触れる唇 (1)
「買い忘れはないかな」
葵が持ってくれている紙袋をチェックした。
「無い」
修学旅行に持って行く物のお買物。
面倒臭いと言ってなかなか用意しようとしない葵に痺れを切らした私は『一人で買い物に行く』と脅して葵を連れて来た。
「あ、胃薬と風邪薬…頭痛薬も」
「おまえと一緒にするなよ、いらない」
「でも!」
あった方がいいよ!葵は油っこい料理は苦手でしょ?
「…保健医も同行するからいらない」
頬を両手でむにむにと摘まみながら呆れ顔の葵。
「荷物が多いのは嫌いなんだよ。知ってるだろ?」
知ってるけど、用意したほうがいいよ。使い慣れている薬だと安心するし…
「あっちには親父もいるから大丈夫だ。頼むから荷物を増やすな」
本気で嫌そうな葵に仕方なく頷いた。少ない荷物で不安にならないのか不思議だけど、葵に言わせると、使うか使わないか分からないものを持って行く事が不思議だと言う。
「買い物は終わったの?」
愁君に聞かれて頷くと、彼は私の手から荷物を受け取った。
「ありがと、愁君はいつも優しいね」
お礼を言うと向けられる王子様の笑顔。
愁君に微笑まれてキュンとしない女の子はいないと思う。
「女の子に荷物を持たせるわけにいかないだろ?」
愁君にチラリと視線を投げられた葵は、ゾクリとするような冷たい視線を投げ返している。
「オレの手が塞がってんのが見えねえのかよ」
「ムキになるなよ」
「ったく…オレがいつ梨桜に重いもの持たせたんだよ」
愁君と葵の痴話喧嘩って…
「梨桜ちゃん、どうかした?」
「二人って、熟年夫婦みたい」
「梨桜ちゃん…それ、凄く嫌だな」
本気で嫌そうな愁君は笑顔が引き攣っていた。
「梨桜さん、それってどっちが奥さんですか?」
コジ君に聞かれて即答してしまった。
「愁君が奥さんに決まってるじゃない、こんな偉そうな奥さん嫌だ」
深く頷いて納得しているコジ君に運転席で笑いを堪えている桜庭さん。
二人は王子様な奥さんと、偉そうな旦那にギロリと睨まれて慌てて表情を引き締めていた。
「梨桜、そんなに苛められたいのか?」
完全に座っている葵の目を見て慌てて首を横に振ったけれど、手遅れだったらしく車の中で散々な目に遭わされた。
「今日の面談どうだった?」
いつものメンバーでご飯を食べていると、葵が聞いて来た。
「面談…っていうか、先生と慧君の昔話で盛り上がって終わったよ。葵はパパに進路の事相談した?」
レタス炒飯を頬張りながら頷いている葵。
その後の答えを待ってジーッと見ていると、お茶を飲んで私の取り皿に自分が頼んだレバニラを乗せた。
「手抜きは駄目だってさ…」
「それで葵はどうするの?」
…この食感がどうしても苦手なの。
苦手なソレをさり気なく葵の方に寄せながら聞くと「誤魔化すな」とお皿を戻されてしまった。
「今の成績で進学するなら行くべきところは1つだよな。後は学部を選ぶだけ」
愁君が代弁して、葵は他人事のように「…そういうことになりそうだな」と呟いていた。
「梨桜はどうすんだよ」
「うーん…」
悩み中。
自分にとっての『将来』が漠然としすぎていて、安易に決めてしまっていいものなのか…
でも、文系が自分に合っているような気がする。
「文系にしとけよ、理系ならオレが教えるから」
「そういうもの?」
「そうしておけばどっちも潰しがきくぞ」
合理的というか…葵の言葉に頷いた。
「私と葵が一卵性の双子だったら、試験の時に入れ替わって受験できるのにね」
「それ、中学の時に考えた。ダルくて学校に行きたくないときに梨桜が行ければいいのにって」
考えることはやっぱり同じだね。葵と笑っているとコジ君が「それ、犯罪です」と葵に真顔で訴えていた。
「愁君は?」
「オレは医学部…兄貴が手伝えって煩い」
眉を顰めて言う愁君がなんだか微笑ましかった。お父さんとお兄ちゃんの仕事を手伝うって何だか素敵。
愁君を見てニコニコしていたのに、突然目の前にレンゲが現れた。
レンゲの上には苦手なレバニラ…
「誤魔化してないで早く食べろ」
「…」
「そんな目で見ても駄目だ。好き嫌いしないで食べろ」
甘いものが大嫌いな葵に言われたくない!
…とは、口が裂けても言えないから心の中で叫んだら、何を考えているのかお見通しだったらしく
「家に帰ったら覚えてろよ」
そう言うと不敵に笑った。
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