触れる唇 (3)
瞼の上に置かれている寛貴の手が温かくて気持ちいい。
殆ど毎日のように睡眠時間を削って編み物をしていたら、流石に目と指が痛くなってきた。
「それって初代のだろ?」
「うん」
慧君のセーターを編み終えたら、葵と寛貴のセーターを同時進行で作りたかった。
早く取りかからないと冬になっちゃう!
自分で指をマッサージしていると向かい側から声が聞こえた。
「自分のは編まないの?」
「気が向いた時に編むけど…今年は無理かな」
葵のリクエストが大物だから、4人分で精一杯だと思う。
「東青は明日から修学旅行だよな」
悠君の言葉に、寛貴の手を取って起き上がった。
「うん」
明日から愁君のお家に1週間お世話になる。
「明日から1週間、朱雀にも青龍にも行かないんだよな…暇になるな。…つまんねぇな」
「私は忙しくなりそう…」
「何で?」
悠君の問いに、この前挨拶に行った時のおばさんの笑顔を思い出した。
「愁君のお母さんとお買い物に行って、一緒に夕ご飯を作る約束をしたの…あ、ピアノのリサイタルにも一緒に行く約束があった」
「忙しそうだな」
拓弥君が苦笑いを浮かべていた。
「おばさんは娘が欲しかったんだけど息子しか生まれなかったから、涼先生か愁君の彼女と一緒にお買い物に行ったりするのが夢だったんだって」
「5代目には婚約者がいるんだから、その人と行けばいいだろ」
何故か寛貴が眉根を寄せていた。
一人で出かける訳じゃないから怒らなくてもいいと思うんだけど…
「彩菜先生は忙しいし、お料理とかしないと思うから…それは、無理かもしれない」
おばさんはフワフワと幾つになっても可愛らしい人だけど、涼先生の婚約者の彩菜先生はどちらかというと男勝りというか…正反対な性格で一緒にお料理とかお買物はしないと思う。
「彩菜先生って梨桜ちゃん知ってるの?」
「涼先生の病院で小児科のお医者さんをしてるんだよ」
それに、彩菜先生はとっても忙しい。愁君から小児科医は大変だって聞いた。
おばさんもそれを分かっているから私を誘ったんだと思う。
涼先生に『付き合わせてごめんな』って言われたけど、私も実は楽しみにしていたりする。
続きを編もうと、編み棒を持つと寛貴に取り上げられた。
「今日はもう止めろ」
返して!と寛貴に手を伸ばしたけれど「ダメだ」と言って返してもらえなかった。
もう少しだけ編みたかったのに…
取り上げられた編み棒と毛糸を見ていると、悠君の携帯が鳴っていた。
「情報担当から…」
画面を見ながら眉を顰め、電話に出ていた。
情報担当?
「…なんだよ?……はぁ?いや、梨桜ちゃんならココに居る。――――へぇ、笠原もいるんだ」
その名前に、ピクリと反応してしまった。
麗香ちゃん、まずいよ…
「梨桜ちゃん?」
拓弥君に呼ばれて、笑って誤魔化した。
『絶対に男子には言わないでね!!』念を押されたから誰にも言っていないけど、見つかっちゃったみたいだよ?
悠君は、私に視線を合わせたまま興味が無さそうに会話を続けていた。
実は…今日、学校の女の子達は他校の男のと合コンをしている。
“紫苑の女子”は貴重な存在で誘いが多いらしく、きっと今も楽しく女子高生を満喫中…それを朱雀の情報担当に見つかっちゃったんだね…
「…どう見ても、ただの合コンなんだろ?梨桜ちゃんはここにいるから放っておいていい。………ああ、分かった」
隣からの視線が痛い。
勇気を出して寛貴を見ると、とっても何か言いたそうな顔をしていた。
「梨桜ちゃん、合コンの事知ってたんだね」
「今回は偶然知っただけだよ」
普段なら私には声がかからないから合コン情報は耳に入ってこないけれど、今日は麗香ちゃんも誘われて行っているから知っただけ。
「誘われてねぇだろうな」
凄みのある声で聞かれて、コクコクと頷いた。寛貴、目が据わっていて怖い…
「誘われるわけがないよ!」
「寛貴、程々にしろよ?」
拓弥君はそう言うと、悠君を連れて生徒会室を出て行ってしまった。
待って、寛貴も連れて行って!!
二人だけになると私を自分の正面に向けて座らせ、まだ少し怒っている眼で真っ直ぐに私を見つめた。
「前に言った事、忘れてないよな?」
彼女を脅してどうするの!?
「梨桜?覚えてるよな」
頷いて寛貴に手を伸ばすと腕を掴んで引き寄せられて抱き締めてくれた。
「合コンは嫌いだし、行くわけない」
温かい。
頬をすりすりして、大好きな腕の中を満喫していると、顎に指をかけて上を向かされた。
「…予定の無い日にどこかに行くか?」
「二人で?」
それって、寛貴とデート?
「誰か一緒の方がいいか?」
目を細めて聞いた寛貴に慌てて首を横に振った。
そんな事無い!二人がいい!!
「嬉しい!」
二人だけなんて、麗香ちゃんの誕生日プレゼントの買い物に行った時以来だよ?
寛貴の首に腕を回して抱きつくとギュッと抱き締めてくれた。
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