昨日よりも… (9)
迎えに来てくれた桜庭さんから葵が「焼肉」って言っていると教えてもらい、一度家に戻って着替えた。
制服で焼肉屋さんに行ったら臭いがついてしまいそうだったから…焼肉の臭いがする女子高生って嫌だ。
「遅い」
「急に『焼肉』なんて言うからでしょ」
私の隣で眉を顰める葵の向かい側でニッコリ笑う愁君。
今日はその笑顔が爽やかに見えないのは気のせいじゃないよね?
コスプレはしないからね!
「準備は順調?梨桜ちゃんの学祭楽しみだな」
愁君の言葉に隣でジロリと私を睨む葵。その視線に息をついて視線を逸らした。
「絶対にメイド服なんか着るなよ」
『男子生徒が女装してメイドカフェをするんだよ』って何回も説明したのに、思い出す毎にそれを言う葵。訂正するのも疲れた。
まさか、ボケちゃったんじゃないよね?
「梨桜ちゃんのメイドも見たいな」
意味ありげな視線に気づかないフリをして葵が取り分けてくれたお肉を口に入れた。
「ふざけんな」
もう、うるさいから食べてて!
サンチュで巻いたお肉を葵の口に入れて、睨んでいる葵の視線に気づかないフリをした。
「梨桜、変わったことがあればすぐに言えよ」
デザートは何にしようかな…とメニューを見ていたら言われた言葉。
何の前触れも無い葵の言葉に眉根を寄せてしまった。
それ、寛貴からも言われたんだけど?
メニューから顔を上げて葵を見ると、真面目な顔をして私を見ていた。
「変わった事ってどういう事?説明して」
「説明なんかいらないだろ」
「寛貴からも同じこと言われた。ちゃんと説明してくれないと分からないよ」
葵の腕を掴んで揺さぶると眉根を寄せて「忘れたのかよ」と少し怒った口調で言った。
忘れた?…何を?
「課外研修だよ。会ったんだろ?あの男と」
「あー…」
尚人君ね。
…正直言うと、忘れてた。頭になかった。
「兄貴から聞いたよ。藤島に送られてきた梨桜ちゃんが泣きはらした目をしていたって」
涼先生が“私が寛貴に泣かされた”そう思い込んでしまい、誤解を解くのが大変だったけど、その後に尚人君との真相を聞いて怒り出した涼先生と彩菜先生を宥める方が大変だった。
「あの男から嫌がらせされてないか?」
心配そうに聞く葵に笑って返した。
「尚人君の事は忘れてた。だって、涼先生と彩菜先生を宥めるのが凄く大変だったし、葵が帰って来たから」
彼と言い合った事を忘れていたもう一つの理由。寛貴との事があったけれど、ここでそれを言うのはマズイと思って黙っておいた。
「本当に何もされてないんだろうな」
念を押す葵にうん、と頷いた。
「本当だよ。分かってくれたんじゃないかな…私、尚人君の前で大泣きしたから。付き合っていた時に喧嘩なんかした事無かったし、由利ちゃんの事があっても泣かなかったから」
「そう…それならいいけど。彼女とは会った?」
彼女って由利ちゃん?
「そういえば会わなかった」
「何かあったらすぐに言えよ?」
葵から念を押されて「うん」と言うと頭を撫でられた。
子供扱いして…
・・――――
――――・・
コジ君に『紫苑の生徒にネクタイを貸して欲しいの』そうお願いしてから数日後の放課後
断られたときの事を考えてネクタイを買いに行こうかと思っていたら、彼から電話が来た。
誰にも聞かれたくない内緒の話だから、コソコソと安達先生の教官室へ逃げて電話をしていた。先生は眠そうな顔をしながら私とコジ君のやり取りを観察中。
『クラスの奴等と梨桜さんから言われた事を話し合いました』
コジ君からの電話に緊張しながら次の言葉を待った。
『今回はオレ達のネクタイを使ってもらおうと思います』
やったー!!
先生に向かってピースサインを送ると、今回の計画を予め相談していた先生は緩い笑顔で「良かったな」と笑っていた。
「ありがとー!!すっごく嬉しい!!」
いつまでもこのままじゃいけないって思ってくれた?
ここから少しずつ変わればいいね。
『ただ…』
急に声のトーンが落ちたコジ君。
ただ?
「どうしたの?」
視線で『なんだ?どうした?』と聞いてくる先生に首を傾げて答えた。
ただ、って何だろう?何か条件でもあるの?
『すみません!梨桜さんには貸せません』
え?
「どうして私はダメなの?」
『梨桜さんにネクタイを貸したら殺されます』
意味が分からない。
たかがネクタイで誰が殺されるの!
「コジ君!?意地悪言わないで貸して?」
『すみませんっそれだけはできません!梨桜さんは葵さんから借りて下さい!!』
ブチッと切れてしまった携帯を呆然と眺めていた。
葵からって…そんなこと出来たら苦労しないよ!
「東堂、どうした?」
どうして私には貸してくれないの?
私だけ、仲間外れ?
「センセ…」
どうしよう?私には貸さないって言われちゃった。
「おい、東堂?泣くなよ!?」
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