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秋桜  作者: 七地
246/258

還る場所  (1)

――葵、ごめんね。


 私は助かるべきじゃなかったのかもしれない――



『ねぇ、やっと意識が戻った子』


『ああ、あの?』


『カワイソウよね。目の前で人が死んでいくのを見て…』


『そうだね。きっと…なるだろうね、PTSD』


意識が落ちて…突き上げる痛みと苦しい感覚で目が醒めて――また、意識が落ちる。

そんな状態を繰り返していた私の耳に入ってきた囁き声。


自分の事を言われているとはその時は分からなかった。


目を閉じると、また意識が落ちて行く…



その日私は、比較的体が楽で穏やかな気分で目覚めることができた。


「梨桜?」


目の前にいたのは、大好きで大切な存在。

今日も居てくれたんだ。嬉しくて口を開こうとしたら僅かに眉を寄せて窘めるように囁いた。


「苦しいんだから無理に話さなくていい」


そっと私の頬を撫でている指を感じる事ができる。

…私は生きている。


目だけを動かしてベッドの脇を見れば、やつれた顔をしているパパと、小さく笑みを浮かべている葵がいた。


-心配かけてごめんね-


そう言いたかったけれど、言葉にすることは出来なくて…例え出来たとしても呼吸器に邪魔されて伝えることが出来ない。


「梨桜、辛いけど聞いてほしい」


パパに目を向けると目を伏せていた。


「回復してから話した方がいいのかと迷ったけれど…後から聞かされたら、梨桜は今聞くことの何倍も悲しむと思った」


何の話?

葵を見ると、さっきまでの笑みは消えていて、両手で私の頬に触れて目を閉じた。


葵、泣いているの?


パパを見ると私の手を握り、そこへ自分の額を当てていた。


「梨桜……ママが…亡くなってしまった」


ウソだ…

葵を見れば、眉根を寄せて辛そうな顔をしていた。


―やだ、嘘でしょ?―


やっぱり、声に出すことが出来なくて、唇だけを動かすと言葉を読み取った葵が首を横に振っていた。


「嘘じゃない。お袋は…死んだ」


涙が溢れて、大きく息を吸うと肋骨を骨折しているせいで胸が酷く傷んだ。


「っ!!」


「梨桜!?」


…上手く呼吸が出来ない。

苦しくて、握られた手に力を籠めるとパパが握り返してくれた。


「梨桜、落ち着け。ゆっくり…ゆっくり呼吸するんだ」


葵の言葉が、耳に入ってきた。




「落ち着いたか?」


―うん、少し落ち着いた―


目で返すと、葵は笑ってくれた。


「話を続けてもいいか?それとも、後にする?」


今、聞きたい。


手を握る葵の指に自分の指を絡めて力を少し籠めると、頷いた。


「梨桜が事故に遭った知らせを聞いて、ココに詰めてたんだけど、お袋に説明して安心させるために一度東京に帰ったんだ。

その時はいつもと容態も変わらなくて、また札幌に行く時も笑って見送ってくれた。

札幌について何日か経ったら…容態が悪くなったって病院から呼ばれて東京に戻った」


そんなに悪い状態だったの?夏に会った時はそんなこと言っていなかったのに。


「お袋は、オレが戻るのを待っていてくれた。…病室に駆け付けると『おかえり』って笑いながら言ったんだ」


ママ、会いたい…


「梨桜、お袋は眠るように逝った。最期に――――」



・・―――

    ―――・・


夢を見た。

ママが亡くなった事を聞いた時の夢。


寝返りを打つと、おでこに固いものが当たった。

目を開けると、仄かに灯されているルームランプに浮かび上がる大切な存在。


葵、ついていてくれたの?


身動ぎすると、背中に腕が回されて優しく撫でられた。


「梨桜?」


「ん…」


「落ち着いたか」


葵の胸に頬を埋めると、小さく笑って抱きしめてくれた。


「まだ起きるには早いから…眠れ」


優しい声で言われて、頷いて目を閉じた。


葵、怖いから…今日は傍にいてね?



.


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