に滲んだ汗をぬぐってくれる葵に、もう一つの夢の事は言えなかった。
恐怖に怯えて「助けて」と叫ぶ私がいつの間にか花が咲き乱れる場所に立っている。
咲いている花はいつも同じ。
いつも野原に一人で立っているのだけど、一度だけ見た夢は…野原の向こうに見覚えのある後ろ姿が立っていた。
コスモスが咲き乱れる野原の向こうに立っていたのは…ママ
振り返ったように見えたママは横顔だけを見せて、また前を見て歩いて行ってしまったの。
微笑んでいたけれど、哀しそうに見えた。
『PTSDの症状、酷くなっていくわね』
『無理もないわよ。自分の意識が戻った日に、母親が亡くなったんでしょう?まるで…』
『彼女に自分の命を譲った?まさか…』
『でも、容態は落ち着いてきていたのに急変したんでしょう?逆に彼女は心肺停止にも陥ったことがあるのよ?』
『考え過ぎ。そんな事、ある訳が無い』
『でも、生かされた命だと思う。きっと彼女は母親に生かされてるのよ』
――だから、ママは哀しそうに笑っていたの?私の所為なの?
頬に触れている手の感触で目が醒めた。
眠りたくなかったのに、また眠っていたんだ…
「泣いていた」
寛貴が心配そうな顔をして私の涙を親指で拭っていた。
「傍にいてくれたんだ…ありがと」
寛貴はベッドに腰を掛けると、私の体を起して腕に抱きしめた。
少し怒った声で「梨桜」と呼ばれ、顔を見上げるとハッキリとした口調で言われた。
「おまえはオレの女だ」
「うん…」
「どうして1人で溜め込む?オレにも背負わせろ」
背中を撫でながら優しい声で囁いて額と頬にキスを落とした。
手を煩わせたらいけない。そう思っていたけれど、結局は心配をかけて手を煩わせてしまったね。
「ごめんなさい」
「謝罪よりも違う言葉を聞かせろ」
「大好き。ありがとう」
寛貴は私の頬に手を掛けて見下ろすと唇を重ねた。
「オレは愛してる」
止まっていた筈の涙がまた零れた。
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