触れる唇 (12) side:悠
水族館の敷地から出て、時間を潰せそうなカフェで粘ってみたけど…
「へぇ、由利ちゃんは東京の大学に進学したいんだ」
引き攣ってる。…スッゲー引き攣ってる!
拓弥さんの限界が近づいてきている。
「拓弥君は?」
「オレ?入れそうなとこを適当にね」
嘘をつけ。
拓弥さんの頭ならどこでも行けるクセに。
さっきから自称“梨桜ちゃんの親友”はいかに自分が可愛らしいかをアピールする事で一生懸命だ。
その為にはさり気なく梨桜ちゃんを貶める発言をしている。
ふざけんなよ、彼女は絶対に友達を悪く言うことは無い。
オレ、いい加減うんざりなんだけど…寛貴さん、まだ解放してもらえないんですか!?
「悪い、吸っていいかな」
この状況に耐えきれなくなった拓弥さんが胸ポケットに入れた煙草に手を伸ばすと、オレも手を伸ばした。
「拓弥君、煙草が似合うんだね。カッコイイ」
火を点けた煙草の煙を思いっきり吸い込んでしまったらしく、苦しそうにむせていた。
そこへ待ちに待った電話。
「もしもし!」
『オレだ。そっちはどうだ?』
どうだ?じゃないです!!早く解放してくんねーとオレも拓弥さんもキレる!!
「どうもこうもないです…」
『…拓弥に変わってくれ』
拓弥さんの目の前に携帯を出すと、奪うように取り耳に当てていた。
「寛貴、てめぇ……――は?マジかよ…」
きっと拓弥さんの心の声は『てめぇ、いつまでオレにこんな事させんだよ!』だと思うが、突然、顔がマジになった。
「……あの子らしいな。ああ、分かった……店で待ってる」
梨桜ちゃんか?らしいってどういうことだ?
電話を切って携帯をオレに返すと、拓弥さんは晴れ晴れとした顔をしてオレを見て笑った。
もしかして、許可が出たのか!?
「由利ちゃん、オレ達のトップから呼び出しがあったんだ。悪いけど、これで…」
「え?トップって?」
もういいよな…
「オレ達の学校の生徒会長でチームの頭が寛貴さんなんだよ。梨桜ちゃんの彼氏」
オレが言うとサッと顔色が変わる自称親友。
「あれ?知らなかったんだ。同じ高校の矢野君は知ってるのに」
拓弥さんに言われて慌てて愛想笑いを浮かべていた。
白々しいんだよ、バカ女。
「拓弥さん、梨桜ちゃんに何かあったのか?」
「…元カレのナントカ君と言い合いになって泣いてるらしい」
は!?言い合った?しかも元カレ?
「尚人と梨桜が?拓弥君、どういうこと?」
目の前の女がキッとオレ達を睨んだ。
「詳しくは知らねーよ。それより、梨桜ちゃんを泣かせて寛貴の逆鱗に触れてないってすげーな。…そういえば、あんたが寝取った男だったよな?」
「拓弥君?」
冷めた目で見下ろされて由利って女は表情を変えた。何で知ってるの?って顔だな。
あんたのやって来たことは筒抜けなんだよ。バーカ!
「なぁ、マジで寛貴さんにヤラれてねーのその男」
「ああ。梨桜ちゃんの事で手一杯なんだろ。…あの寛貴がねぇ…」
クックと笑う拓弥さん。
そういえば前に初代が言ってたよな『梨桜が怒り出したらオレでも無理』って。泣きだしたらどういう状態になるのか見て見たいな…
「そういう事だから、じゃぁな」
「拓弥君!?」
ヒラヒラと手を振り店を後にした。
「あ~苦痛だった!寛貴にメシを奢らせてやる!ったく、やってらんねーよ」
「お疲れさんでした。拓弥さんでも無理な女っていたんだな」
ギロリと睨まれて肩を竦めて朱雀の倉庫に向かった。
朱雀が溜り場にしているクラブに寛貴さんが姿を現したのは日付が変わる少し前。
何故か疲れた顔をしていた。
「なんだ?どうしたんだよおまえ」
「梨桜の泣き腫らした目を見た5代目と婚約者に問い詰められた…」
VIP席に来るなりドサリとソファに座って天井を仰いでいた。
「それで?」
拓弥さんが聞くと、何かを思い出したのか遠くを見ながら溜め息をついていた。
「梨桜から泣いた理由を聞いた2人がアイツを殴りに行くって言い出して、梨桜と二人で止めるのが大変だった…」
「梨桜ちゃんを宥めて、頭に血が上った5代目を宥めて…寛貴さんも大変だったんですね」
オレがグラスをテーブルに乗せると、酒を口にした寛貴さんがフッと柔らかい笑みを漏らした。
寛貴さん?…なんかいい事あったんですか?
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